カタチ

浅山いちる

カタチ

 もともと僕には自分がなかった。


 この僕というのも、人と付き合うために生まれたもの。時々「俺」が出てくるが、それは学生の時付き合った彼女に似合うと言われたから飾っただけのもの。だから俺――もとい僕には、自分が無い。


 ······だから、少し語らせて欲しい。僕を。


 僕は、忘れられた荷物のように毎日寝てばかりだった。身体は動かず頭も働かず、気付けば日にちが変わっていた。そして仕事もしてなかった。しかし誰も咎めようとはしなかった。当然だ。興味はないのだ。


 ともあれ、こんな一日の三分の一を浪費していないにも関わらず死んだような俺でも苦しみはあるのだ。誰かと会いたい。誰かに触れたい。誰かと過ごしたい。誰かと······。


 でもそれも叶わない。


 人からは影で、思考を止めた植物だなんて言われてるかもしれない。仕方ないだろう。会話すらしてないのだから。それとも妬まれてるのかもしれない、羨ましい、とでも。


 だけど最後のそれだけは違う。そうとだけ言っておく。

 僕は苦しんでいる。きっとまともに生きてる誰よりも。


 不意に襲われる涙が溢れるのにも似た寂しさ。自問自答。生きる意味。過去の苦しみの惨禍。頭の中を取り出して水洗いしたくなるほどの劣情だった。

 しかし、そんなので治らないのは分かってる。きっと脳の深い所まで汚れきっていてもう手遅れだから。


 身体中の細胞を取っ替えっこしても取れやしない「シミ」。


 泣きそうになる。死にたくもなる。地獄のようなリアルから首をそちらへ投げ出したくもなる。だがそれが出来ない。果てのない宇宙(こころ)の隅ではまだ一縷の望みのように、脳髄を指先でつついて「どうしたの?」と言ってくれるような、穢れのない、出来れば何も知らない人を探してるから。ただ、それが夢であることは······分かってる。


 さて、話を変えよう。


 こんな僕が一人死んだのは高校生の時だと思う。恥ずかしながらも、寝坊による遅刻で際限なく叱られたからだ。僕もそれは最初は遅刻してはいけないという、社会から置いていかれるからという親の叱りのようなものだと思っていた。だがしかしいつしか気付いた。それはあくまで業務的なもので、他の生徒に示しがつかないからの自己保身のためだと。つまり端的に言うなれば、自分の欲を満たすため。それは暴力と似通うものだった。


 そんな一方的な暴力は、僕が悪いから振るうわけだが、それからだった。


 結局、どうにもこうにも朝が起きれないのだから、僕はその度に心を殺して事が収まるのを待つしかなかった。怒声は嫌いだった。だから、そうして――心を殺して時間が過ぎるのを待った。


 ただ、そうしている内にだった。


 急に、僕は何が楽しいのか分からなくなった。あれもだめ、これもだめ。その叱った大人だけじゃなく、全てが、何をしても睨むような暴力の眼に見えた。仮にも、高校というのが大事な青春を作る場所だと思っているのなら、その大人にはその暴力を贖ってほしい。······いや、やっぱりいい。どうせ殺しても許すことなんて出来ないのだから。

 ちなみに蛇足だが、僕の遅刻は無断で始めたコンビニバイトで嘘のように治った。遅刻なんてそんなものだった。


 さて、次の僕が死んだ時を話そう。次は夢が続けられないと悟った時だと思う。やや曖昧なのは、先よりも長い期間で、病気のようにジワリジワリと進行していたからだ。


 話を戻す。


 音楽の道へ進もうとした僕は専門学校へ通った。先に言うが僕には才能がない。じゃあ何故その道を進んだのか。単純だ。馬鹿でそれがまだ出来るものだと思い込んでいたから。それに、それが自分の中でのアイデンティティでもあった。


 正直な所、二年間の学校で僕はその辺のサラリーマンよりは断言出来るほど頑張ったと思う。毎日に近く、十時近くの帰りの電車に乗っては眠っていた。


 そのおかげもあって、学校内では上の上までいけなくとも上の下くらいまではいったんじゃないかと思う。僕はベースギターというのをやったのだが、それなりには様になっていたと思う。上記のこともあり負けてない自信もあった。


 だがそれでも甘かった。


 自信だけじゃこの世界は駄目だった。最初に戻るが、僕には才能がない。仔細に言うなれば音程が駄目だった。耳で聞き取る音程だ。軽く考えれば致命的だと分かる。音楽は調和なのだから。


 ともあれそんな僕は卒業した頃、その専門学校の仲間とバンドを組んだ。大抵はその道か講師になるというのが普通だった。とはいえここまでくれば分かるだろうから簡略するが、そのバンドが上手くいかなかった。僕に肝心なものが欠けていたから。僕はリズムに関しては優秀だった。でも、音程に関して鈍感な僕は、ドラム以外の楽器をしっかりと理解していなかった。間違いに気付けなかった。


 そしてもう一つ言い忘れた。僕はバンマスをやらされていた。バンマス(バンドマスター)はそのメンバーの中心となって、進めていく所謂リーダーのようなものなのだが、ハッキリ言ってそれが僕には向いてなかった。性格も腕も。それでもやったのはメンバーの一人に「やってほしい」と言われたから、ただそれだけだ。


 出来るだけ応えようと頑張った。


 だが自分でも気付かぬある時からだった。メンバーと合わせている中で不調和が生まれていた。誰が発しているかも分からぬ、静かな怒りのようなそれは、バンドが解散してからようやく、音程によるものだとよく分かった。


 僕はベースギター。音程は場所を押さえれば取れる。だから、あまり仲間のことを言いたくないから詳しく述べないが、つまり僕以外の間でそれは起こっていた。それに、音程の欠如した僕は気付けなかったのだ。

 そこからは早かった。あっという間に解散が決まる。年とも言える、それなりの時間を共にしたにも関わらず、だ。


 そして最後のライブが終わった頃だろう。


 僕はまた死んだ。楽しさの分からない日常の中で唯一見つけた音楽も、まるで楽しくなくなった。聞きたくもなくなった。テレビから流れる音楽ですら耳を塞ぎたくなるくらいだった。


 たまに「好きなことを追いかけれていいね」という人がいるがそういう人は本気で追いかけてみればいい。相当の運と実力がなければ僕のようになるだけだから。ならなきゃその程度の好きってことだ。





 さて、最後にあと一人僕がいる。いや、二人になった僕。


 それは「純粋な僕」と「自棄(やけ)になりたい僕」。


 何から話そう······? そうだな、これだ。


 ひとつ前に述べた期間――バンド活動の最中で、ウチの両親の離婚だ。単純に、父の浮気が原因だった。つまり原因は父にあるのだから僕はどちらかと言えば母の味方なのだが、それでも聞きたく愚痴を母から聞かされた。どちらに対してのものでも親の本気の愚痴というのは子は聞きたくないものだと知った。それを食事中になのだから味も薄れた。それは時折のことであったが、やはりその度、今すぐその場から立ち去りたくなる苛立ちには襲われた。しかし、当時の僕は音楽に専念し、世話になる身。故に簡単にそうするわけにはいかなかった。


 ただ、辛い日々だった。


 だから僕は二人になった。自棄になって女に溺れたい自分と、一人の人を信じたかった母のような自分に。


 僕は苦しんだ。


 これでも僕は男だった。その一面があった。だから父のどうしようとない本能に苦しむ部分も分からなくはなかった。だが腐るほど考えている内にやはり分かる。先に裏切ったのは父なのだ、と。


 だから離婚後も、父は連絡をくれるが僕はあまり会いたくなかった。年末年始も、八月の時期になっても、会わないよう理由を繕った。そして今もそれを続けている。ただその中で父方の父、つまりお爺さんにあたるわけだが、その人には「会いたい」と父や、(言ってなかったが)兄と姉を通じて言われるのが、少し心が痛んだ。けどどうか許して欲しかった。悪いのは全部、あなたの息子が始まりなのだから。


 そして離婚後、僕は二人の自分を持ちながら母方の実家へとお世話になる事となった。また先に述べておくが、僕は仕事のない身だった。所謂ニートというものだ。バイトもしていたが音楽を優先した。


 ともあれ少し勘違いしないで欲しい。起きてはパソコン。ご飯食ってはパソコン。風呂入ってはパソコンというような自堕落な生活ではない。時々――本当に時々、畑仕事を手伝っては小遣いを頂くような生活だった。案外これが重労働なのだから、クーラーの効いた部屋で苦しんでる人間より、よっぽど働いてると僕は思う。


 それはさておき、僕はこの頃から特に人間が嫌いになった。どうしてかと言うと前述の事、そしてバンドが終わってからは「時間」だけはあったから。


 過去を振り返る時間。


 担任に見捨てられ、仲間から無くした信用。そしてしまいには親への不信感。仕方がない。さらに足すならば、本気の事もちょっとした事さえも返事をよこさない友人。


 そういえば力になるだなんて言ってたのに、最後のライブにも来ちゃくれない彼が居たのを思い出した。薄情だよな。まぁいい。事情が重なったのだろう。そう思っておこう。


 ともあれ、だから僕は人間が嫌いになった。


 こんな精神でまともに働けないのもあるが、働かないのはそれも一つの理由だと言ってよかった。働くのはなんでか、誰かのため、生活するため。そうだろう。


 だからこそ、僕には働く意味が分からなくなった。


 社会のために働くなんてもうそんなこと出来ない。誰かのために頑張るなんてまっぴらごめんだった。じゃあ自分のためにとアナタは言うかもしれないが、きっと伝わらないだろう。こんなものを書いてるくらいだ。僕の心は擦り切れている。使い物にならないくらいに。


 もし急に親戚が全員死んだとしたら、僕は迷わず橋の下へ行き毛布に包まり、震えながらただ死が迎えに来るのを選ぶだろう。この気持ちがわかるだろうか。いやわからないだろう。こんな文にしたって、胸に溜まるモヤモヤと頭の中で蠢く苛立ちは全くもって書き切れてないのだから。


 本当に僕は思うよ。運がなかったって。


 宝くじの一等が当たるような運じゃなくてもいい。せめて、普通の生活が周りにあるだけの、普通の運が欲しかった。これは傲慢だろうか。いや、もし仮にこれが傲慢だと言うのなら、この僕の分離も普通――その程度ってことなんだろう。


 よく君らは無事でいられるね。尊敬するよ。


 僕にはもう耐えられない。自己保身に走る強者も努力が報われない夢も、浮気が当然である世間も。狂ってると僕は思う。けど、やっぱり僕が狂ってるのだろうか。どうなんだ。


 教えて。


 いや、やっぱいい。君もきっと、僕の嫌いな一人かもしれないんだから。











 P・S

 そうじゃなかったらごめんね。先に謝っておく。

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カタチ 浅山いちる @ichiru_asayama

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