世界一周クルーズによせて

ヒガシカド

世界一周クルーズによせて

 私は今、豪華客船『ハイアットグランデ号』の中にいる。


 ただの懸賞だった。

 年末、大掃除に物の買い足し。一万円は使っただろうか。三千円につき一回の福引で、私は三等を当てた。一等は世界一周クルーズだったのだが、三等は世界一周クルーズの船内見学会。無論クルーズに行きたいならば、自腹だ。

 なんだ、これは。しかし、当てたのに行かないというのも勿体ない。普通だと見学には施設利用代として二千円程度かかるらしいが、無料になるらしい。場所も家から遠くはない。


 来るんじゃなかった。

 見学会来場者の顔合わせが終わった後の、私の感想だ。

 何故か?想像できるはずだ。世界一周クルーズへの参加には何が必要か。

 そう、お金である。

 来場者を列記しておこう。まずは、老夫婦が二組。いかにも余生を楽しんでいそうな印象だ。そして、四十代の社長。自分で言っていたのであって、勝手な印象ではない。これまた金持ちで、人生の成功者。あとはグローバル系のボランティア活動をしているという学生二名。同じ学生同士仲良くできるのではと一瞬思ったが、二人はアルバイトもせずボランティアに打ち込んでいるという。親が金持ちでなければできる事ではない。最後に、風変わりな身なりをした男性。作家だそうだ。確かに世界一周はネタになる。

 仲良くなれそうな人は、一人もいない。


 優しげなお姉さんが次々と施設を案内してくれる。長い航海に備えて、レクリエーション施設も充実している。部屋も一流ホテル並みだ。

 一時間程度のツアーが終了すると、自由行動となった。今度は案内無しで、自分の好きな場所を回ることができる。私は一人きりになろうと、すぐに南展望デッキへ向かった。


 船の停泊する港をぼんやりと見ながら、私はデッキのベンチで物思いに耽った。金が欲しいなあ。しかし、一人の時間は長くは続かなかった。作家が私のもとにやって来たのだ。しかも話しかけてきやがった。

「世界一周なんて夢のまた夢ですよねえ」

「そうですね」

 男は顔を歪めて笑った。よく見ると端正な顔立ちなのに、奇抜な身なりでそれを無駄にしている。眼鏡が似合っていない。何気に貧乏人扱いしてくるが、事実なので否定できないのが悔しい。

「僕はね、豪華客船を舞台にしたミステリーを書こうと思っているんです」

「へえ」

 彼は聞いてもいないのに勝手に詳細を話し始めた。

「まず、九名の男女が船の見学会に集まるんです。するとね、突然船が港から離れてしまうんです。九名はなす術なく、沖に置き去りにされてしまう。あ、今のダジャレでしたね」

 これから売り出す予定の小説のネタを人に喋って良いのだろうか。

「運転室に行っても、そこはもぬけの殻。九名は唖然とする。すると突然、スピーカーから謎の声。こう言うんだ。私の名はジャッジメント。今から貴様らを断罪する。死んで悔い改めよ。セリフは変えるかもしれないけど、今のところはこれ。そして人がどんどん死んでいく」

「犯人が気になりますね」

 私は会話を切り上げようとしたが、上手くいかなかった。

「最後まで聞くんだ。実は、犯人と乗客との間には深い因縁があってね。犯人の父母が彼らによって殺されたも同然だったのだ。二十年前のことだ。復讐さ」

「私もう行きますね」

 私は立ち去ろうとしたが、男は私の腕を掴んで引き留めた。

「やめて!」

「もう遅いよ」

 船は出航していた。

「乗客の中には学生もいて、彼らは二十年前の事件には関係ない。関係があるのは、彼らの親だ」

 いつだったか両親がこぼしていた。新婚旅行はクルーズだったと。

「間接的な罰にすることで、被害者たちに悟られないようにするんだ」

「私は悟りましたけど」

「君は加害者だからね」

 私は男を見つめた。平然としているが、心の奥底は復讐に燃えているのか。

「端的に言うと、僕は君に協力を依頼している。それが君の親に対する罰だ」

「嫌だと言ったら?」

「死ぬ」

 男はポケットからナイフを取り出した。

「逃げられると思うかい?」

「いいえ」

 私は右の拳を握り締め、一歩踏み出し男の顔に思い切りパンチを繰り出した。


 海に眼鏡が落ちた。

「ジャッジメントってなんだよ、ダサい。セリフは私が考えるわもう…」

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