第2話 〇〇はビリビリの始まり。

「あの……本当に大丈夫ですか?」


 少女は二歩程下がって怪訝そうに俺の様子を伺った。


「た、多分、大丈夫……」


 ぼそっと返事を返し、頭の中に考えを巡らせた。

 

 この痛みはきっと今日起きる前に聞こえたあの声の主が関係しているはず。

 なんか「青春を禁止する」だとか言ってたよな?


 女の子と会話することが禁止なのか……?

 いや、でもそれなら今も全身ビリビリきているはずだ。


 もしかすると、何かトリガーになる事柄があるのかもしれないな。

 早いところその事柄に気づかないと俺の体が持たない……


 一人明後日の方を見て顔をしかめる俺とはよそに、ピカーンと頭の電球が光ったかのように少女が手を叩いた。


「あ、そうだ。自己紹介まだでしたよね? 私、滝野川静空たきのがわしずくって言います。二年生です!」


「あ~、俺は青峰定春あおみねさだはる。二年ってことは俺と同じ学年みたいだな」


「そうなんですか? すごいです! おんなじクラスだったらいいですねぇ~」


「まぁな」と聞き流しつつ、俺は壊れた自転車を引きずって滝野川たきのがわと学校へ向かった。





「はぁ……。お前ら始業初日から遅刻とはいい度胸だな。あん?」


 学校につくや否や、下駄箱で一番会いたくなかった生徒指導の教師に見つかり、今現在職員室にて説教を食らっている。


「伊藤先生、これには深いわけが……」


 言い訳を取り繕おうとするが、洗濯板として使えそうなくらい眉間にシワを寄せる先生を見て、水をかけられたアンパンマンの様に萎縮してしまった。


 怖すぎるこの人……


滝野川たきのがわ、お前はもういいからあっちで用を済ませろ」


 転校の手続きか何かが残っているのか、先生は教員机三つほど挟んだ先の教頭へ指を向け、あわあわと去っていく滝野川たきのがわを横目で確認すると、


「宿題もやって来てないみたいだし、お前にはバツをやらんとな」


 そう言って、白衣の上からでもわかる大きな胸の膨らみの下で腕を組んだ。

 強調された胸部に目が行くのを必死に堪えながら聞き返す。


「バツ……ですか?」

 

 ゴクリと生唾を飲む。

 この教師、誰に対しても鬼のように厳しいがそのワガママボディと、キリッとした目がM心をくすぐるらしく、一部の生徒から多大な支持を得ているとの噂。

 

 とはいえ、鬼であることには変わりはないので、バツとやらが非常に不安でしかない。

 拷問の石抱いしだきでもさせられるんじゃないか?

 

「今日、学校が終わったらこのプリントを天目石あめいしの家に届けてくれ」


「え、それだけ?」


 拍子抜けなバツに思わず敬語が疎かになり、それをこの鬼教師が見逃すはずもなく再び眉を歪める。空間まで捻じまがりそうな程に。


 俺はすかさず、くるみ割り人形の兵隊ごとく、これでもかというほどきれいな気をつけをして、遅れながら「ですか?」を付け足した。


 先生は「はぁ……」とため息を漏らしてから、火も付けないでタバコを口に咥え、俺にそれを頼む理由を淡々と語り始めた。


「あー、天目石あめいしなんだが、あんまり友達がいないみたいでな。みんな怖がって引き受けてくれそうにないんだ」


「はぁ、友達がいない、ねぇ……。僕もそんなにいないですけど……」


 俺は一人も心当たりのない友だちを、指折り数える仕草をした。

 今思い返してみると俺ってまじで友達いないな……


 伊藤先生は、咥えたタバコをもとの箱に詰め直すと「すぅー」っとありもしない煙を吐き出した。


「だからこそ、通じるものがあるんじゃないか? お前、ついでに友達になってやれよ」


「先生、タバコ吸わないんですか?」と話を逸らす。


「タバコは辞めたんだよ。それに職員室では喫煙禁止だ」


 伊藤先生はおもむろに立ち上がり、「じゃあ行くから」とプリントを俺の胸元に押し付けて教室を後にした。


 面倒なことを頼まれたなぁ……

 天目石あめいしといえば何でも完璧超人の天目石朱音あめいしあかねのことだよな?

 容姿端麗、成績優秀、極めつけに一年の頃、陸上部で校内新記録を叩き出すという文武両道ぶり。

 

 住む世界が違うわ。

 それに今はそれどころじゃない。

 俺の体に起きてる異変についていろいろ探らないと行けないのに……


 そんな不満を胸に学校での一日を終えた。




「ここで合ってるよな?」


 プリントにクリップで付けられた、メモの地図を頼りに到着したのは、お化け屋敷と見紛うほどのオンボロハウスだった。

 備え付けのインターホンを人差し指で押すと、へこんだボタンが戻らなくなった。


「やべ、壊しちゃった!?」


 必死に爪でカリカリとボタンを引き出そうとしていると玄関から声が聞こえた。


「はーい! 今行きます!」


 玄関の薄い扉の奥からドタドタと元気な足音とともにやってきたのは、中学生くらいの女の子であった。


「どちら様ですか?」


 近所のおばちゃんか、配達業者が来たとでも思っていたのか、見慣れない俺の顔を確認すると首をかしげた。

 純真無垢なつぶらな瞳をダイレクトに向けられ、なんだか悪い気がしてつい目を泳がして答える。


「えっと、ここって天目石朱音あめいしあかねさんの家で間違いないでしょうか?」


「あ! もしかして、お姉ちゃんの友達ですか!?」


「いや、別に友達じゃ……」


 何が嬉しいのか少女は、俺の一生分の輝きを集めたとしても釣り合わない、キラッキラの笑顔で「上がってください!」と俺の腕を掴み中へ引き込んだ。


「おねーちゃーん、友達来たよー!」


 友達じゃないつってんだろ……


「こちらです」と案内されると、未だにブラウン管テレビが設置されたり、部屋の真ん中には絶滅したと思っていたちゃぶ台がおいてあったり、いかにも昭和の匂いがする部屋に連れられた。


 なされるがままにお茶を出され、ちゃぶ台の傍らに敷かれた座布団に腰をかけさせられた。


「すぐ呼んできますから」


 と、お盆を抱きしめ不格好なウインクをキメて、ドタドタと去っていった。


 当の本人とは直接会ったことすらなくて、顔もよく知らないんだが、勢いでここまで来てしまった……

 警察に通報されない事を祈ろう。

 「はぁ」とため息をついた拍子にふわりと蚊取り線香の匂いがした。

 懐かしい……。なんか落ち着くんだよなぁこの匂い。


 お茶をすすり、「まぁ何とかなるか」と心を落ち着かせた時、


「おまたせしました~。お姉ちゃんです!」


 天目石あめいしの妹であろう少女の声に振り向くと、やけに濡れている体操服を着た天目石朱音あめいしあかね本人が隣にいた。

 いざ、ご対面。


「アナタだれ?」


「で、ですよねぇ~」


 状況を把握しきれてない天目石あめいし妹は頭にハテナを浮かべ、目で俺と朱音あかねを何度も往復していた。

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