第21話 衝撃の事実を語るくノ一

 オカマ狂人は忍者装束の霞美が突然姿を現したことに、表情を怒りから驚きに変えるが、こちらを向いたまま、破壊されたセットの瓦礫から瓦礫へと飛んで離れていく。


「また殺り合いましょう。次はきっちり殺して上げるから」


 お決まりの捨て台詞を残して、非常階段に続く扉ではなく、セット搬入口のシャッターをナイフで切り裂いて消えていった。

 とりあえずの危機が去り、純は安堵の息を吐きつつ背の鞘に小太刀を仕舞うくノ一に目を向ける。


「霞美もやっぱ、異世界の関係者だよな?」

「そうでござるよ」

「なぁ、なぁ、どうしてダンジョンにいるみたいに力を発揮できるんだ?」


 あっさりと認める霞美に、純は顔を近づけて凝視する。どうしても理由が知りたい。自身のように力を宿しているのだろうか?


「主、近い、近いでござる。血まみれのスプラッタ顔に興味はないでござる。これで拭くのですよ」


 霞美が懐からハンカチをとりだして差し出してくれた。


「サンキュ」


 純は受け取り鼻血を拭うが、すぐに溢れてくる。これは太い血管が切れてるな。


「これを」


 純がリュックから取り出す前に、霞美がポーションを渡してくれた。


「平気そうな顔をしているでござるが、肩は痛くないのでござるか?」


 純は受け取ったポーションを飲むと、すぐに肩と鼻の奥がムズムズしてくる。


「痛いけど、この程度で動きが鈍ってるようじゃ、あっちじゃ生きていけないからさ。こんな痛みに慣れたくないのに、いつの間にか慣れちゃったよ」


 見れば服が破け皮膚が破れ肉が抉れていたけど、もう肉が盛り上がってきている。さすが地下ダンジョン製ファンタジードリンク。


「異世界は、相当過酷でござったのですなぁ」

「大変だったし、何度も死にかけたよ」


 しみじみと言う霞美に、知っているみたいだから、隠すこともなく純は素直に感想を言った。


「そのような歪みのない笑みを浮かべられるのは、流石でござる。全てを忘れたいとは、思わなかったのでござるか?」

「命を預けられる仲間に出会えたから、忘れる訳にはいかない。異世界での経験があってこそ、今の俺があるんだ」

「これに見覚えは?」


 霞美は小太刀を背からおろして、純の目前に差し出す。

 金の薔薇の花と蔓が絡みつくように装飾された漆黒の鞘。

 純の眼が開く。

 忘れるはずがない。

 異世界でチームを組み、戦場で肩を並べた友の武器。

 だけどしかし、最後の戦いで死んだはず。もしかして死んだんじゃなくて、こっちの世界に渡ってきたのか?そう考えたら歓喜が湧き上がってきて鼓動速くなってしまう。


「もしかして、クルスがこっちの世界にいるのか?」


 答えを催促するように、霞美の肩を掴む。


「いる、ではなく、いた、が正解でござる」


 純は意味がわからず、ただ首を傾げる。


「クルス様は、滝川一族の始祖でござる」

「霞美の一族って戦国時代から続くんじゃなかったっけ?」

「そうでござるよ」


 霞美はお気軽に答えてくれるが、戦国時代っておおよそ450年前だぞ。異世界では同じ時間軸にいたのに。


「もう生きていないってこと?」

「私も一族に残る伝承の書を読んだだけでござるから。異世界人の寿命が500年あるのであれば、私達の知らぬ場所で生きている可能性はあるかもしれないでござるが」

 

 純は霞美の肩から手を離なす。喜びが急速に冷めていく。


「寿命は俺達と同じだったよ。だけど何で、500年の差があるんだ?」

「さぁ、始祖様は何も資料を残していないので、分からないでござる」


 ゆっくりと首を振る霞美。

 クルスが紙に書き残していなければ、生きるだけでも精一杯の時代だろうから、夢物語のような話になど誰もかまってなどいられなかっただろうから。


「だけど、そっか、霞美にはクルスの血が流れているのか」


 日本人離れした目鼻立ちのくっきりした顔立ちに、ヨーロッパ系の親戚がいるのかと思ってたけど、まさかの異世界の血とは。


「私が17代当主でござるから、大分血が薄まっているでござるよ」


 まじまじと見つめられて気恥ずかしかったのか、霞美はプイっと横を向いてしまう。

 まさか日本に帰ってきてクルスの名前を聞くなんて。異世界で遺体も残らないほどの壮絶な最後だった。遺体も残らなかったのは、生きててこっちの世界に来ていたからか。


「なぁ、クルスが日本に来てどう生きてたのかなんて話、伝わってないか?」

「始祖がどういう生き方をしたのかは分からないでござるが、子を成し畳の上で亡くなったようでござるから、それなりの半生を送れたのでは」

「霞美がいるんだから、そうだよな。それなら良かった」


 同じ地球にいたのに会えないのは悲しいけど、異世界では戦いが全てみたいな生き方しか出来なかったから、少しは人間らしい生活が出来ていたことに自然と頬が緩んでしまう。


「霞美が俺のこと主って呼ぶのって、やっぱクルスと関係があるんだよな」

「始祖様の残した遺言書に、今市純という男に出会ったら力を貸してやって欲しい、と書き記されていたでござる」

「今時、先祖の遺言を律儀に守らなくたっていいだろ。ということで、主っていうの止めてくれない?」

「遺言はあくまでもお願いでござって、私の意思が優先されるものなので、ご心配には及ばないでござるよ。それに、主はこの先も厄介事に巻き込まれるはず。私は役に立つでござるよ?」


 どうしてそう呼ぶのか理由は分かったけど、やっぱり止めてくれるつもりはないようだ。


「分かったよ。これからもよろしくな」

「こちらもよろしくなのでござる」

 

 この話はこれで終わり、とばかりに霞美がニッコリ微笑んで右手をだしてきたから、純も諦めて握り返すのだった。 


「てことはやっぱり、オカマ野郎も先祖が異世界人なのか?」

「違うでござるよ。彼の場合は、先祖が異世界に行って帰ってきた地球人でござるな」


 異世界人の血が流れているから常識外の力が使えるんじゃないのか。


「さっきも聞いたけど、祖先が異世界に行った地球人なら、どうしてダンジョンの外で常識外の力が使えるんだ?俺みたいに特別な力を宿してるのか?」

「主は勘違いしているでござる」

「霞美が力を使えるのは、異世界人の血を引いているからじゃないの?」

「違うでござるよ。この小太刀から力を借り受けているでござる」


 霞美が再度小太刀を見せてくる。


「ですので我が一族は、小太刀の力を引き出せる者が、当主を襲名する決まりになっているのですよ」

「じゃあ、オカマ野郎はあのナイフから力を得ていたってことか」


 純はなるほどと、二度三度頷いて納得する。だから慌てたように、斬り落としたナイフを握る左腕を拾ったのか。あの時ナイフなど拾わないで、常識外の力で殴るだけで純は簡単に絶命していた。それが出来なかったってことか。まぁ霞美がいたからピンチになれば助けてくれたんだろうけど。


「私が知るかぎり、異世界の武器は15ほど。主のいうオカマ野郎の名は、仲井戸礼二。裏の世界では残忍な殺しをすることで有名でござるよ」


 そんなに異世界に行ったり、異世界から地球にやってきた人間がいるのかと驚く。あのオカマ野郎の名前は仲井戸礼二っていうのか。次は覚えてろよ。純はすっかり傷が無くなった左肩をさすりながらセリフを返す。


「残忍っていうか、弱い奴をいたぶるのが好きなんだよ。肩が抉れた時のオカマ野郎は恍惚とした顔してたし」

「変態でござるか。そのような者に粘着されるとは、ご愁傷さまでござる」


 霞美が純に向かって両手を合わてきた。しかし純は嫌がることもなく右の口端を釣り上げる。


「望むところだ」


 オカマ野郎から襲ってきてくれるなら、願ったり叶ったりだ。最後に一矢報いたとはいえ、腕を斬り飛ばした一太刀だけ。霞美がいなければ完全に負けていた。



「主もバトルジャンキーというなの変態でござったな」

「やられっぱなしは性に合わないし、次はきっちりかっちり圧倒的なまでに勝つ!」


 純は拳を握り強い意思を込め、声高々に宣言した。

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迷宮探索部!東京都庁地下ダンジョンへGO! 響 抹茶 @hibiki-m

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