第3話 あづまびとの夢


 東京であれば、東京駅と新宿、池袋、渋谷といったターミナル駅が山の手線で結ばれて、利用者には便利この上ないことなのですが、ロンドンではそうはいきません。


 ケンブリッジ駅までは、リバプール・ストリート駅を利用して、一時間程度で着きます。

 オックスフォード駅までは、私は、パディントン駅を利用することが多く、そのほかの行き方もありますが、面倒ですから、この方法でばかり行っていました。これも一時間程度かかりました。


 つまり、時間的、距離的には、東京は秋葉原からつくば駅までという感覚なんです。


 車窓から見える光景も、都会の街の姿から始まって、次第に田園に移ろっていく、そんな様も、よく似ていると思っているのです。


 ただ、オックスフォード駅に近ずくにつれて、見えてくる一つの物体があります。

 原子力発電所の二本のあの太い煙突です。

 こんな近くに原子力発電所があるんだと、そんなことを思っていると、オックスフォードの駅に着くのです。


 さて、困るのは、ケンブリッジからオックスフォードまで行かねばならない時、ロンドンに出て、わずかな距離ですが、駅間を移動しなくてはならないことでした。

 リバプール・ストリート駅とパディントン駅の接続は、日本のように効率よくつながっているということはないのです。


 まぁ、私の場合は、不便を嘆くのではなく、ロンドンをゆっくりと移動することの方が楽しいという思いの方が強かったのですから、困るという表現は当てはまりませんでした。


 ですから、ロンドンで暮らす人が日本旅行で東京に来たら、ターミナル駅が山の手線で結ばれているのだから、きっと便利だと思うに違いないと思っているのです。

 

 ターミナル駅のひとつ、メリルボーン駅を小一時間、ぶらぶらしたことがあります。


 電車に乗って、ロンドン郊外の地に出かけるためではないのです。

 キングスクロス駅の駅前から出ているバスに乗って、その二階の一番前の席に陣取って、観光地ではないロンドンを見ながら、メリルボーン駅に行きました。


 病院があり、外国人街なのでしょうか、ターバンを巻いた方が多い街並みを過ぎて、しばらく、最高の席でロンドン非観光地見物と洒落込んだのです。


 で、何故、メリルボーン駅か、それに、小一時間もぶらぶらしたのかと言いますと、それには当然理由があります。


 ここで、あの『ハードデイズナイト』が撮影されたからです。

 当時の面影はもちろんどこにもありません。

 でも、私の頭の中では、きっと、ここがそうで、あそこがああでと思いが巡ったのは確かなことであったのです。


 ロンドンばかりではなく、イギリスの鉄道の風情は、懐かしさを伴って、そこにいるだけで楽しくなりますから、鉄道好きにとってはこの上ない喜びではあります。

 バンバリーという駅が、オックスフォードの近くにあります。

 私、そこからポーツマスまで、電車を使って、日帰り旅行をしたことがあります。

 行きは、日本さながらに時刻表通りに走ってくれましたが、帰りは架線修理とかで随分と遅延になり、バンバリーの寮に戻ったのは夜遅くになってしまいました。

 そんな経験も、今となっては良き思い出としてあるのです。


 この十五日、AZUMAなる新型車両がロンドンとスコットランドを結ぶ路線で営業を始めたと報道があちこちでされました。

 このAZUMA、日本の日立製作所が作った車両です。

 さぞかし、日本風の鼻の長い新幹線みたいな車両かと思いきや、そんなことはなく、イギリス風の細身の車両で安心をしました。


 日本は、イギリスから多くを学び、今に至っています。

 人は右、車は左なんて、日本がアメリカからの大きな影響を受ける国となっても、それはイギリス流であることが、その立派な証左となっていると思っているのです。


 それに、駅舎のありようなど、まるで、ひと昔前の日本の駅舎であるかのように、今でもあるのです。

 ホームにあるベンチも、ホームとホームをつなぐ階段も、何から何まで日本の、かつてあった駅舎の風情なのです。

 

 それは、日本が鉄道の技術を何から何までイギリスから受け継いだ、これも証だと思っているのです。


 そのイギリスに、日本の技術を満載した車両が導入されるのですから感動ものです。

 でも、何故、AZUMAなんだろうって、そう思ったのです。

 せっかく日本語を使ってくれるなら、Nipponとか、London-SHINKANSENとか、あるいは、FUJIとかあろうにと、そんなことを思ったのです。

 どうやら、これは「東」を意味する日本の古語「あづま」が元になっているらしいということがわかりました。

 イギリスから見れば、日本は極東の国、それがゆえに、「あづま」であったのです。

 そんなことを聞きますと、あづまびとの一人である私にとってはなんとも嬉しい限りではあります。

 さて、再び、イギリスに行って、鉄道で今度はスコットランドあたりまで行こうかと、そんな夢のようなことを、思っているのです。

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 万葉の里 中川 弘 @nkgwhiro

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