第4話 4ページ目 ~隣人、美人~


「三度目の正直よ! 今度こそ最高の出会いを演出してやるんだから!」


 今は朝の六時。

 目覚ましのベルによって叩き起こされた私は、寝起き直ぐにベッドの上で気炎を上げた。

 まぁ、こーちゃんとのめくるめくアレやコレやの楽しい夢を邪魔はされたのがちょっとイラつくけど、そんな事は夢じゃなく現実世界で楽しめば良いのよ!

ぐへへ~。


 私は計画を遂行すべく、三度思い出のワンピース……に似ているこの白いワンピースに身を包んで……って。


「あぁ~! まだ湿ってる! ううぅ、夜に洗濯したのがまだ乾いてないわ。部屋干しはダメだったか~」


 季節外れの寒波の所為で外より部屋の方が乾くかと思ってたのに、まだじっとりと濡れている。

 今日はまだ気温がマシとは言え、これを着て行くと確実に風邪ひいちゃうわね。


 それに、それに、感動のあまり二人で抱き合っちゃうなんて事が有ったら……。


 キャッ!

 

 ……じっとり服が濡れている女の子って、やっぱちょっとアレよねぇ?


 しょうがないか。

 取りあえず、浴室乾燥機にツッコんで乾かしてから出掛けましょう。

 朝一からこーちゃんの家の前に張り込んで、出て来た所を偶然装って……と思ってたけど、私とこーちゃんは運命の赤い糸で結ばれているから、今日も絶対会えるわ。


 ちなみに、こーちゃんの今住んでる家の場所は既に調べがついてるわ。

 スマホで周辺状況も把握済みよ。

 小さい頃によく遊んだ懐かしい場所の一つなのよね。

 本当に懐かしいわ。



「香織ちゃーん。朝ごはん出来たわよ~」


「はぁ~い、今行く~」


 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「そう言えば香織ちゃん。昨日また美貴さんに会ったのよ」


 朝ごはんのパンを頬張っていると、お母さんがそんな事を言って来た。

 何か有益な情報を仕入れてくれただろうか?


ふぇ~へぇ~ほうはほそうなの? ひっふぁいほんふぁふぁどんなふぁふぁふぃをはなしをふぃふぁほしたの?」


「もうっ! 香織ちゃんたらお行儀が悪い! えぇと何かね、折角引っ越して来たのに、旦那さん共々仕事の関係でまた引っ越しちゃうんですって~。残念だわ~。今度は南米らしいわよ。本当に忙しい人達ね」


 なぬ? え? 今なんて? こーちゃんの両親が引っ越すですって?

 と言う事は、こーちゃんも引っ越しちゃうって事?

 しかも、南米? 日本の裏側じゃない! 遠い! 遠すぎるわ!


ぶぼぉぉぉ嘘ぉぉぉ! ぼぉ、ぼんばそ、そんなばぁあ、ぼーぢゃんばじゃあ、こーちゃんはぼぶばぶぼどうなるの?」


「きゃっ! ちょっと香織ちゃん! 色々噴出してる! 口の中に物を入れて喋らないの!」


「ごきゅごきゅ、ごっくん。プハーー。引っ越すって、こーちゃんはどうなっちゃうの?」


「あぁ、光一君の事なら『ちょっと心配だけど、高校は義務教育じゃないんだし、この街に残していくわ』って言っていたわよ」


「良かった~」


 取りあえず、このまままたさよならって事は無さそうね。

 本当に良かった。

 けど、一人残るって事は、一人暮らしするって事よね?

 え? 嘘! もしかしてこーちゃんの部屋で二人っ切りになるチャンス?

 いや、そんな! 夢の事が現実に? ぐへへへへ。


「ちょっと、香織ちゃんどうしたの? 凄く悪い顔してるわよ? まるで時代劇に出て来る悪代官の様じゃない?」


「はっ! いやいや何でもないって。お母さんったらいやねぇ」

 

 ちょっと妄想に耽っちゃったわ。いけないいけない。

 けど、こーちゃんどこの高校に通うんだろう?

 同じ高校……、ってそんな都合良くいかないわよねぇ~。

 うちの高校、かなり偏差値高いしなぁ~。

 この周辺って結構高校有るから、普通なら駅近くの公立高校にすると思うし。

 はぁ~、一緒の高校に通いたかったなぁ~。

 一緒に通学したり、帰りに寄り道したり、いっぱい青春を送りたかった。

 もうちょっとこーちゃんが帰って来るのが早かったら、一緒の高校を志望したのに。


「ねぇ、こーちゃんが通う高校って何処か聞かなかった?」


 場所から登校ルートを算出して、いっしょに通学路を歩くシミュレーションをしなきゃね。


「あぁ、そうそう。その事なんだけど、光一君って香織ちゃんと同じ高校らしいわよ」


 え? えぇ? 聞き間違い?

 同じ高校って事は、『刻乃坂学園』って事よね?

 そ、そんな、まさか?


「え? もしかしてこーちゃんが通う高校って……『刻乃坂学園』なの?」



「えぇ、そうらしいわ。何でも旦那さんの母校らしいのよ」


「いやっしゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


 あまりもの歓喜の渦に打ち震える衝動を止められず、ちょっと年頃の女の子がしちゃいけないガッツポーズと、出しちゃいけない奇声を上げちゃったわ。

 けど、仕方無いわよね、だってこんなうれしい事って、こーちゃんと離れ離れになってから一度も無かったんですもの。


 神様! ありがとう!! やっぱり私とこーちゃんは赤い糸で結ばれてるのよ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ふぅ、やっとお母さんから解放されて商店街に繰り出せたわ。

 お母さんたら、『女の子がそんなはしたない事しちゃいけません!』って怒り出して、説教が始まるんですもの。

 あと噴出したパンを綺麗に掃除されられちゃった。

 これによって無駄に一時間ロスしたわ。


 さて、何故私が商店街に居るかと言うと、それは簡単な事よ。

 こーちゃんは一人暮らしする事になったと言う事は、今の家から出ないといけないって事。

 今の家は、一見一軒家だけど、実はこーちゃんのお父さんの社宅って事は調査済みなの。

 

 一見いっけん一軒家いっけんや……。


 ぷぷぷぷ。今日の私のギャグセンスは冴えているわ。

 運が味方してくれているお陰ね。


 そんな事は置いといて、社宅なんだから本人が居ないのに息子だけが住むなんて普通有り得なくない?

 そして、昨日不動産屋の幸子お姉さんと一緒に社用車で出掛けて行った。


 この二つの事実から導き出される真実!

 それは、一人暮らし用の部屋を見に行ったって事!

 と言う事は、今日もまた大和田不動産に現れる可能性が高いわ。

 闇雲に探し回るより確実にね。


 フフフ、ギャグだけじゃなく推理も冴えているわ、今日の私。

 

 さぁ~て、こーくんは何処かしら~と。

 取りあえずは大和田不動産よね~。


 って、居たーーーー!!


 いきなり見付けた! さすが神が認めた二人だわ。

 あの様子だと、やっぱり大和田不動産からの帰りってところね。

 もしかすると、日用品とか買おうとしてるのかしら?

 あぁ、そうだ! 一緒にお買い物とか素敵だわ!

 日用品を二人でお買い物するなんて、まるで夫婦みたいじゃない?

 私の歯ブラシとかも一緒に……キャッ。


 さぁ、こーちゃんがこっちを見た時が合図ね。

 感動的な再会劇の始まりよ!



 …………? あれ? こーちゃんこっち見ないわ?


 私の事を気付いてないの? 昨日まで私の事をあんなに熱い眼差しで見て来てたじゃない。

 あっ! もしかして、昨日のテレパシーの事を気遣って今日も見ない振りしてくれてるのかしら?

 違うのよ、こーちゃん! あれは昨日だけなの。

 もうそんな事気にしなくても良いの! ほら! こっち向いて!


 …………。おかしいわ? 一向にこちらに目を合わそうとしない。


 それどころか、まるで私の事が見えていないかのようじゃない?

 も、もしかしてだけど、有り得ないと思うんだけど、私に気付いていない?


 そ、そんな事無いわよね? だって何度も目が合ったじゃない。

 

 ……けど、よく考えたらおかしいわ? 昨日はテレパシーを送ったから仕方無いけど、一昨日は私があまりの嬉しさにぼーっとしたとはいえ、私に気付いていたら声を掛けて来てても良いんじゃないの?

 それなのに通り過ぎる私をそのままにしているなんて、なんかおかしくない?

 

 いや、おかしい!!


 本当にもしかして、私の事を忘れているのかも!

 こ、これはマズイわ! 計画変更よ!

 取りあえず、ちょっと癪だけど私から話しかけてでも私の事を思い出させないと!

 私の事を忘れていた事は後でお仕置きしちゃうんだからね。


「こーちや……」



「あら香織ちゃん。こんにちは」


 うっ、こーちゃんに声を掛けようと思ったら先に近所のおばさんに声を掛けられてしまった。

 何てバッドタイミング!

 

 しかし、相変わらず声の大きなおばさんね。

 周囲の人もびっくりして注目しちゃったじゃない。

 春先でこんな季節外れの格好してるのなんてちょっと恥ずかしいのに。


 あっ、でも今の声ってこーちゃんにも聞こえたわよね?

 と言う事は私の事を思い出すかも!



 …………? あれ? 全くこっち見ずに通り過ぎて行っちゃった……。

 え? なんで? どうして? ちゃんと私の名前聞こえたわよね?


「どうしたの香織ちゃん? そんな怖い顔して?」


「え? いや、そんな事……無いですよ? あははははは。ではさようなら~」


 私はすぐに振り返り、通り過ぎたこーちゃんを目で追った。

 もしかしたら、おばさんと話してる私に気を使って、邪魔しないようにしただけかもしれないし。

 少し離れた所から話が終わるのを待って、こちらの様子を伺ってるかもしれないわ。


 って、もうあんな遠くを歩いてる!!


 どう言う事なの? も、もしかして誰か良い人が出来たから、昔の女は見て見ぬ振りするって算段?


 いや、待って? そう言えばこーちゃんって私の事、下の名前で呼んだ事なくなくない?

 そうよ! 私の事ずっと『みゃーちゃん』って呼んでたじゃない!

 だから下の名前だけ聞いてもピンと来なかっただけかもしれないわ!


 ……それはそれでムカつくけど。後でお仕置きもするんだけども……。


 一応、最悪の他に女が居る事を想定して、暫く調査しないといけないわ。

 こっそり後をつけましょう。

 なにより、こーちゃんの新しい家も調べないといけないしね。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ふぅ~、こーちゃん商店街中を色々と歩いたわね~。

 電器屋さんとか家具屋さんとか色々お店に入ったのに、手ぶらで出てくるなんてウィンドウショッピングかしら?

 あっ、どうやらやっと帰るみたい。 商店街の入り口の方に歩き出したわ。

 しかし、最後に寄っていたケーキ屋さんの焼き菓子美味しいのよね~。

 幸子お姉さんの家で一緒に食べたのが懐かしいわ。


 よしっ! 今のこーちゃんの家と反対方向だし、思った通り新しい家に行くようね。

 ふむふむ、この道を通って、そっちの方向なのね。

 ふんふん。そこを曲がってと。なるほどなぁ~。

 

 あっ、立ち止まった! 横のマンションの方見てるわね。

 ここがそうなのかしら?


『よし、念願の一人暮らし! ここが俺の、俺一人の城だ!』


 やっぱり、ここね。

 ふふ、気合を入れてガッツポーズなんて、こーちゃん可愛い。

 入って行ったわね、何階かしら?


 え~と、あっ二階の廊下に姿を現したわ。

 左の方か。二部屋見えるわね。どっちだろう?

 あっ、手前のドアが開いたわ! 中から……、え? 何あの美人! モデルさんかしら?

 もしかして、あの人と同棲してるの? そ、そんな……。


 ん? こーちゃんも初めて見たって顔してるから、ただのお隣さんか。

 む? なんか顔真っ赤にして鼻の下伸ばしてない?

 なんか楽しそうに談笑してる! くぅぅぅぅ、その笑顔は私のなのに!


「あっ、ヤバイあの女の人が降りてくる! 逃げなきゃ!」


 こーちゃんが奥の部屋に入っていくのを確認したので、取りあえずそれを収穫として今日は帰る事にした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「きぃぃぃぃぃ! どう言う事なの! こーちゃん!」


 帰って来て改めて今日の事を思い返すと、なんだか無性に腹が立ってきた!

 私の事を忘れているのか、他に女が出来て私の事を知らん振りしてるのか分からないけど、未来のお嫁さんに対して酷い仕打ちよ!

 明日から暫くこーちゃんを尾行して原因を探ってやるわ!


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*

 3月2x日(火) 晴れ


衝撃的な事実! Σ(゚д゚lll)

こーちゃんどうやら私の事を見て見ぬ振りしてるっぽい! (ʘ言ʘ╬)

それが本当なのか、明日から尾行調査よ!


覚悟してなさい! こーちゃん!


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*


 今日はここまで。

 これ以上書いたらこーちゃんの悪口ばかりになっちゃうわ。

 もしかしたら、悪い女に騙されてるだけかもしれないじゃない!


「私が救ってあげなくちゃ!」


 私は、明日からのこーちゃん調査に向けて気合を入れながら、マスコット人形の"コーちゃん"を抱き締めてベットに潜った。

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10年ぶりに彼が街に帰って来て色々大変です。~宮之阪 香織の日記~ やすピこ @AtBug

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