第4話 カラフェで酒盛り


 季節の変わり目に、衣替えを始めています。


 布団も、着るものも、冬から春、そして、夏へと模様替えを少しづつしていくんです。


 先だっては、食器も、と言っても、たいそうなものがあるわけではないのですが、取手の学校にいた時に、卒業記念品としていただいた、それなりの食器が冬から春の食卓を飾っていたのです。 

 それを夏を涼しげにしてくれるガラス食器に入れ替えるといったことなのです。


 食器棚の奥から、カラフェが出て来ました。


 冷酒を飲むときに使う、ポケットのついたガラス食器です。

 そのポケットに氷を入れて、酒を薄めずに冷やして飲めるあの食器のことです。


 それを手にして、テイッシュで磨きをかけます。

 しかし、それにしても、このポケット、絶妙な具合に、器に食い込んでいるなって、私の関心は、いつものことなのですが、横道に逸れていきます。


 そういえば、先だって読んだ新聞に、クラインの壺を紹介したものがあったと、そのポケットの中に、テイッシュを突っ込んで磨いているときに思い出したのです。


 クラインの壺は、私が手にしているカラフェとは異なって、ポケットではなく、口の先端がムニューって伸びて、それがガラスのツボの腹のなかに食い込んで外に抜けていく、そんな形なんです。

 だから、そこに氷を入れれば、それはガラス瓶の中突き抜けて外に出てしまうことになるのです。


 大吟醸の冷酒を飲もうにも、どうして飲んだらいいものか、考え込んでしまう形をしているのです。


 メビウスの帯というものも、連鎖的に、私の頭の中に浮かんできました。


 紙テープを伸ばして、その一端を百八十度ひねります。それを他の一端にセロテープで貼り付けます。

 これをメビウスの帯って言います。


 私の脳みそには、この方が理解しやすいようです。


 このメビウスの帯の特長は、一周してくると向きが逆転するというものですから、カセットのエンドレステープや、タイプライターのインクリボンに、実際に応用されています。


 だから、きっと、私にも、具体化した形で、理解が進んだものだと思っているのです。

 

 百八十度ひねるという点では、クラインのツボも同じようだなって、いや、手にしていたのは、大吟醸を入れ、夏の夕刻、そよ風の中で、蚊取り線香を焚いて、枝豆で一杯やるときの、大事な道具カラフェだったのですが、その磨く手も動くことなく、私は、あらぬ空想の中に入っていってしまったのです。


 もの、皆、形ありって、誰が言ったのか、それとも、自分で考えたのか、そんな言葉が脳裏に浮かんできました。


 物理的な形はもちろん、仕組みや仕掛けなども、形があって、機能しています。


 人間が作り上げた先進的なありようというのは、すべて、形が機能して、成立しているのです。

 それを壊そうとすると、波乱が起こります。


 戦争をして島を取り戻そうとか発言する若い議員も、議長席に居座りひんしゅくを買う老いた議員も、あるいは、国際規約を無視して独自の考えで、南シナ海の岩礁を埋め立て、基地を作る国家も、あるいは、これまでの体制をぶっ壊すようなことを繰り返す大国の大統領も、皆、その手の人たちです。


 形を壊そうと、それが正義であるかのように、振る舞いますから、タチが悪いのです。


 でも、その形、そもそも、それが正しいのか、そうではないのか、実はわからないというのも、困ったものです。


 なぜなら、形は、時に暴力を伴って作られたものであるからです。

 自然的な猛威、あるいは、人為的な暴力でもって、それらは形成されて来たことを、私たちは歴史の中に見ていきているのです。


 人間界の、愚かなる人々の愚行に付き合っている暇などはない、そうではなくて、私は、手にしているカラフェの器を見つめながら、宇宙の形を想ったのです。


 ビックバンで、大爆発を起こした宇宙は、だから、きっと、放射線状にすべてのものが散っていく、そして、それがいまだに続いているんだと。


 あるいは、その勢いも弱まり、今では、しずくのような形になって、ゆっくりと膨らみをもって広がっているんだと。


 そしてまた、カラフェのように、自然の成り行きに任せず、任意にその口を曲げて、あらぬところに出口を設けて、きっと、別の宇宙に行き着くのではないかって。


 昼過ぎのキッチンで、訳の分からぬことを想いながら、そして、そんなことを思う自分が嫌になり、私、立ち上がり、冷蔵庫の前に立ちました。


 正月に飲んだ酒が、まだ残っていること思い出したのです。


 それをカラフェに注ぎ、そのカラフェのポケットに氷ではなく、オレンジリキュールを注ぎ込んだのです。


 それを陽にかざして、綺麗だなって、せっかくだから、三時のおやつにいただくかと、カラフェに付属するガラスのお猪口に、酒を注いでいただいたのです。


 昼酒なんど、とんとしたことのない身ではありますが、五臓六腑に染み渡る日本酒のちょっとしたカビ臭さがこれまたなんとも言えませんでした。


 私の頭から、宇宙も、形の哲学も、見事にすっ飛んで、私は、午後のひととき、銀座の石川県のショップで買って来たしろえびのせんべいをつまみに、大いに盛り上がったのでした。

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