第2話


 「……本気?」

 こちらを伺うような少し険しい表情と、面食らったような、呆れたような声に急激に思考が冷える。

 まずい、やってしまった、なんだよいきなり付き合ってくださいって変質者かよ。

 「えっ、と、いや、その、駅前の喫茶店のココアが好きなんだけどいつも1人で広い席案内されるの申し訳なくて、そう、それで誰か誘えないかなっておもって、丁度目に留まったというか。」

 「たまたま丁度いいところにいたから付き合えって?」

 そう問いかける彼は少し楽しげで何か見透かすような眼をしていた。

 「そんな、つもりじゃ……。」

 頭が真っ白だった自分はそんな彼の様子には全く気付かず、慌ててそれらしい言い訳をでっち上げたけれど全然上手くいかなかったことに自己嫌悪に体が重くなっていた。消え入りそうな声でなんとか絞り出した言葉はなんとも情けないものだった。

 「大丈夫です、本当に突然ごめん、練習の邪魔してごめんね、ちょっと俺も用事思い出したから。」

 泣きそうなぐしゃぐしゃの情けない顔をしていたと思う。踵を返し小走りで駆け出す。一刻も早くこの場から離れたかった。みじめな気持ちや言わなきゃよかった、あの時立ち止まらなければなんてどうしようもない考えばかりが頭の中をぐるぐる巡って、気がつけば駅前まで走ってきていた。

 帰宅部のくせに何も考えずに走ってきたから体は汗だくだし、喉もカラカラだ。

 丁度いいや。ココアが美味しいのは本当だし、このまま電車に乗るのもな、なんて思い喫茶店のドアを引く。

 

 カランカラン、とちょっと寂れた乾いた音が鳴る。マスターが趣味でやっているようなこの店は向かいの人気チェーン店と違いいつも閑古鳥が鳴いている。

 「いらっしゃい……って君か。またココア?アイスでいいかい?」

 「どうせまた1人だよ。アイスココアでお願い。」

 マスターが呆れた調子なのに温かい声音で迎えてくれる。僕がいつも1人なのを気にかけてくれているようだけど、特に何も言わない。そういうところが好きだ。

 一人っ子で過干渉気味の親元で育ったからか、その距離感が自分にはとても心地よく感じた。

 暗黙の了解となっている奥の4人席のソファに座る。ここは通りから見えにくいから静かで好きだ。今は僕しかお客がいないのでぱっと見、店は閉店時のように見えるかもしれない。けれどいつもそうなので気にしない。マスターの趣味でやや暗めの照明に落ち着いたクラシック調の家具はどこか外国のような異世界のような、不思議な場所にいる気分にさせてくれる。日常から離れられるここが僕の放課後の居場所だった。


 「すみませーん、あれ?今は閉店中ですか?」


 明るい声が店内に響いた。僕には直ぐに分かる。凛とした、けれどどこか乾いた声。

 自分の喉がカラカラになるのが分かった。なんで、どうして、僕なんかあの後言ったっけ。思考がぐるぐる回って倒れそうになる。

「いや、やってるよ。お好きな席にどうぞ。」


 淡々と告げるマスターからその返事を聞くと、彼はつかつかと僕の方へ迷いなく歩いてきた。もう心臓が爆発しそうだ。俯いたまま僕の隣に立った彼の気配を感じて固まる。

 「向かいの席、いい?」

 「えっ、う、ん。」

 驚いて固まっている僕をよそ目にテーブルを挟んだ向かいの椅子に座ると、「アイスココアひとつ。」とマスターの方を向き軽い調子で注文をしてまた僕に振り返る。

 なんでここに、とか、どうして、とか同じようなことばかりぐるぐるしている僕とは反対に彼は飄々と落ち着いた調子だった。

 「駅前の喫茶店、としか聞いてなかったからちょっと迷ったけどね。一目見てここだなって分かったよ。」

 「そ、そう。」

 「それで、本気?」

 真っ直ぐな目で、彼は僕に問うのだ。

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