第20話 助っ人はくノ一
純はオカマ狂人の懐に飛び込みながら、肩が反っくり返るほど小太刀を引き、ダンッと床を踏み鳴ならして切っ先を繰り出す。
仰け反りやり過ごすオカマ狂人。そこから両手を床に突き、左右にスタジオセットが並ぶ通路を連続バク転。
追いかける純。もちろん、小太刀を繰り出す手休めない。しかし、切っ先は空をきるのみだが関係ない。壁際に追い込むための牽制だからだ。
倉庫に響くのは、2人が床を蹴る靴音のみ。
その音が消えれば、オカマ狂人の背は壁に張り付いていた。
純は容赦なく斬りつける。
オカマ狂人に逃げ場はないから、ナイフでいなして凌ぐだけ。
純が攻撃の回転を上げるれば、オカマ狂人の対応が遅れだす。ついにナイフが狂人オカマの手を離れて、天井のライトを乱反射させて空を舞った。
純は右の小太刀の切っ先を、左の背後に向けて腰を右腕を力の限り捻る。
「もらった!」
右足を踏みしめ、腰の力を腕の力を順に開放して、横一文字斬りする。本来は鞘に入れた状態で横薙ぐから、変形横一文字斬りだ。
絶対の自信を持って放った一撃。小太刀はダンジョン制、上下真っ二つ確定だ。しかし、しかしだ。刃に感触なし。
「はっ?!」
見開く視界の先にあるのはコンクリの壁だけ。すぐに首を上に振れば、オカマ狂人は壁にナイフを突き刺しぶる下がっていた。異世界での10年、ダンジョンでの培った動体視力を持ってしても微かに見えただけ。ここは東京都庁地下ダンジョンの外なのに、まるでダンジョンアタッカーの動きのそれ。
「お姉さん、ほんと驚いた。まさか負けちゃうなんて。人を斬るのに躊躇しない精神、その歳ではありえない技倆。異世界の英雄なんて眉唾だと思ってたんだけどねぇ」
「何で知ってんの?オカマさんも、異世界行った?」
てっきり異世界に行って帰ってきたのは自分だけだと思ってたけど、違うのか?実はこの世界には純が知らないだけで多数いるとか?オカマ狂人のありえない動きといい、疑問が脳裏に渦巻くが、そんなことを考えてる場合じゃない。動揺なんてしてたら確実に殺される。
オカマ狂人は嗤う。
「異世界に渡ってたら、あなたに後れを取るわけないでしょ。まるで私の才能が劣ってるみたいじゃない。舐めた口聞いてると、ぶっ殺すわよ」
「舐めた口聞かなくたって、殺すつもりでしょ。急に動きが変わったんだけど、どんなカラクリ?」
「知りたい?」
「もちろん。俺はまだまだ強くなりたいから。強さに貪欲なんだよ」
だけど困った。ダンジョンの外ではエナジーは存在し無いから、ドリンクを飲んでも意味がない。使えるのはポーションと装備類のみ。これでなんとかしなければならない。五十嵐セキュリティサービスの隊員が救援にきたら、全滅は必至だから呼べない。
「10年もあっちで明けても暮れても戦争して、よく精神がイカれなかったわよぇ」
「そうでもなかったよ。最初の1年はもの凄い大変だったんだぜ。それで秘密は教えてくれるの?」
純の心は一度壊れた。それはもう気が狂うくらいに。だけど敵を倒さなければ生き残れない。仲間の助けが救いがなければ、精神を再構築出来なかった。
「どうして、私の有利を捨てなくちゃならないのよ。私が好きなのは、苦痛に歪むイケメンの顔なのっ!」
オカマ狂人は壁に突き刺したナイフを支点に回転して足裏を天井に押し付ける。
姿がブレた。
純は後ろに跳ぶ。
目前の床がべコリと凹んだ。
泡立つ右の首筋。純にオカマ狂人の姿は見えない。直感に従って右手に持つ小太刀を立てた。
直後、金属音が火花が上がる。
伝わる強烈な力に耐えきれず、小太刀から手を離す。そして同時に身を屈めた。
直後衝撃が実体化し、頭上を駆け抜ける。
破裂音が上がり、セットにドデカイ穴が開いた。
純は次の攻撃に備えて距離をとるが、オカマ狂人は追いかけてこない。余裕な態度が癪に障る。
「やっぱり英雄殿は凄いわぁ」
「あーあ、あの武器高かったんだけど。やっぱダンジョン製?」
遠くに転がる小太刀は、半ばから切っ先が無くなっていた。
「ん~、どうかしらね。それより完全に殺ったと思ったのに」
オカマ狂人の言い方から、両手でもて遊ぶナイフがダンジョン製じゃないと悟る。
「異世界から持ち込めるかよ」
「あら、分かちゃった?すんごく私好みの武器よん。あなただって持ち込んでるでしょ、神斬りのデュランダルを、こ、こ、に」
オカマ狂人の腕がブレた。
宿る剣の名を言い当てたれて動揺した純の動きが僅かに遅れる。またしても、直感に従って前に転がるようにダイブした。脇を衝撃が突き抜けたのを感じれば、キグルミが並ぶ棚が一列吹き飛んだ。
純は起き上がり走る。
「私のペットになるんなら、助けて上げなくもないわよ」
「やだね。オカマさんに尻尾振って、ワンって鳴く趣味はないって」
瑞希を襲撃されて命乞いなど冗談じゃない。まずは倉庫から脱出だ。
飛んでく衝撃波が、スタジオセット破壊する。完全に遊ばれてる。苦痛に歪む顔が見たいってオカマ狂人が言ってたから、絶望の縁まで追い込みたいんだろう。意地でも絶望なんてしてやるものか。
純は非常階段に続く扉を目指す。
相変わらず、手加減された衝撃波が飛んでくる。しかし威力は申し分ないから、セットや小道具はもうめちゃくちゃだ。テレビ番組を予定通り放送するのに制作会社の人は徹夜確定だ。純が悪い訳ではないけど、心の中で謝まらずにはいられない。
そして、扉までもうすぐというところで、オカマ狂人の力が膨れ上がった。
これまでにない強烈な一撃がくる。
身を翻しながら、身を隠すほどの大盾をリュックから抜き出した。
ぶつかる衝撃波を受け止めるが、耐えきれるはずもなく足裏が滑る。
いなしても、いなしても、襲ってくる衝撃波。
靴底のゴムが、直線を描き鼻につく焦げた臭いを放つ。
大盾に肩を当て踏ん張るが、このままではいずれ壁に激突でペシャンコだ。
まさに絶体絶命のピンチ。
「我が主、助太刀いたそうか」
不意に耳元で上がる言葉遣いに似つかわしくない女子の幼声。
「助太刀は嬉しいけど、その言い方、何時も止めてって言ってるだろ」
純の背後に重なるように立っているのは、探索部に所属する滝川霞美。オカマ狂人の攻撃は相変わらずだから存在に気がついていない。
くノ一の隠形半端なし。
「私の仕事は、彼の所属する組織を探ることでござったので」
「この言葉遣い止める気ないのは分かってたよ」
「主は、どのような助太刀が望みか?」
純はニヤリと笑った。霞美は純のことを良く分かっている。
「この盾、お願いしても大丈夫?」
「もちろんでござる」
霞美が左手を大盾の持ち手に添えれば、途端に伝わってきていた衝撃が無くなった。間違いなくオカマ狂人と同じ力を持っている。これは後で事情を問い詰めなければならない。
オカマ狂人のナイフがブレたところで、純はリュックに片手を突っ込で大盾から飛び出した。
床を抉る衝撃波の脇を、全力で走り抜けオカマ狂人に迫る。
口角を釣り上げ、粘ついた笑みを貼り付けて立ち尽くしていた。
「その余裕が、命取りだって教えてやる!」
純は臆さない。間合いに踏み込んだところで、オカマ狂人が無造作にナイフを突き出す。
霞美が、オカマ狂人ができて出来ない訳がないと信じて力の限り叫んだ。
「デュランダル、力を貸しやがれ!」
待ってましたとばかりに、体の中心で膨れあがる黄金の力。あまりの巨大さに心臓が、血管が、筋肉が悲鳴をあげる。
一瞬だ。
一瞬持ってくれれば良い。
頑張ってくれ俺の体。
漲る力を抑え込む。
「うぉおおおおお」
鼻の奥から血が溢れるけど構わない。
見えなかったオカマ狂人の動きが見える。
体がダンジョンのまま動く。
迫るナイフを半身の態勢でやり過ごし、リュックから使い慣れたロングソード引き抜いて袈裟斬りした。
血が舞い飛び、ナイフを握った肘から先が落下する。
さすが強者。狙った肩口に切っ先は届かなかった。
純は力つきて片膝をつく。
「ちくしょう!やりやがったわね」
オカマ狂人は左手で切断された腕を拾い上げて、狂ったように純に振り下ろすが、途中でその手が止まり飛び退いた。
「これ以上は私がお相手するが、どうするでござる?」
純が顔を上げれば、小太刀を構える半袖の忍者装束にショートパンツ、そして網タイツというベタな格好の霞美が、横に立っていた。
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