巻の拾玖 縁詐虎遠 ────大正
俺の目はあの方のものだ。何がしたかったのかは分からない。俺に何が起こったのかも分からない。
一つだけ分かる事は、俺は二度とあの方に逆らえないという事だけだ。
「お前、
そう聞くと、
「ごほっ、『仕込んだ』って、そんな言い方は無いだろう!? 馬鹿かお前は!」
「それに」と前置きをすると、萍水は俺にはっきりと告げた。
「僕はあの子を暗殺者にも、復讐者にもするつもりもない! ちゃんと立派な錬金術師にしてみせるって決めてるんだよ!!」
テーブルを叩きながら怒ると、萍水は他所を向いてしまった。
「……お前が、不死者への復讐に燃えてるのは知ってるよ。でも、だからって誰彼構わずに押し付けるのは止めろ。悪い癖だぞ」
「……そうだな」
頷いて茶を飲み干す。……だが、すまん。萍水よ。俺はあの方に、彼女を復讐鬼にするよう命令されている。
そう。それはあの日彼女を救い出した時。俺はまさかあの方の行為だとはつゆ知らず、あの方の工房へ乗り込んでしまった。
しかしあの方は俺を咎めず、逆にあっさりと彼女を手放した。
「洗脳して、増えすぎた不死者を殺そうかと思ってたけど──
無邪気な子供のように笑いながら、あの方は消えてしまった。
……正直に言うと俺はあの方も、不死者も憎い。
そもそもの話、俺がこんな体になったのもあの方に殺された妻の仇を取ろうとして返り討ちにあったからだ。
そのせいで、生きたくもない年月を生きている。
萍水の目を盗み、立華に近づく。彼女は、俺の巨躯に少し驚いているようだった。
「こ、こんにちは」
「……ああ」
しかし、彼女は俺が自分の恩人だと知っている。萍水が俺をそう紹介したからだ。
同時に、彼女も俺の事をうっすらと覚えているようだった。
「あの……、何か?」
「いや……」
どう切り出そうか迷う。もしも、この事が萍水に露呈すれば、奴は俺を憎むだろう。
……だが、やはり俺は、あの方には絶対に逆らえない。この目がある限り。
「……立華。お前は──自身の手足を奪った奴に復讐したくはないか?」
その後、案の定バレてしまい、萍水に親の仇のように睨まれた。しかし、彼女に復讐の芽を植える事は出来た。
近いうちに、彼女は復讐鬼となるだろう。
罪悪感が、無いとは言えない。
しかし、彼女ならあるいは──
あの方がお前に目をかける以上、お前には必ず何かがあるはずなんだ。
俺は、いつでもあの方に逆らえなかった。誰かに託す事しか出来なかった。
ああ、だから……そんな顔で、俺を見ないでくれ。死にかけの頭でそう思う。
「……虎遠さん」
泣きそうな顔をしているが涙は流れない。俺が、お前の感情を奪ってしまった。
完全な復讐鬼へと変えてしまった。
申し訳ない。どうか許さないでほしい。
お前には、俺を憎む権利がある。
それでも、最期まで身勝手ではあるが──
「お前に、託す」
最期の力を振り絞り、頭を撫でて、そしてそこで……俺の命は尽きた。
大正アルケミスト復讐譚 最終話へ続く
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