巻の拾捌 白咲立華 ────大正
「紹介しよう。新しい仲間の
「よ、よろしくお願いします」
緊張しながら頭を下げる。
「立華は──
その言葉に、周りがざわつく。
……
「今のうちに渡しておこう。今日から、肌身離さずこいつを付けろ」
「そいつは、もしもの時の形見として残せる物だ。つまりお前自身と言っていい。お前も仲間が死んだ時は必ず回収しろ。いいな?」
「……はい」
最初から虎遠さんに聞かされているから、その覚悟はしていた。それでもリボンの重さが責任の重さと同じように感じられた。
「案内は
「はーい」
虎遠さんの呼びかけに、黒いワンピースを着た女性が答えた。
「初めまして、立華ちゃん。私は
「はい」
「ふふふ、緊張しちゃって。可愛い……」
未だに戸惑う私の手を引いて、彼女は先へ進んでしまう。
しばらくアジト中を案内されると、最後に私に宛がわれた部屋に辿り着いた。
「はい、ここが貴女の部屋よ。個室だから、安心してね」
「雪良さん、ありがとうございます」
深くお辞儀すると、彼女は微笑んだ。
「いいのよ。私達は仲間なんだから。それにどうせなら、『雪良姉さん』って呼んで? 響きが良くて気に入ってるの」
「雪良……姉さん?」
今まで姉と呼ばれる立場にしかいなかったから、恥ずかしくなって顔が赤く染まる。
「ふふ、少しずつ慣れていけばいいのよ」
私の頭を撫でると、彼女──雪良姉さんは少し浮かれた様子で去っていった。
「……お父さん。私、ここでならやっていけそう」
ずっと私の事を心配してくれた、でも戦う術をくれた師匠に呟く。
ここから、私の復讐は始まる。
「立華、最初の任務だ。ここに向かい不死者と呪術師を殺せ」
「……呪術師?」
渡された用紙を読みながら、聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「わざわざ他人を不死者にするふざけた野郎だよ。そいつも殺すのが俺達の使命だ」
いつの間にか隣に立っていた私と同年代に見える少年が、そう説明する。
「貴方は……」
「
「あら、
「げっ、雪良姉さん!」
雪良姉さんに雨為と呼ばれた少年は露骨に嫌な顔をした。
「いつも名前呼びは止めてくれって言ってるだろ!? ……いいか新入り、お前までそう呼んだら絶対に許さねえからな」
「わ、分かったわ」
「話は済んだな? 丁度今出発すれば、深夜には町に辿り着ける。……しくじるなよ」
『了解!』
深夜。計画通り目標の家に辿り着く。窓を割って忍び込んだ。
不死者と呪術師を探していると、すぐ傍の部屋から誰かの息遣いが聞こえてきた。
意を決してその扉を錬金術でこじ開ける。
「か、勝手に入ってくんなよ!!」
そこには、身を寄せ合って震える、私より幼く見える兄妹がいた。
「……貴方達、不死者に捕まっていたの?」
助けようと思って近付くと、後ろから肩を掴まれて引き戻された。
「……仇篠、君?」
「呼び捨てでいいよ。……立華。あいつらが今回の標的だ」
「──え?」
仇篠が持つ、不死者を探し出すための
「……お前らが、
私達を睨みつけて兄の方が言う。彼に強く抱きしめられた妹は震えていた。
「ええ、そうね。それが私達の目的なの」
いつもと違い、冷たい目をした雪良姉さんがそれに答えた。
その様子が、とても信じられなかった。
「……っ。どうして、どうして俺達が殺されなくちゃいけないんだよ」
「決まってるだろ。不死者とそいつを作った呪術師だからだ」
「いつか、貴方の妹は人を殺すわ。その時に真っ先に殺されるのは、他でもない貴方かもしれないのよ? ……だったらいっそ、その不死者を作ってしまう頭脳もろとも、ここで貴方達二人を私達が殺してしまった方が──」
「知るかよそんな事!!」
彼の言葉は、絶叫に近いものだった。
「俺の妹は絶対に誰も殺さないし、俺も他の奴を不死者にするつもりはない! ……妹の病気がようやく治ったんだ。健康な体を手に入れられたんだ。なのにどうして、今ここで殺されなきゃいけないんだよ……」
「…………」
「新入り、同情なんてするなよ」
仇篠にそう釘を刺される。雪良姉さんも、その言葉に頷いていた。
「いいか? 不死者や呪術師の言葉は絶対に信じるな。全部嘘だと思え。……でないと、この先きついぞ」
言いながら、彼は私に一丁の銃を渡した。
「仲間になるための試練だ。こいつで、あの二人を撃て」
「──え?」
初耳の事実に呆然としてしまった。思わず雪良姉さんの方を見たけれど、悲痛な面持ちで目を逸らされてしまった。
「こいつは、俺達全員がやった事だ。不死者全員が悪い奴とは限らない。……ああいう奴だっている。それでも迷わず殺せるか試すんだよ」
「……本当に、やらなきゃいけないの?」
「別に、嫌ならいいのよ。その場合、貴女には向いてなかったってだけだもの」
雪良姉さんがそう言う。私はもう一度振り返って、兄妹を見る。この部屋には一切窓が無い。私達が唯一ある扉の前にいるせいで、彼らは逃げられない。
今、ここで私が彼らを見逃したところで、残りの二人に殺されるだけ。
いいえ、その前に──
こんな事で迷っていたら、
「…………」
私は彼らの前に立って銃を構えた。引き金に指を添える。
「……お前らは、俺達の事を化け物呼ばわりするけどさ」
もう逃げられないと悟ったのか、兄が睨みながら口を開いた。
「俺には、お前らの方が化け物に見えるよ」
「……ええ、そうでしょうね」
そして私は──引き金を、引いた。
アジトに帰ってすぐに、私は雪良姉さんに頼んで髪を肩の所まで切ってもらった。
「……本当に、いいの?」
「はい。……もう、後戻りは出来ないので。私はこれからも不死者を殺します。最期まで──
……鏡の向こうにいる雪良姉さんは、少し切なそうな顔をしていた。
「そうね。……頑張りましょうね」
「……はい」
ここから、私の本当の復讐は始まった。
大正アルケミスト復讐譚、その始まり
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