第3話 ドキドキがビリビリの始まり。

 「あー、えっと……。天目石朱音あめいしあかねさんですよね? 先生に頼まれて、これを届けに来たんだけど……」


 先生から預かったプリントを身代わり家のように前へ突き出すと、体操服を来たその少女は、訝しげな目つきで俺を睨みつけながら、その視線を外すことなく、プリントを受け取りに来た。


 受け渡す際に見えた彼女の手は、ひどく濡れていて、握ったプリントの一部がびちょびちょになっていた。


 濡れているのは手だけではない。まるで服を来た状態でシャワーを浴びて、そのまま出てきたんじゃないかというほどに全身水浸しだった。

 目線を下へやると、彼女の足元にも滴り落ちた水が床にシミを作っているのが見えた。


「出ていって。要は済んだでしょ?」


 届け物を受け取るとすぐに彼女はそう言って、背を向けてドアへ向かう。


「お姉ちゃん! せっかく来てくれたのになんでそんな態度とるの!」


 姉とは正反対に社交的で愛想のいい妹が、姉に喝を入れる。

 が、別に俺も長居するつもりもないしとっとと帰らせてもらうとしよう。


「大丈夫だよ、俺もう帰るし。 お茶、ありがとうな」


 妹に一言お礼をいって、天目石あめいしの後を追うように、俺も出口へと向かう。


「ちょっと、付いて来ないでよ」


「仕方ないだろ、ドアは一つしかないんだから……って、うわっ!」


 天目石朱音あめいしあかねが、すぐ後ろで聞こえる足音に振り向き、そういった直後、俺は足を滑らせ床に転倒した。


 いってぇ~……こんなとこまで濡れてやがった。

 結構派手にころんだな……

 どっか骨とか折れてないよな……? ん?


 ころんだ際、反射的につぶった目を開けると、目と鼻の先に顔を真赤にし、額に血管を浮かべる天目石朱音あめいしあかねの顔があった。

 そして、ついた手にはなんとも柔らかい極上のDカップが収まっていた。


 よく漫画とかでこういう時、一揉みするのが通例でだが、実際その場面に直面してみるとそんな余裕はない。頭の中には「やっちまった」という後悔と罪悪感で一杯になるのだから。


 や、やっべぇ!! 早く謝って逃げないと!

 心臓をバクバクと躍動させながらそう思っていた時、またもや体中に電気が走る激痛がやってきた。


「ちょ、ちょっと!何すんのーー」


「イッテェ~~~!!! イタイイタイイタイ! し、死ぬー! うっーー」


 彼女の怒りの声をかき消すように俺はその場にのたうち回り、心配そうにする天目石あめいし妹があたふたするのを見ながら、やがて意識を失った。



 気がつくと俺は何もない真っ白な空間にいた。

 広いのか狭いのか、どこまで続いているのかもわからない、ただひたすら真っ白な空間にポツリと俺一人。


 どこだここ? 俺、死んだのか……?


青峰定春あおみねさだはる、お前の青春を禁止する」


 わけも分からずただ立ち尽くしていると、頭の中に聞き覚えのある声が流れてきた。

 今朝、目覚める前に聞いたあのしゃがれた声だ。


「ど、どういう事だってばよ……?」


 状況が飲めずつい、国民的忍者の口癖が伝染る。


「期日まで、ドキドキすることを禁止事項とし、これを破った際には制裁を与える。」


「あ、なるほど。あのビリビリはドキドキしたら発動してたのか~、ってふざけんなよマジで! 元に戻せよ! てか、買いそびれたゲームと俺の自転車どうしてくれんだよ! あと、ついでに宿題も……」


「開放されたくば、使命を果たせ。お前を含め、三人の迷える子羊を救うのだ。我らは使者を通してお前の活躍を見守っている」


 任務? 子羊? なんだよそれ。

 てか、俺の話全く聞いちゃいねぇ……


「約束の日は12月25日。それまでに完遂できなければ、この件に関する記憶は消滅する。せいぜい足掻くがよい」


「誰だか知らないけど、勝手ばっか言いやがって! 俺は絶対やらないからな!」


「グッドラ゛ッグ!」

 

 全てに濁点がついて聞こえる渋い声の応援だけ吐き捨てて、その声の主はどこかへ言ってしまったような気配を感じる。

 

「あ、おーい待てよ! コラ! ハゲ! おーい!」


 ったく、何が迷える子羊だよ。

 期日とか言ってたな。ただ記憶が消えるだけで、大したお咎めも無いみたいだし、それまでおとなしく待っててやる!

 女とほとんど接点のない俺がドキドキすることなんて、そうそう無いからマジでヌルゲーだわ。

 


「ーーいさん……学生さん……大丈夫ですか?」


 少女に肩をゆすられ、目が冷めると額に湿ったタオルを乗せられて寝ていた。


「学生さんって、お前も学生だろ……」


 ぷーっと頬を膨らませ、顔を赤くする少女。


「お前って言わないでください! 私には彩愛あやめって名前があるんですぅー!」


 そう言えば聞いてなかったけど天目石あめいし妹は彩愛あやめっていうのか。

 まぁ今後会うこともなさそうだけど……。 

 体を起こし、額のタオルをどかして自分の名を名乗った。


「俺は青峰あおみね青峰定春あおみねさだはる。だからお前も学生さんはやめろ」


「あー! またお前って言った! そんなんじゃ、いっっっしょう、彼女できないですよ?」


「別にいいよ、いらないし。てか、姉の方は大丈夫だったか? 不可抗力とは言え、悪いことしちゃったし……」


 彩愛あやめは取り繕うように笑顔で「それは多分大丈夫です」といいって、少しの沈黙をはさみ「でも……」と話し始めた。


「でも、お姉ちゃん、昨日から様子がおかしいんです……」


「おかしい? というと?」


「なんでか、わかんないけど、急に汗をかくようになって……」


 汗? そんなの誰でもかくもんだろ?

 何がおかしいんだ?


 と、首をかしげ要領を得ない俺を見て彼女は続けて説明した。


「それが、普通じゃないんです! さっきも見てましたよね? バケツで水をかぶったようなほどものすんごく沢山汗が出るみたいなんです……」


 あれ、全部汗だったのか!

 うわ、ばっちぃ~

 てかあんな量の汗出たら、水分不足でぶっ倒れるだろ、普通。

 

「それってずっとその状態が続いてるのか?」


「いえ、一度汗がでると収まるんですけど、しばらくすると突然また出始めるんです。それで今日は学校お休みしてて……」


 ん? 昨日からって言ってたよな……

 そして、突発的に体に以上が出ると……

 もしかして、これが、あの声の主が言ってた「迷える子羊」って奴なのか?

 本人にも話を聞いてみたいけど、さっきのハプニングがあったし気まずいから今日はやめとくか。

 

 いやいや、俺は放置プレイするって決めたんだ。変な事に首を突っ込んで痛い目にあったらシャレにならん。

 そろそろ帰るとするか……


「まぁ、よくわからんが、明日はちゃんと学校来るように言っといてくれよ」


 「よっこらせ」と立ち上がり帰る支度を始めた俺に、

 

「あ、あの……。お姉ちゃん、ホントは優しいのに、人前では冷たい態度をとって……友達がいないみたいなんです。よかったら、お姉ちゃんの友達になって上げてください!」


 と、必死に頼み込む彩愛あやめ

 よっぽど姉のことが好きなんだろうな……

 俺にも妹はいるけど、俺の扱いなんて……トホホ。


「それは無理だわ、俺も友達いないし」


「そ、そうですか……」


 彼女は餌を取り上げられた犬のように、あからさまに肩を落とす。


「でもまぁ、学校であったら挨拶くらいはしてやるよ。さっきの事も一応謝っとかないとだしな」


「ホントですか! 是非、お願いします!」


 彩愛あやめが俺の手を両手で握り、今日一番の素敵なハッピーウレピースマイルを浮かべ、不意にもドキッとしてしまった。


「いてっ」


「あーごめんなさい! 痛かったですか?」


「いや、大丈夫大丈夫。ま、俺もこうして彩愛あやめに迷惑かけちゃったし、ちょっとくらいはお礼しとかないと、なんか気持ち悪いからな」


「い、いきなり呼び捨てだなんて……まぁいいですけど」


 少しうつむき小さな声でなにか言っているようだが……


「どうかしたか? 聞こえないんだけど」


「な、なんでもないです!」


 勢いよく顔を上げた彼女の顔は、少し赤くなっているように見えた。


「そんじゃ、帰るわ。お邪魔しました~」


 天目石あめいし家をあとにしてしばらく歩いたところで、そう言えば俺女の子の家上がるの初めてじゃね? なんて考えながらウチへ帰った。

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【悲報】今日から俺の青春が禁止されました。 とむを @tomtom106

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