中庭のペリーヌ姫。
折しもその晩は新月で、城の中庭には、インク壷を倒したような闇が広がっていました。
闇の中に犬薔薇の甘い香りが漂い、
「悪かったと、思っているわ……
金色の髪のお姫様が、震えながら言います。
「でも、お父様の命令だったのよ。私は逆らえなかったわ」
「もう、過ぎたことです」
赤毛の貴婦人が微笑みました。
「私は今、幸せですし、ベリーヌもそうでしょう?」
「ちっぽけな国の女王になることが、幸せだというのなら、それはそうかも知れない。でも……」
コトン、という音がして、小さな燭台が大理石の敷石に落ちました。
「あなたは龍の妃になった。人の技で作ったとは思えない美しいドレスを当たり前のように着て、見たこともない大きなダイヤモンドのネックレスを『些細な贈り物』と言い捨てるほど裕福になった」
真っ暗がりの中で
ベリーヌ姫と名乗った
ベリーヌ姫の細い指が、
「ねえ、
ねえ、
ねえ、
ねえ、
ベリーヌ姫は指にうんと力を入れました。
「ねえ、
闇の中でボキリといったのははなんの音であったのでしょうか。
ベリーヌ姫は紙のような顔の眼の周りを赤黒く充血させて、足下に倒れている人を見下ろしていましたが、急に思い出したように、
「髪よ。そう。髪を切らないと」
ベリーヌ姫は倒れている人の体を手探りにして、髪を束に掴むと、その根元に小さなはさみの刃を当てて、ざっくりと切り始めました。
「髪を……色が違うから……この髪をカツラにして……そうすれば……私は誰が見てもあの裕福な貴婦人だわ……。
たとえ夫が見たとしても、区別が付かない。
だってあの龍は、二度もお父様に欺かれるぐらいだもの。
私だってそれくらい……私だって……」
小さなはさみは不思議な程に簡単に倒れている人の頭を罪人のような主頭にしてしまいました。
ベリーヌ姫は赤い髪の束を、切り取った木蔦でも捨てるかのように床に放りました。
それから、
「私の髪を……
ブツブツと呟きながら、自分の髪にはさみを入れました。
本当に小さなはさみだというのに、ベリーヌ姫の髪の毛もあっという間に切り尽くされてしまいました。
ベリーヌ姫は切った自分の髪を物惜しそうに眺めた後、ピクリとも動かない
それから、まるで塵でも見るような目つきを、床の上の赤い髪に向けましたが、
「赤毛がなんだというの。龍王の妃になる幸福に比べたら、髪の毛の色なんて何の不幸でもない」
ご自分に言い聞かせるようにおっしゃると、ベリーヌ姫はそれを拾い上げたのです。
途端。
赤い髪がうねりました。
ベリーヌ姫が気がついたときには、無数の真っ赤な蛇のようなものが体中にまとわりついていました。
『助けて!』
叫ぼうとしましたが、できませんでした。
それが顔を覆い、胴を締め上げ、手足の自由を奪ってしまっていていたからです。
姫は口を利くことも、息をすることもできなくなりました。
敷石の上に横倒しになったベリーヌ姫は、それでも、しばらくは、のたうち、足掻き、もがいていましたが、やがて、赤い糸の巻かれた
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