第2話 幽霊の声-ghost echo -
○橙
3年前。
「昔から、なんとなくだけど、わかるんです。」
「なにが?」
「なんとなく、なんとなーく、なんというか。」
俺は困っていた。この症状をこのカウンセラーに話すのは非常に難しい。
しかし、中学生になりこの症状はひどさを増すばかりだ。どうにかしたい。
そう思いきって、この幸禮町の街にある有名なカウンセラーがいるメンタルクリニックへやって来た。
経緯を話そう。
俺の名前は加賀野 橙。"とう"とは読まず、"だいだい"と読む。
俺は小学生の頃、人混みが嫌いだった。
性格的にではなく、生理的に嫌いだった。
人だかりを見れば、訳のわからない何かが目の中へ入り脳へ訴えかけてくる。もちろん、何を訴えかけているかは全くといっていいほどわからない。
よって、吐き気や目眩に苦しみ、ひどいときは気を失うほどだった。
何故、そういう体質なったのかはわからない。思い当たる節があるとすれば、小学校に入りたての頃、車の事故に合いそうなときがあった。その時、年上のお兄さんに助けられたことがある。当時、そのお兄さんは制服を着ていたから高校生だろうと覚えがある。
その事故から、この気持ち悪い症状が現れた。
両親も、不安になり事故のあと病院へ俺を連れていくも、脳はおろか身体にはどこも異常がなく。虫歯が見つかって怒られた程度だった。
しかし、6年経っても症状は続いた。しかも成長につれ、訳のわからない何かは鮮明とまではいかないが、何かの言語を確かに俺へ訴えかけていた。
そして、ある日わかったことがある。
街中、歩いてるカップルが喧嘩をしていたところに遭遇したとき、2人の間に出来た距離が1m25㎝ということがはっきりとわかったのだ。
そのことを両親に話すと、両親は更に困った顔をした。病院に行っても治らない。挙げ句の果てには適当なことを言ってきたからだ。(もちろん適当な発言をしたつもりはない。)
そこで、メンタルを疑った。そうして中学になった俺、橙少年は、そのクリニックで1番有名なカウンセラーと対峙することになる。
そうして冒頭へ戻るのだ。
「なんとなく、えーっと、声というか文字というか目に飛び込んでくるんです。」
「ふむ。」
「笑わないんですか?」
「笑い話には聞こえないからね。」
この現象を友達に説明しても、笑われるわ、からかわれるわで虚しくなる。それか、気味悪がられるかのリアクションが返ってくるため、この不思議な現象についてのコミュニケーションを諦めていた。
切り替えが早い方だと自分でも思う。元々陽気な性格で、友達も多いし。行動的なのが自慢でもあった。
「仮に、その『声』を」
「はい。」
「耳を塞いでも、目に飛び込んでくる?」
「はい。飛び込んできます。」
「そして、喧嘩してるアベック・・・・・・言い方が古いねカップルの距離がわかったと。」
「実際には測ってないから正確じゃねーと思うけど。」
ふむ。とカウンセラーは一考した。
「それは意識して、つまりコントロールできるの?」
「え?どういうこと?・・・・・・です?」
「ぱっと見た感じ、そうだね。私と君との距離はわかるかい?」
「えっと・・・・・・・」
俺は、カウンセラーとの距離を見た。
「52㎝」
迷いはなかった。あまりの迷いのなさに、両親は驚いた。
「橙!先生に適当なことを言うもんじゃないぞ。」
「いや、言ってねーし!」
親父は、少し強めに注意をしてくる。カウンセラーは机の引き出しを開け、メジャーを取り出した。
「確かに。」
「え?」
両親は声を合わせていた。
「確かに52㎝だ。」
カウンセラーも少し驚きの顔をしている。
ほらな。
「えっと・・・・・・」
「橙、お前、適当なことを言ってるんじゃなかったのか?」
俺は力強く頷いた。
母ちゃんは良くわからない感じで首を傾げる。
「なるほど。距離がわかると。」
「わかるというか、見える感じです。」
「距離だけかな?」
「・・・・・・いいえ。」
身長、体重、速さ、時間、測定できるものは全て、その気になれば、見えた。
測れるのではない。見えるのだ。
両親は唖然とした。
「驚いたね。」
「見ないようにすれば見えないようにはなりました。けど・・・・・・」
「人混みのような、情報量が多すぎる空間へ行くと、能力のコントロールが制御できなくなり脳の処理が追い付かなくなり吐き気や目眩が生じる・・・・・・か。」
そのときはカウンセラーの言葉が難しくて理解できなかった。
君は、橙君はこの世の質量や現象の情報の声が見える能力を持っている。
カウンセラーはそう説明した。吐き気や目眩の原因も。
「だけど、橙君はコントロールできるようになっている。おそらく小学校の頃は知識がなかったから、なんとなくでしか見れなかったんだ。」
「知識?」
「その情報の単位だったり、意味だったりさ。勉強しているうちに距離や時間や速さのことを理解した。だから、目に飛び込んでくる情報が処理できるようになった。」
「じゃあ、いずれ吐き気しなくなるんですか?」
「橙君がこの症状・・・・・・いや、この能力をコントロールできるようになればね。」
母ちゃんが心配そうに先生に質問する。
「コントロールって。これは病気じゃ?」
「お母さん。これは病気じゃないです。これは橙君の才覚・・・・・・特殊能力みたいなものです。」
カウンセラーはまた黙考した。
「目に見えない声が見える・・・・・・『
「『ゴーストエコー』・・・・・・」
その時、俺は花の中学生、中学生だったが故にカウンセラーのネーミングセンスをカッコいいと覚えている。
両親の方は理解が難しいようだったが、親父は
「ようは、人間測定器だ。」
と、カッコ悪い認識で理解していた。
絶対、『ゴーストエコー』って呼ぶようにしようこの能力。
「いいかい。橙君。」
「はい。」
「君の『ゴーストエコー』は、他言してはダメだよ。これは超能力のようなものだ。君が思ってなくても、悪いことを考える人もいる。巻き込もうとする人もいる。」
続けたカウンセラーの言葉は、俺にとってかなり印象が深い言葉だった。
「この能力をどう使うかはきみ次第、使い方によっては犯罪も簡単にできるだろう。」
「そんな悪ィことなんて。」
「でも、賢く使えば賢者にもなれる。覚えておいてほしい。君はどっちになりたい?」
その日から、ゴーストエコーの訓練を怠らなかった。
訓練は勉強からだった。色々な単位や数字の知識を身に付けるよう、様々な種類の本を読んだ。勉強していくうちに、1番の情報量を持つモノがわかった。
それは人間だ。
人には様々な情報量を秘めている。臓器という機関から、体液という流動。だから、人だかりが苦手な理由が明確にわかった。人間、ひいては生物の情報量は俺の脳では処理しきれないと判断した。
目は特殊でも、それを処理する脳は普通なのだ。
では、どうするか?簡単だ。俺は物事をシンプルに捉えることにした。つまり、判断力が長けるよう努力した。
処理しきれない量は諦めて、処理しきれるよう『ゴーストエコー』を聞き分ければいい。
要は情報の取捨選択を行えれば、この能力を上手く扱えるのだ。
だが、それが簡単に行えれば苦労はしない。3年間、『ゴーストエコー』のコントロールを自在にできるように取り組んでいたが、ある程度のコントロールに成功したものの、まだ、集団の情報量は自然と受け取ってしまう。
特に、さっきのグラウンド、50m走みたいな皆が驚くような出来事は情報量が爆発する。
熱、声量、走り出しの初速と加速、舞う砂ぼこりの流動、足踏み微かな揺れ、驚きと興奮からの心拍数の増加、汗の量、瞬きの数、笑い声の強弱、挙げ出したらキリがない。
感情の起伏から生まれる情報量は無限に思えた。
そうして、気分不良となり自ら保健室へと足を運ぶ。
「くそ、まだまだだぜ。俺も。」
修行不足だな。と、保健室のドアを力なくスライドした。人気は無く、保健室の無駄にセクシーな女教師もいなかった。
3つある内の1番手前のベッドに身を投げた。少し目をつぶれば情報量は低減し、気分が良くなる。気分が悪いときは、情報の取捨選択が上手くできないから負の連鎖が起きて嫌になる。
1つ呼吸を整えて、目をうすら開けた。
天井は白。それだけ。そのトーンやら輝度は見えない。大丈夫コントロールできてる。もう一回、まぶたを閉じる。俺は冷静だ。うん。
うん?
再び目をうすら開けると気づいた。それは『ゴーストエコー』を使わなくても、分かりやすいレベルで違和感に気づく。
保健室が暗いのだ。夜みたいに。
いや、それよりも深い闇。夜の静かな暗さとは違う、光の無い冷たい暗澹とした空間だった。
え?
今、は真っ昼間なのに?さっきまで融けるような暑さの中で体育をしていたのにこの暗さは何なんだ?
そうっと、ゆっくり体を起こす。
ベッドから降りて窓を見やると、背中から汗が吹き出た。
夜だ。不気味に不思議に夜になってる。
・・・・・・寝すぎた?
俺は相変わらず陽気だった。
厄災オレンジワイズ 雨男 @meshiro
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