第3話


 心臓がばくばくして五月蝿いし何か言おうとした口はぱくぱくと間抜けな鯉のように開閉するだけ。

 そんな僕を、彼はただじっと見つめて返事を待っているようだった。彼は喫茶店の誘いではない事を見抜いて聞いてきている。憧れ続けたその目は今、まっすぐに僕を見ていた。意を決して口から言葉を吐き出す。

 「あの、本気、です。でもその僕は女の子と付き合ったこともなくて、だからその付き合うっていうのもよく分かってないというか。」

 しっかり伝えるつもりだったのに吐き出しきった言葉は想像以上になよなよした情けないものだった。

 「ふーん、なに?ゲイなの?男が好きってやつ??」

 いきなり出てきたとんでもない単語に思い切り首を振って否定する。

 「ち、ちがくて、可愛いと思う女の子も今までにいたし淡い初恋だってしたし……ってそんなのはどうでもよくて、ただ君が矢を射る所がその、すごく綺麗で毎日見てたらとても惹かれてしまったというかそのなんというか。」

 慌てて否定したら言わなくていいことまで言ってしまいもう顔は真っ赤になるし言葉もしどろもどろになるしで情けなさに拍車がかかって泣きたくなる。

 そんな僕を新しい玩具を見るような珍しい生き物を見つけたような顔で見ていた彼は唐突に吹き出した。

 「ぷっ……、いうかいうか言い過ぎ。そんでもって

毎日って中々のストーカーっぷりだね?同学年だよね? 部活始まってからだとすると約2ヶ月も見られてたわけだ。もういいよ、なんとなく分かった。」

 彼は笑いながらひらひらと目の前で手を振るとその手を僕の前に差し出した。にやっとした勝ち気な笑みを浮かべて楽しそうに言う。

 「いいよ、その話に乗ってあげる。ま、俺も付き合うとかよく分かんないけど。友達もいないし。」

 嬉しい返事が聞けたことに胸が高鳴りすぎたのか、それとも思考回路はとっくにショートしてしまっていたのか。

 返事より先にちらっと聞こえたそちらに突っ込んでしまう。

 「まさかとは思ってたけど、やっぱり友達いないんだね……。」

 「あれ、やっぱりそう思ってたんだ?その通り。友達とやれカラオケだのあの女子可愛いだの先生がうざいだの、どうでもいいし何より面倒くさいからね。」

 「はぁ……。そういうものなのかな……?」

 自分も友達がいないぼっちだけれど、友人たちとわいわい騒ぐクラスメイトを少し羨ましい気持ちで見ていた。あんな風に誰かと楽しい時間を過ごせたらと。

 もしかして、彼に惹かれたのは同じように一人でいるのに自分と違って自由にそれを楽しんでいるところがかっこよかったのかな、と教室での彼を思い出してそんな考えがふとよぎった。


 「で、どうなの?毎日俺を見ていたストーカークン??」

 「だからちが……っ!くもないかもしれないけどストーカーじゃないよ!でもその、あの、嬉しい、です。よろしくお願いします……。」

 やっぱり返事もおろおろと格好つかなかったけれど、差し出された手を握り返すと彼は嬉しそうに笑ってくれた。


 「じゃあ改めてよろしく、俺は岩石 瞭。ま、毎日見てたんなら知ってると思うけど。それで君は?」

 「名前も知らないうちに告白オーケーしたの!?なんというか、君らしいよね……、思い切りがいいっていうか、この場合ラッキーだったと思うべきなのかな……?僕は河井 宗一。ええと、シュウとかって呼んでくれれば。」

 「名前とかよりどう自分のことを見てるかのほうが気にならない?じゃあ俺はリョウって呼んで。名字でイワイシよりリョウの方が短くて呼びやすいでしょ。」

 恋人らしい名前呼び、だけれど理由は彼らしく文字数的に楽だかららしい。そんな所もなんだか、うん、好きだ。


 「ありがとう、嬉しい。すごく。初めての恋人……でいいのかな、ふつつかものですがよろしくしてもらえたら……ってなんかちがうな、うーん?」

 「なーに、よろしくって?俺の貞操はまだあげないよー?」

 「!?何言ってるの!?変態なの??」

 またまたでてきたとんでもない単語を慌てて否定すると彼―リョウは心底面白そうにケラケラと笑って、そのまま楽しそうにこちらを見た。

 「ごめんごめん、冗談だってば。うん、俺の見る目は正しかったかも。今そう思った。こちらこそふつつか者ですがよろしく、シュウ。」


 余裕のない僕と常に楽しそうで余裕そうな彼。でもそんな彼のことが僕はやっぱり好きだな、とリョウの笑顔を見たらそれしか頭に残らなかった。

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射た矢の行方は 花音 @kanon_music

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