真・シンデレラ伝説(物語部員の諧謔とその伝説)

るきのるき

第1話 やはり奴らの知性化は失敗だったか

 早朝、灰色の髪と灰色の瞳を持ったエルは、灰色の服を着て屋根裏部屋から台所に降りて行き、ネズミを叱責した。

 大鍋の肉汁の上に、その日の煮込み当番だったふたりのネズミのうちのひとり、ビルを置いて、その汁にビルのしっぽが触れるか触れられないかぐらいの高さでぐるぐる回した。

 背が高くて痩せているビルは、首のところを処刑人のエルに押さえられたまま、両手を組み合わせて神に祈った。

「この肉汁には味つけが足りていない。お前を投げ込んでもう数刻も煮込めばいい味になるだろうな」と、エルは顔の右側の八重歯がビルにも見えるような感じで苦笑した。

「足りないのはまあ、ヒトとネズミの味覚の違い、限界だから仕方ないよ。だけど、わたしが言いたいのは、朝まで見といて、って指示したら、本当にずーっと見てたことだよ。こういうのは一度火を止めて、肉と野菜の味が馴染む時間が必要なんだ。火をつけっぱなしにして、という意味じゃないんだ。仕方ない、これは夕餉に出すことにして、義母上と義姉たちの朝食は、豆乳と穀類の粥で我慢してもらおう」

 やはり奴らの知性化は失敗だったか、と、エルは思った。適度にうまいものを消化のいい形で与え、大脳と神経系を発達させ、毎日の宿題として読み書きと計算の仕方を教えると、齧歯類は1年でヒトの成人と同じ知性を持つようになる。しかし、ヒトと比較した場合に欠けているのは、行動に対する客観的な評価軸がブレブレになるところだ。つまり、ヒトを含む第三者に対して誠実であるか諧謔的であるかが気まぐれすぎるのだ。まあ確かに、ネコと比べれば「やる気」に関しては認めてやらなくもない。それにしても、奴らが独自の文明を築き、ヒトと同程度に生存の理を知ることができるのだろうか。おそらく数十世代、わたしが生きている間には無理だろう。

 しかし、そんなネズミたちにも信仰する神があるのか。ネズミたちの偶像は、エルのようなヒトの姿ではなく、ネズミの姿をした神だった。

     *

「今日のわたしの代役は、お前とお前、それにお前な」と、エルはメスのネズミのうちから3匹を選び、灰に金がほんのすこしだけ混ぜられている魔法粉をかけたので、3匹は素人にはエルと見分けがつかない灰色の娘になった。

「お前は炊事、お前は掃除、お前は洗濯。義母さんたちにはくれぐれも、ばれないように気をつけて」

 3人の元ネズミは、手のひらを相手に向ける軍隊式敬礼をして忠誠を誓った。

 エルと義母、それにふたりの義姉が住んでいる屋敷は大きくて、屋根裏部屋の窓からは、かつて祖母や母たちが暮らしていた王都の城の尖塔が見えた。

 新緑の季節で、そうだ、庭の草刈りも命令しておくのだった、と、エルは思いながら裏庭でなすべきことをなしたあと、屋敷からほど遠くないところにある、賢龍たちが住む秘密の図書館へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真・シンデレラ伝説(物語部員の諧謔とその伝説) るきのるき @sandletter

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ