龍とお姫様

神光寺かをり

王弟殿下、龍を倒す。


 ごろうじろ、龍殺しの王様のお城の中庭の「百人隊の菜園ポタジェ デ サンチュリ」を。

 馨る月桂樹ローレル、匂う龍蒿エストラゴン。そよぐ枝葉、誇り咲く花々。

 犬薔薇の実ローズヒップを摘む者はあらずや? 熟し落ちた実で大地が赤く染まっている。





 昔々……。

 高い山のふもとに、広大な森が広がっていました。

 森の名は、龍ガ森と言いました。

 人々は、この森の奥に大きな「悪い龍」がんでいて、村や町や国を襲い、家畜や人や兵隊を殺し、家や櫓やお城を壊して、金や銀や宝石をたくさん盗んでいって、


住処すみかの中に隠していいると噂しておりました。

 そこで、たくさんの兵隊や軍人や武人が、この大きな龍を倒そうと、龍ガ森に入って行きましたが、そこから出てきた者は一人もおりませんでした。

 

 ある日、ある時、一人の勇者がこの森に入りました。

 龍ガ森の近くにある小さな国の、王様の弟です。


 王弟殿下が、深く暗い森の中を、びくびくしながから進んで行くと、頭の上から声がしました。


「お前も私を倒しに来たのか?」


 これこそ、噂の「悪い龍」の声に間違いありません。


「そうだ、私はお前を倒しに来た」


 ぶるぶる震えながら、王弟殿下は答えました。

 と。

 鬱蒼うっそうと茂っていた森の樹が、一斉にざわざわと、まるきり足でも生えたように動きだしました。

 そうして、王弟殿下の目の前には、広い広い、気味の悪い空き地が広がったのです。

 風が、びゅうと吹きました。

 王弟殿下は、びっくりして目を閉じました。

 風はすぐに収まりましたので、王弟殿下はそっと薄目を開けてみました。

 するとどうでしょう。

 目の前に、お城の塔よりも大きな、一頭の真っ黒な龍が現れたのです。

 全身うろこに覆われ、前足にも後ろ足にも、死に神の鎌のような爪が生えてい、大きく裂けた口の中にはのこぎりの刃よりも鋭い牙がびっしりと並び、頭に


は二本の角が生えていました。

 王弟殿下は、恐ろしくなって、剣も抜けず、腰を抜かしてへたり込み、ただ、ガタガタと震えることしかできません。

 龍は、水晶玉のように光る二つの目で、へたり込んでいる王弟殿下をにらみ付けると、尋ねました。


「お前の一番大事なモノは何だ?」


「え?」


 王弟殿下は、一瞬、龍の言っている意味をはかりかねました。

 しかし、彼は頭のよい男でした。すぐに、


『そうか。今までたくさんの人間が龍を倒しに行ったきり戻ってこなかったのは、この質問に答えられなかったからだ』


 と、いうことに気が付いたのです。


『命が大事、と答えたら、龍はその者の命を奪うつもりなのだ。

 名誉が大事と答えたなら、名誉を……つまり、龍を倒した勇者であるという名声を……奪うために、やはり殺してしまうのだ。

 何も答えずに逃げ出そうとすると、臆病者とののしって、やはり殺すのだろう』


 どうすれば、この龍に殺されずに済むだろうか?

 王弟殿下は、大きく息を吸って、こう答えました。


「私が一番大切なのは、私の血を引く娘です」


 龍は、小さく首を傾げると、


「お前のような答えを出した者は、初めてだ」


 言うなり、背中の大きな翼を広げて、空高く舞い上がって行きました。

 その羽ばたきで、また、強い風が吹きました。

 王弟殿下が、もう一度目を閉じて、もう一度目を開けたときには、龍の姿どころか、不気味な空き地も消えていました。


 ただ、地面に、大きな虹色に光るうろこが、幾枚いくまいも落ちておりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る