巻の拾捌 白咲立華 ────大正

「紹介しよう。新しい仲間の白咲立華しらさきりつかだ」


「よ、よろしくお願いします」


 緊張しながら頭を下げる。


「立華は──透無虚鵺とうむからやに、手足を奪われた」


 その言葉に、周りがざわつく。

 ……透無虚鵺とうむからやは私の仇で、ここにいる皆の仇である、始まりの不死者だ。ここにいる皆が奴を殺したいと思っている。


「今のうちに渡しておこう。今日から、肌身離さずこいつを付けろ」


 虎遠こおんさんがリボンをくれた。少し迷って、首に巻く。そのリボンは、普通の物と違って少し重たく感じた。


「そいつは、もしもの時の形見として残せる物だ。つまりお前自身と言っていい。お前も仲間が死んだ時は必ず回収しろ。いいな?」


「……はい」


 最初から虎遠さんに聞かされているから、その覚悟はしていた。それでもリボンの重さが責任の重さと同じように感じられた。


「案内は雪良せつらに任せる」


「はーい」


 虎遠さんの呼びかけに、黒いワンピースを着た女性が答えた。


「初めまして、立華ちゃん。私は久条くじょう雪良。これから仲良くしましょう?」


「はい」


「ふふふ、緊張しちゃって。可愛い……」


 未だに戸惑う私の手を引いて、彼女は先へ進んでしまう。

 しばらくアジト中を案内されると、最後に私に宛がわれた部屋に辿り着いた。


「はい、ここが貴女の部屋よ。個室だから、安心してね」


「雪良さん、ありがとうございます」


 深くお辞儀すると、彼女は微笑んだ。


「いいのよ。私達は仲間なんだから。それにどうせなら、『雪良姉さん』って呼んで? 響きが良くて気に入ってるの」


「雪良……姉さん?」


 今まで姉と呼ばれる立場にしかいなかったから、恥ずかしくなって顔が赤く染まる。


「ふふ、少しずつ慣れていけばいいのよ」


 私の頭を撫でると、彼女──雪良姉さんは少し浮かれた様子で去っていった。


「……お父さん。私、ここでならやっていけそう」


 ずっと私の事を心配してくれた、でも戦う術をくれた師匠に呟く。

 ここから、私の復讐は始まる。



「立華、最初の任務だ。ここに向かい不死者と呪術師を殺せ」


「……呪術師?」


 渡された用紙を読みながら、聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「わざわざ他人を不死者にするふざけた野郎だよ。そいつも殺すのが俺達の使命だ」


 いつの間にか隣に立っていた私と同年代に見える少年が、そう説明する。


「貴方は……」


仇篠あだしの。お前と一緒に任務に行くんだよ」


「あら、雨為うい! 貴方も一緒なのね?」


「げっ、雪良姉さん!」


 雪良姉さんに雨為と呼ばれた少年は露骨に嫌な顔をした。


「いつも名前呼びは止めてくれって言ってるだろ!? ……いいか新入り、お前までそう呼んだら絶対に許さねえからな」


「わ、分かったわ」


「話は済んだな? 丁度今出発すれば、深夜には町に辿り着ける。……しくじるなよ」


『了解!』



 深夜。計画通り目標の家に辿り着く。窓を割って忍び込んだ。

 不死者と呪術師を探していると、すぐ傍の部屋から誰かの息遣いが聞こえてきた。

 意を決してその扉を錬金術でこじ開ける。


「か、勝手に入ってくんなよ!!」


 そこには、身を寄せ合って震える、私より幼く見える兄妹がいた。


「……貴方達、不死者に捕まっていたの?」


 助けようと思って近付くと、後ろから肩を掴まれて引き戻された。


「……仇篠、君?」


「呼び捨てでいいよ。……立華。あいつらが今回の標的だ」


「──え?」


 仇篠が持つ、不死者を探し出すための視魂鏡しこんきょうが赤く染まっている。それは彼の言葉が正しい事を証明していた。


「……お前らが、不死者総滅隊ふししゃそうめつたいって奴だろ。俺の妹を殺しに来たんだな?」


 私達を睨みつけて兄の方が言う。彼に強く抱きしめられた妹は震えていた。


「ええ、そうね。それが私達の目的なの」


 いつもと違い、冷たい目をした雪良姉さんがそれに答えた。

 その様子が、とても信じられなかった。


「……っ。どうして、どうして俺達が殺されなくちゃいけないんだよ」


「決まってるだろ。不死者とそいつを作った呪術師だからだ」


「いつか、貴方の妹は人を殺すわ。その時に真っ先に殺されるのは、他でもない貴方かもしれないのよ? ……だったらいっそ、その不死者を作ってしまう頭脳もろとも、ここで貴方達二人を私達が殺してしまった方が──」


「知るかよそんな事!!」


 彼の言葉は、絶叫に近いものだった。


「俺の妹は絶対に誰も殺さないし、俺も他の奴を不死者にするつもりはない! ……妹の病気がようやく治ったんだ。健康な体を手に入れられたんだ。なのにどうして、今ここで殺されなきゃいけないんだよ……」


「…………」


「新入り、同情なんてするなよ」


 仇篠にそう釘を刺される。雪良姉さんも、その言葉に頷いていた。


「いいか? 不死者や呪術師の言葉は絶対に信じるな。全部嘘だと思え。……でないと、この先きついぞ」


 言いながら、彼は私に一丁の銃を渡した。


「仲間になるための試練だ。こいつで、あの二人を撃て」


「──え?」


 初耳の事実に呆然としてしまった。思わず雪良姉さんの方を見たけれど、悲痛な面持ちで目を逸らされてしまった。


「こいつは、俺達全員がやった事だ。不死者全員が悪い奴とは限らない。……ああいう奴だっている。それでも迷わず殺せるか試すんだよ」


「……本当に、やらなきゃいけないの?」


「別に、嫌ならいいのよ。その場合、貴女には向いてなかったってだけだもの」


 雪良姉さんがそう言う。私はもう一度振り返って、兄妹を見る。この部屋には一切窓が無い。私達が唯一ある扉の前にいるせいで、彼らは逃げられない。

 今、ここで私が彼らを見逃したところで、残りの二人に殺されるだけ。

 いいえ、その前に──


透無虚鵺とうむからや


「…………」


 私は彼らの前に立って銃を構えた。引き金に指を添える。


「……お前らは、俺達の事を化け物呼ばわりするけどさ」


 もう逃げられないと悟ったのか、兄が睨みながら口を開いた。


「俺には、お前らの方が化け物に見えるよ」


「……ええ、そうでしょうね」


 そして私は──引き金を、引いた。



 アジトに帰ってすぐに、私は雪良姉さんに頼んで髪を肩の所まで切ってもらった。


「……本当に、いいの?」


「はい。……もう、後戻りは出来ないので。私はこれからも不死者を殺します。最期まで──透無虚鵺とうむからやに、届くまで」


 ……鏡の向こうにいる雪良姉さんは、少し切なそうな顔をしていた。


「そうね。……頑張りましょうね」


「……はい」


 ここから、私の本当の復讐は始まった。


 大正アルケミスト復讐譚、その始まり

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