ベリーヌ姫の帰還。

 月日は、あっという間に過ぎ去ります。


 長い間、人前に出なかったペリーヌ姫・・・・・が、急に姿を現されたのは、何百という求婚者の中から、一番まし・・な王子様を選び、婿に迎えるためでした。


 人々はペリーヌ姫・・・・・の容姿が、龍に攫われたベリーヌ姫によく似ていることに大変驚きましたが、そんなことは婚礼という目出度めでたいことの喜びに、あっという間もなくかき消されてしまいました。


 城の中も、城の外も、お祭り騒ぎとなりました。

 盛大華麗せいだいかれいな結婚式が賑々にぎにぎしく行われ、絢爛豪華けんらんごうかな披露宴を兼ねる舞踏会が開かれました。


 楽しくうれしい夜がすっかりと暮れ、騒がしくて退屈な踊りの輪に皆が飽きてきた頃、お城の大広間のドアが、静かに開きました。

 そこに、二人の人が立っていました。

 美しくたくましい黒ずくめの紳士と、気品ある面立ちの淑女です。

 二人がこの国の人でないことは、その頭を髪の毛一筋も逃さずに覆っているターバンで知れます。

 二人は手を携えて、ゆっくりと広間の中に入って行きます。

 この二人のお召し物の、何と壮麗そうれいなことでしょう!

 型はシンプルなのに、それでいて手の込んだ刺繍ししゅうやレースがふんだんに使われたドレスといい、指輪や耳飾り施された細かな細工といい、首飾りに繋がれた宝石の輝きといい、すべてが目もくらむ程に美麗びれいでした。


 人波はまるでそうすることが当前のように二つに割れ、この二人の貴人ために道を造りました。

 二人は四つ並んだ玉座の前でうやうやしく礼をしました。

 誰もが皆、この貴人は誰だろう? と首を傾げました。

 玉座の上の王様とお妃様も、その『姪』だというお姫様とその新婿にいむこ殿下も、彼らが何者であるのか解りません。

 楽隊はワルツを奏でるのを止め、人々の談笑もうわさ話も途切れ、広間はシンと静まりかえりました。


「ご成婚、おめでとうございます『ペリーヌ姫・・・・・』様」


 淑女がにっこりと笑って言いました。

 あたりは、一瞬ざわめきましたが、それはすぐに止みました。淑女が、二言目を発したからです。


「お久しぶりです『お父様・・・』」


 王様の顔色がすすけた紙のようになった時、広間の隅で、誰かがぽつりと言いました。


「ベリーヌ姫様だ」


「ああ、そうだ。龍にさらわれた、ベリーヌ様に違いない」


 たちまち、広間は喧噪けんそうに包まれました。

 王様とお后様とお姫様は、真っ青な唇を噛み、声も出せずに、その紳士と淑女を見つめました。

 間違いありません。

 この上品な淑女は、王様が「一番大切なベリーヌ姫」を奪われないように、そして実の娘を正当な王位継承者とするために、龍を騙して人身御供にした、本物のペリーヌ姫・・・・・その人です。

 広間は、誰が何を言っているのか解らないくらい、やかましく、騒がしくなっていました。

 そのうるささの中で、淑女は、


「『ペリーヌ姫・・・・・』様のご成婚を聞き及び、お祝いの品を持って参上しました。私と、私の夫の、心からのプレゼントです。どうか、お納め下さい」


 淑女の傍らにいた紳士が、箱飾り箱を一つ差し出しました。

 紳士が『ペリーヌ姫・・・・・』の鼻先で箱を開けますと、中には、豪華なネックレスが入っておりました。

 トップには鶏の卵ほどの大きさの青みがかったダイヤモンドが光っています。

 チェーンは白金プラチナを繋いだもので、しかもその鎖の輪の一つ一つに、黄色いダイヤがはめ込まれています。

 留め具にも、ピンク色のダイヤが輝いています。

 紳士が言います。


些細ささいな贈り物です。どうか、お受け取りを」


 ペリーヌ姫・・・・・になったベリーヌ姫は、ぶるぶると震えながら、それでも頬をバラ色に染め、目を輝かせて、まるで奪い取るように、紳士の手からその箱を受け取りました。


「べ……『ベリーヌ』よ」


 王様はからからに渇いた唇を必死に動かして尋ねました。


「お、お前は、龍にさらわれた。恐ろしい、悪龍に……」


 王様の目玉がチラリと動きました。

 『ベリーヌ姫』の傍らで、紳士が微笑んでいます。

 とても賢い王様は、それが、誰なのか、解って、しまいました。

 王様の心臓は心臓が止まってしまいそうにりましたが、その矢先に、急に動き出して、安心したと途端に又止まりそうになり、そのうちにまた破裂しそうなほどに早く打ち出し……その繰り返しなので、王様はも死の間際のような苦しげな呼吸をしておられます。

 そんな王様の、空中に張り付いたような顔を見ながら、『ベリーヌ姫』がにこやかに笑みました。


「はい、『お父様・・・』」


「龍が、私をきさきにしたいと申すので、『前過ぜんかを悔い改め、善龍となられるなら』との約束で、縁を結びました」


 妻の言葉に、美しくたくましい紳士が微笑を湛えて頷いて見せます。


「そ、そうか……」


 王様は額の脂汗を拭うと、ため息のような声で言いました。


「遠路、ご苦労であったな。今日は、懐かしきこの城に泊まられるが良かろう」


 言いながら、王様は頭の中で、ぐるぐると考えを巡らせたのでした。

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