大切なもの

黒羽カラス

第1話 オルゴールの音色

 心を締め付けられるような感覚で目を覚ました。

 横になっていた身体をゆっくりと起こす。汗ばんだ肌に貼り付いていた新聞紙や端切れがポロポロと剥がれ落ちた。

 ぼんやりした頭にオルゴールの音が流れる。夢を見たのだろうか。懐かしいと思っても曲名は思い出せなかった。

 わたしは四つん這いで外に出た。見渡す限りの残骸が広がっていた。黄色い太陽に炙られて遠くの方は揺らめいている。

 背後で物音がした。振り返ると我が家が潰れていた。屋根に使った雑誌が重かったらしい。

 朝を迎えられた人々の姿が目に留まる。誰もがボロを身に纏い、項垂れるような姿で歩いていた。

 その中にわたしも加わった。黒ずんだ素足で金属片が混ざった砂利を踏む。生活用品の残骸を見つけると両手で掻き分けて食料を探した。無ければ他を当たる。

 意識がふやけてきた。歩いていることを忘れそうになる。限界が近いのかもしれない。

 怒鳴るような声が聞こえてきた。目をやると二人の女性がのろのろとした動きで殴り合っていた。

 わたしは急いで向かう。ガラス片を踏んだが気にしない。両手を前に構えて小走りとなった。

 二人の女性を横手から突き飛ばす。共に無様な姿で転んだ。喧嘩の原因となった缶詰を引っ掴み、全力で逃げた。

 泣き叫ぶような声が小さくなる。わたしは逃げ切った。缶詰一個分の命を手に入れた。

 辺りが暗くなる。朽ちたビルの壁際で横になった。満天の星空を眺めながら眠りについた。

 同じ日々を繰り返す。今日も食料を探して彷徨った。

 崩れ落ちたように地べたに座る女性がいた。わたしと目を合わせても泣き叫ぶことはなかった。

 突然の金属音に目をやる。複数の人間が入り乱れて戦っていた。一人の男性は鉄パイプを振り回している。

 座っていた女性が立ち上がった。片足を引き摺りながら向かう。競うようにわたしも並んだ。

 記憶の一部が抜け落ちた。いつの間にか、俯せに倒れていた。痛む側頭部に手を当てると、ぬるりとした感触が伝わってきた。

 起き上がろうとした。うまく身体に力が入らない。ごろりと仰向けになった。

 オレンジ色の空を眺めていた。ふと左の掌に触れる固い物に意識が傾く。缶詰にしては小さい。腹の上に載せて両手で探る。見つけた細い突起を摘まんで回すように動かすと音が鳴った。

 オルゴールの音色に母親の笑顔が思い浮かぶ。小さい頃の誕生日プレゼントで、曲名は忘れた。

「お、かあ、さん……」

 薄れゆく意識の中、オルゴールを回し続けた。

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