最終巻 全てのおわり ────大正

 ……一度、試したことがある。親子の片方を殺して、もう片方の反応を見てみたのだ。

 もしも本当に親子の絆というものが尊く、素晴らしいものならば。

 互いを庇い合い、あるいは復讐に身を任せ自分に挑んでくるだろう。

 ……そう、思っていたのに。

 

 ある時は、泣き叫ぶ娘を無理矢理差し出す父親がいた。

 ある時は、惨殺されている母を置いて逃げ出す息子がいた。

 ある時は、どちらが先に殺されるか、醜く争った父と息子がいた。

 ある時は、娘が殺されて気が狂ったのか、ケタケタ笑う母がいた。


 だから思った。所詮、人間というのはこの程度の生命体なのだと。

 どう繕ったところで、一番大切なのは自分自身。

 他人のために死ぬのも、自分のために死ぬのも、どうせ出来やしないのだと。


 ──そう、思っていたのに。



「ギャアアアアアアアアアアア!!!」


 今まで味わった事のない激痛。命が急激に失われていく恐怖。

 知らない。こんなの、知りたくない!!


「クソッ……ただの人間のくせに……ボクの作品の一つのくせに……! こんな……」


 分からない。どうしてあの子は自分の命を捨てられた?

 埋め込んだ自分の心臓から巡る血は、あの子の全身に回っていたはずだ。

 どう考えても抗える訳がない。例えハヤミの多重霊魂結界があったとしても、この血の強制力の方が強いはずだ。

 それなのに、どうして……!?


 ……駄目だ。全然分からない。そもそも、激痛で考える暇もない。

 『考える』という行為を剥奪される事が、こんなにも屈辱的な事だったなんて。

 それでも、このまま死ぬ訳には行かない。


「調子に乗るなよ……! まだ死ねない……死んでたまるか……! くそ、新しい体さえあれば……! 寄越せ、下等生物共!!」


 もうこの体は使えない。それならいっそ、ここにいる下等生物にんげん共の体を直接乗っ取り、皆殺しにしてやる。

 誰も許すものか。生かして帰すものか。

 お前達の抵抗は、その全てが無駄だと思い知らせてやる!!


「いい加減に……しろよ!!!」


 下等生物にんげんの一人が、ボクの腕と眉間を撃ち抜く。


 「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 ああ、苦しい。これ以上銀の弾丸をボクに撃つんじゃない。もう耐えられそうにない。これ以上撃たれたら……。

 しかし、奴らは全員弾切れを起こしたようだった。やはり、ボクの方が下等生物にんげんよりも上なんだ!!



「そう。まだ死なないの」



 ──聞こえるはずのない、声が聞こえた。



「だったら……」



 立てるはずのない、奴が立っていた。



「これで終わりにしてあげる」



 は迷いなくボクへ銃を向けると──



「──永遠に、さようなら」



 一発の弾丸を放った。それは吸い込まれるように、ボクの頭部を撃ち抜く。


 ……いや、そんな事は絶対にあり得ない。あり得ていいはずがない。

 奴は不死者じゃない。人間だ。下等生物であり、ボクが作った作品の一つに過ぎない。それなのに、どうして……。


「なん、で……どう、して……」


 考えたい。考えさせてくれ。答えを教えてくれ。

 『知りたい』、と思った。『知らなければならない』と決意した。『知らないもの』があるという事実に耐えられなかった。

 いつも、いつでもボクはそうだった。

 ただ、それだけだったのに何を間違えた?


 分からない。考えられない。頼む……誰かボクに教えてくれ!!

 その願いは届かない。ボクはもうすぐ灰になる。ああ、クソ……この……


「この、復讐鬼、が……」



──────



「──っ!」


 それをはっきり見ていた訳じゃないけど、直観で理解した。


 ──あいつが死んだ。たった今、あの子に敗れて。


「本当に、殺せたんだ……」


 呟きと同時に、涙が零れる。ここまでくるのに、一体何百年費やしたんだろう。

 同じ村に生まれて、村を滅ぼされ、何度も友人を殺された。

 尊厳の尽くを踏み躙られて、屈辱を味わい続けた。

 逃げ続けた果てに、ここまで辿り着いた。


「皆……ようやく終わったよ……」


 失ったものは、もう戻らない。それでも、私は救われた。呪縛から解き放たれた。

 彼女達には、感謝してもしきれない。


 ……それでも。今更、もう遅いけれど。

 一言だけ、君に言いたい事がある。


「I've always liked you, you know.」


 かつての婚約者への言葉は、静けさの中で消え去った。


 End.

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外篇 大正ヱトセトラ奇譚 独一焔 @dokuitu

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