0-6話 イリスと要塞蜘蛛の魔女
イリスさんが、すぐに来るといっていたセンセイなる人物。
なんとそのセンセイは、巨大な、鈍色の、蜘蛛型移動要塞に乗ってやってきました。
「先生がこちらに到着するまで、しばらくお待ちを」
平然とおっしゃるイリスさん。対し、唖然とするしかない僕。「乗っている」といいましたが、遠めに見ても、その大きさは、豪華客船よりも大きい。そんなのが、蜘蛛のような八本足で、一歩一歩緩慢ながら歩いています。
「ええと、ええと……?」
「あれ、私と先生のおうちになります!とても燃費が悪いんですが、それ以上にセンセイのやる気がないので、センセイはたかだか散歩ぐらいの距離でも面倒だとそのまま来ます」
いえ、なんというか……聞きたいのはそういう内部事情じゃなくてですね……。こういうの、あり得る感じなんですか……ってことですイリスさん!
目を奪われていると、蜘蛛形要塞は極力木などを踏まないように、慎重に慎重に脚を動かしていることが分かりました。意外な安全設計。でも、驚いた鳥たちがバサバサと飛び立っています。歩むごとに地面が揺れるのですから、そりゃそうでしょう。
「あの……ああいうのって、結構普通だったりするんですか……?」
「まさか、センセイお手製ですから、世界に二つとありませんよ!」
ああ、よかった。あれが無数に闊歩する世界、怖い。
……でも、それはそれでかっこよかったり?
そして、蜘蛛は川をまたぐようにして僕らの目の前まで到達しました。目の前と言っても、巨大さゆえに実際の距離では結構離れていますが。見上げるような巨体は、大きな影を落としていました。
巨大な鋼鉄の塊が、僕らを見下ろすようにして停泊します。金属と金属がきしみあい、どこかからスチームが噴出するような音。さながら雄たけびのような、猛々しい駆動音を立てながら、蜘蛛はゆっくりとその節足を曲げ、胴体を地面へと慎重に降ろしていきました。
そしてそれを終えると、胴体の前面、蜘蛛で言えば顔にあたる部分が、シャッターのように開き、こちらへと向かって通路が伸ばされてきます。SF映画で、宇宙船から陸に出るときに伸ばされるような、あの。
僕は呆気に取られて、イリスさんはじっとその様子を見守りながら、通路は僕らの待つ草むらまで伸びきりました。蜘蛛の顔の方から、その通路を、誰かが歩み降り始めてきます。その足取りは、寝起きの様におぼつかなく。
あれが、「センセイ」。
降りてきたのは女性。背が高く、地面につきそうなくらいに長く赤い髪の女性です。ただ来ている服が中々に独特で、白地のロングコートであることは分かるのですが、コートには所狭しと幾何学的でカラフルな刺繍が施されており、一目で癖のあるセンスを感じさせます。それに加え、特に寒くもない気候ですが首元にはふかふかとした白いマフラーを巻かれていました。それによって口元が隠れています。彼女は寒そうに両腕をポケットに突っ込んでいました。
「イリスさん、あの方が先生なんですよね」
「はい!お待たせしました。アレが私のセンセイ、術式の師匠です」
そのセンセイは、つかつかと数十メートルはあろうかという空中歩道を降り立ち、やっと地面に降り立ちました。そんなセンセイに、いの一番イリスさんが声を掛けます。
「センセイ!なんで魔力を無駄遣いしちゃうんですか!」
「……うるさいなあ、私は体力を温存したいんだよ。で、キミが、件の気絶した練成士?」
こともなげに、恐れる様子もなく、とてもラフな感じで僕は話しかけられました。
近くまで来ると、その整った顔立ちが分かります。長いまつげ、高い鼻、透き通った肌。瞳はイリスさんと同じく綺麗な澄んだ赤色でした。
その、思わず、どきりと。
「はい!僕が……その練成士とかではないんですが、気絶してイリスさんに助けてもらったものです」
「練成士ではない?それだけの義体化をしておきながら?」
センセイは見定めるようにして、僕の顔、そして右半身の義体を眺めながら。
「とりあえず、名乗っておこうか。私はケレン。ケレン・ハルファ。練成士の間では「
「いえ、知りません。というか、僕あの、記憶喪失……でして。」
「記憶喪失……?なるほどねえ」
訝しげに目を細めた所にイリスさんが割って入って。
「そうなんですセンセイ!この方、自分の名前も覚えてないらしくて!というか、自分が練成士であることも忘れてるらしいです!なんか、アウローラとかいう変なことは覚えてるのに!」
「何度でもいうけど声がでかいよ私の
ケレンさんは改めて、落ち着き払った態度で、僕に問い直します。
この方が、イリスさんの魔法使いとしての師匠にあたる人なら、何か詳しいことも知っているかもしれない。複雑で、突飛な僕がここにいる経緯も。
もし、わかってもらえず、怪しまれたときは……そのときはそのとき。ことが起きてから考えましょう。
「はい、話させてもらいます。僕自身、理解できてないところが多いんですが、全部嘘でも、でたらめでもないことだけは先に言わせてください……!」
意を決して、僕は話し始めました。イリスさんとケレンさんお二人に対し、僕があの部屋で目覚めてから、あの夜を明かすまでの事。
◇ ◆ ◇
「ふ~~む、信じられないなあ……」
ダメそう……!!
洗いざらい、アウローラのことについて、山での出来事についても話しましたが、こう、お二人の表情を見る限りピンときた様子も、はっとした様子もなく、イリスさんに至ってはただただ「大丈夫ですかこの人……」みたいに眉をひそめていく始末……!
「やっぱりこの方怪しい人なんでしょうかセンセイ……『
いつの間にか僕から距離を取ってたイリスさんは、ひそひそ声でセンセイに聞いていました。悲しいかな聞こえてます。
「あの、やっぱり信じていただけないでしょうか……?」
「いや、信じられないとは言ったが、信じないということじゃない。なにせ、その名前がでかすぎるからね。君の言った『次元の魔女』って名前」
「……!!何か、ご存じなんですか!?」「えっ!知ってるんですかセンセイ!?」
何か、心当たりがあるらしい。反応が無かったのはただのポーカーフェイスだったよう。よく考えてみれば、口元隠れてますし!加えて、どうやらイリスさんも初耳のよう。
ポケットから両腕を出して、ケレンさんは腕を組みました。そのとき、彼女が革手袋をしていたことが分かります。そして、言葉は続けられます。
「ああ、まあ。でもま、私も都市伝説レベルでしか知らないからねえ。だとしても、その話が本当にでたらめじゃないなら、そんなでたらめな術式を使えるの存在は、恐らく一人だから」
でたらめな術式。術式=魔法という認識があっているのであれば、アウローラがおこなった術式は確かに、でたらめでした。この体含め。
「彼女の真名は誰も知らない。アウローラというのは時期が来れば捨てる、仮の名前かもね。そう、君の言った通り、彼女の呼び名は「次元の魔女」。時間とか空間とかを
「???」「???」
僕とイリスさんはそろってきょとんとしてしまいます。
知らない単語もあり僕にはよく分かりませんが、「時間とか空間とかをすっ飛ばして」。「だいななかいてい」。とにかく、仰々しい存在だということが分かります。
「なんというか、やっぱりあの子は、とんでもない存在なんですね?」
「ああ、とんでもないどころか、実在しているという情報だけで大ニュースだ。ふ~~む。とりあえず、
「ええ!?つれて上がるんですかセンセイ!?」「えっ……信じてもらえるんですか!?」
僕とイリスさんは同時に叫びました。
「ああ、イリスの言う通り、本当にセルバ山で行き倒れてたのを偶然見つけたのであれば、狂言にしては命かけすぎだからね。それに、もしもその話が本当ならとんでもない拾い物だ。そうじゃなかった場合は、ため息をついてほっぽりだそう。それでもいいかな?名無しのキミ?」
「……!!はい!もちろんです!ありがとうございます!僕……わからないことだらけで、何か少しでも教えていただけるなら、何でも……!!」
と、僕は感謝を述べると。イリスさんは遮るようにして、ケレンさんの服を掴んで説得するように。
「危ないですよセンセイ!!いくらおどおどした方とはいえ、こんな義体を持ってる人をうちに上げては!研究書とか盗まれるかもですよ!?」
「はは、安心しなさい
ケレンさんは不敵に目を細めて。
「とはいえ、話が早くて助かる。では案内しよう、御客人。私についてきてくれ」
そうして、僕は巨大なるケレンさんたちの城、『
半身転生と異世界術式開発 円 @enn_
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