(九) 二〇二四年 七月二十二日

 ニコシア郊外のショッピングモール屋上から、星が降り注ぐような光景を眺めている。

 何とか公開されたツムシュテークの新作『シルバー・ブラッド・ストライプス3:オール・アバウト・ザ・ナイト』を観た後、その足でここに登ってきた。営業時間外だが私はここの従業員だ。目をつぶっても入って来られる。

 東側の田園地帯は撃たれるに任せているようなものだが、西側の市街地はあちこちから黒煙が上がりサイレンを鳴らした緊急車両が何台も出ているのが分かる。この早朝だというのに各所で暴動が起き火の手が上がっている。

 朝日に照らされた、めちゃくちゃでどこか美しい滅亡の入り口だ。


 記憶の蓋は開いた。

 私は、忘れていただけなのだ。

 今は思い出す。

 この世界は滅びる。

 そんなことは、この私が、私こそが、一番よく知っていることだった。


 私は記憶を読み直した。

 照合した。

 間違いだ。

 そうだな、間違いがあった。

 また、どこかので。

 ギュッと眉間にしわが寄るのが分かった。

 どこを修正すべきか?



 私は再び天を仰いで眼を閉じる。

 まじでしんどい。カイレルが死なない。どんなに工夫しても死なない。何度やっても。何度も何度も何度も何度もどんなに考えても。

 死なない。



 そうしているうち、鉄階段を登る足音が聞こえる。

 開けっ放しの非常ドアを通り、いかにもだるそうに彼女が出て来て屋上を斜めに渡り、フェンスに腰掛けた私の方にやって来る。

 やがて一言。



「ド下手くそ」



 言いたいことは分かる。

 分かるがムカつく。


 私はフェンスを飛び降り、カイレルに一歩一歩近付いていく。

 また失敗だ。

 打ちのめされているはずなのに何故か、心の中は夜の底の炭酸水みたいに静かに沸き上がる。

 ぞくぞくする。どうしてだろう。

 何かを待っている。何をだろう。



 そしてこの後何が起こるか、私は遠い遠い昔から知っていたような気がする。








〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

弁天島カイレル良子の未来予知 鍋島小骨 @alphecca_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ