第19話 アイドル仕事をする その4

 純の手にある六角形の盾から、半透明な緑の膜がエナジー切れで消える。と同時に、四方からわかり易い殺気が湧き上がった。声かけてきた速水翼に返事する暇もなく、瑞希めがけ跳ぶ。


「瑞希、屈め!」


 言われるまま素早く屈んでくれる。

 その側に着地をした純は、払うように盾を宙に走らせた。

 カンッカンッカンッカンッと連続して鳴る甲高い音。床に転がる多数のナイフ。

 飛んできた方角と数から、敵は5人だ。

 純は襲撃者にブーメランの要領で盾を投げ、続けざまにリュックからナイフを取り出して投擲した。

 上がるうめき声は4つ。

 盾は虚しく資材を破壊して壁に突き刺さっている。

 身を翻しライトの残骸を足場にセットを飛び越えていく人影。

 とりあえず放置だ。それよりも瑞希に怪我がないか体を見回した。


「無事か!」

「うん」


 返事をして立ち上がるけど、視線は襲撃者が消えた扉に向けたまま。

 人影は扉を開けスタジオから出ていってしまった。

 ようやくここでアイドル達が、パニックの悲鳴を上げる。

 司会の芸人は白目を剥いてひっくり返っていた。

 スタッフもようやく何が起きたのか理解して騒然としだす。


「純ちゃん、追って」


 扉を睨んだまま瑞希に、純は首を振る。


「それは無理」


 そこそこ出来る奴だから戦いたい。だけど陽動だってことも十分ありえるから、瑞希を残して追うわけにはいかない。


「捕まえてきて。どうして私が狙われてるのか理由が知りたい」


 いつもの瑞希なら、自分は大丈夫だから危険なことは駄目って言うはずだ。周りの皆は大丈夫なのか気にするはずだ。それが捕まえてきてとはらくしくない。


「瑞希1人を置いて行けるか」

「私は大丈夫だから」


 苛立っている瑞希の前に回って、純は両肩に置いて宥める。


「落ち着けって。どうしたんだよ」

「こんなにまで私が狙われる理由なんてない。パパが関係してるかもって考えたら、いてもたってもいられない」


 瑞希の頼み事だから、純だっててかなえて上げたい。だけど、優先順位というものがある。


「駄目。俺には瑞希のお父さんより、瑞希が大事だから」


 純にそこまで言われて、言い返すことができないのか、瑞希は唇を尖らすだけだ。


「あのー、お取り込み中のところお邪魔させて頂いても?」

 

 スタッフの1人が、話かけてくる。


「何?こっちは取り込み中なんだけど」


 邪魔されて、純の表情が険しくなる。しかし、臆することなく開かれた口から溢れてきたセリフに、険しさは瞬く間に消えた。


「塩坂さんの護衛は私達が引き受けますので、今市さんは好きなように動いてください。そのように指示されておりますので」


 高校生の純に使うには、妙なほど丁寧な言葉遣い。純の正体を知っている人物から、指示があったとしか考えられない。


「もしかして五十嵐セキュリティサービス?」

「お嬢様よりサポートを依頼されております」


 間違いない五十嵐財閥の私設警備部隊だ。世界屈指の財閥だから危険地帯へ商談に赴く社員、国外での重役警護は、外部委託ではなく全てこのセキュリティサービスが遂行していた。所属している実行部隊は全員実戦経験があるという、日本の企業らしからぬ企業である。

もちろんお嬢様とは、探索部部長の五十嵐文緒のことだ。彼女も当然のごとく彼らに守られた専用車で登下校している。


「ここ、お願いしても?」


 純がライトやら機材が散乱するスタジオを見回して尋ねれば、隊員は大きく頷いてくれた。


「お任せください。このスタジオ内で起きたことは全て隠蔽致しますので、もちろん怪我人の治療もこちらでやりますので」


 怪我人の治療とは、純の倒した者も含まれているはずだ。暗に尋問はこちらでやるからと言っているようなもの。


「情報は?」

「全てお嬢様に報告しますので」


 なら大丈夫だ。純にも吐かせた情報は回ってくる。暴力的な尋問しかやったことないから、有り難い申し出でだった。ここの事は安心して任せられるから、視線を瑞希に変える。


「何?」

「ポーション渡しとくから、怪我人に使って」


 純はリュックをおろしながら屈む。


「ダンジョン外で、許可なく使ってもいいの?」

「この場合は、使ったほうが良いが正解」

「どういう事?」

「かすり傷も全部消して、ここで何があったかを全部無かったことにするんだよ」


 純はリュックから手頃な手提げ袋を取り出してから、ポーションを床に並べた。


「了解」


 瑞希は頷きながら、ポーションを閉まっていく。

 純が立ち上がると、インカムで連絡をとっていた隊員が声をかけてくる。


「襲撃者は、地下2階の倉庫におりますので」


 完全に五十嵐セキュリティサービスがテレビ局を掌握しているみたいだ。


「サンキュー、瑞希、行ってくる」

 

 純はリュックを背負いながら走り出す。


「純ちゃん、怪我は駄目だからね。無理そうだったらちゃんと諦めなきゃ駄目だよ」


 スタジオ中に響くほどの大きな声に、純は赤面する。俺のお母さんかよ。だけどいつもの瑞希らしさが戻って良かった。

 扉を開けて通路に出れば、騒ぎを聞きつけて騒然としているわけでもなく、壁に寄りかかるスタッフが1人だけ。

 顎を右に振ってあっちだと案内してくれるだけ。この人もセキュリティサービスの隊員だ。


「一緒に来ないの?」

「俺達が行っても、おそらく邪魔になるだけだ。人数をかければ倒せるが、死傷者がでる。それくらいの強者なんだよ襲撃者は。君が殺ってくれて損害がでないのであれば、それにこしたことはないんだ。手柄は我々のものだしな」


 ニヤリと笑う。純がダンジョンアタッカーだと明かせないから、隠蔽の表向きの理由は、セキュリティーサービスが処理したと発表するに違いない。


「瑞希の警備をしてくれるんなら、好きにすれば?」

「出来る限り努力はしよう。だから我々が命を賭ける順番が回ってこないように頼むよ」


 自分たちでは無傷で倒せないからとは、あまりに正直な物言いについ純は苦笑いしてしまう。


「期待して待っててくれよ」


 指を立てピッと振ってから先を急ぐ。分岐路に五十嵐財閥警備部隊員がいて道に迷うこはない。

 非常階段を駆け下りれば、倉庫直結の扉がある。

 警戒もしないで無造作にノブを回した。

 蝶番の油が切れているのか軋み音が鳴る。

 倉庫には巨大な台車に乗せられた収録に使うセットが並び、棚には小道具やキグルミが置かれていた。

 スタジオを襲撃した奴には、誰かが来たことが分かったはずだ。途中防火扉閉まっていたりしたから、ここに誘導されたことなどとうに察しているはず。

純は倉庫に一歩足を踏み入れたところで足を止めて、リュックから60センチほどの小太刀を二本とりだしてベルトに挟んだ。使い慣れているロングソードは刀と違い重量があって、ダンジョン外だとまだ持て余す。

 暫く無言のまま辺りを見回すが襲ってこない。

 ならばと小太刀を抜いて、目についた正面のシャッターに向かって一歩踏み出す。保管されているセットの間を歩くから、奇襲するにはもってこいのはずだ。

 不謹慎だけど、五十嵐財閥のセキュリティーサービスにあそこまで言わす奴がここにいる、それだけでワクワクしてしまうのを抑えきれない。逃げている奴が外に出るためには、純を人質にするか無力化するしかない。どう転んでも戦闘が発生する。

 しかし、何も起きないままたどり着いてしまう。あまりにも拍子抜けで、思わず口からセリフが溢れてしまう。


「腰抜けかよ。ガッカリ」


 直後湧き上がる強烈な殺気。現代社会では味わったことのないそれに、異世界での殺伐とした戦いの日々を思い出しまう。

 頭で考えるよりも体が反応して、すぐさま後ろに跳ぶ。純がいた床に、2本のナイフが突き刺さる。コンクリの床なのにだ。もうそれだけで常識外の存在だと分かる。

 続けざまに後ろに跳ぶ。

 床に突き刺さるのは、ナイフではなく定番の黒スーツを着た長髪の男。こちらを向く顔は、男でも見惚れる中性的な大人のイケメン。だけど粘着質な粘ついた印象しかい瞳が残念すぎる。


「もう、せっかく殺せたと思ったのに」


 よほど悔しいのか、グリグリと踵押し付けていた。

 うわ、オカマだよと、呟きながら、純は着地するなり駆け出し黒スーツの男の懐に飛び込む。左の小太刀を横一閃させたところでしゃがんだ。

 眉間のあった位置をつけ抜けていくナイフ。

 オカマが後ろに飛び退きながらナイフを投げたのだ。おかげで止めの突きを放てなかった。


「へぇ。人を殺してしまうかも、っていう迷いのない良い振りだったわ。あなたまだ高校生でしょ。どんな修羅場をくぐり抜けてきたのか、お姉さん知りたいわぁ。教えてくれたら、腰抜けって言ったのは許してあげる。許してくれても殺しちゃうんだけどね」


 ペロリと舌を伸ばしてナイフを舐めるオカマ狂人。その戯言に付き合う気がない純は、答える代わりに小太刀を構え地を這うように跳躍した。

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