どうか家族みんなで同化してください

ちびまるフォイ

家族を踏みにじるような関係

「あなた、単身赴任が決まったの?」

「ああ、仕事の都合でな。しばらく遠くへ行く」


「そんなのだめよ。家族はいつも一緒でしょ?」

「ダメって言ったって……」


「同化しましょう」


その日、4人家族は1人の人間に同化した。


主本体は父親の体で仕事など日常業務を行っている。


「佐藤、今日も頑張るじゃないか。いつもは家で妻が怒ってると

 残業なんてぶん投げてすっ飛んでいくじゃないか」


「最近はそうでもないんですよ」


(あなた、聞こえる?)


「ああ、聞こえているよ」


(こうしてあなたの体の内側からあなたの日常を通してみて、

 あなたが毎日家族のために一生懸命頑張ってるってことがわかったわ)


(お父さん、お仕事頑張ってね)


「おう! まだまだ頑張るぞ!」

「誰としゃべってるんだよ」


家に帰ってからは主本体を妻に切り替える。

料理の得意な妻は一人分の料理をこしらえて食べる。


「同化すると1人分だけ準備すればいいから助かるわね」


(お母さん、ごはんいつもありがとう!)

(それに洗い物も、洗濯物も少なくて済むしな)


「ね? いつも家族は一緒のほうがいいでしょう?」


(ああ、君が正しかったよ。単身赴任でも寂しくないし)


夫婦お互いのすれ違いもなくなり同化していいことばかりだった。

家族同化してからしばらくすると、仕事のやりかたも変わってきた。


(ちょっと、そこ間違えてるわよ)


「え? あ、ああ。すまない。気づかなかった」


(もうしっかりしてよ。これくらいのミス、自分で気づいてほしいわ)


「悪かったって言ってるだろ」


(ねえ、お父さん。この企画って何が面白いの?)

(子供向けって書いてるけど、こんなの絶対ウケないよ)


「……しょうがないだろ。これが本社の指示なんだから……」


(そんな言い方ないんじゃない? せっかく子供からの生の意見が聞けるのに)


「あーーもう! 俺の体の中であれこれ指示しないでくれよ!!

 お前たちにはわからないかもしれないけど、仕事のやり方があるんだ!!」


(なによ! 私達だってあなたの仕事を体の内側で見ていたのよ!?)


「実際に仕事をしているのは俺だろう!?」


最初は仕事中のダメ出しからひずみが出てきた。


自分で体を動かせるのは仕事のときのみで、

家に帰れば妻になり、自由時間には子供が主本体となって動かす。


見たくもない子供番組を見て、たいして面白くもないゲームをして。


家にあるゴルフクラブはほこりをかぶって釣り道具を触ったのはいつだったか思い出せない。


(何言ってんのよ。子供の時間を優先するのが親として当然でしょう)


(そりゃそうだけどさ……)


(あなたは野球中継が見たいからって、子供の見ているテレビチャンネルを変えるタイプね)


(なんだそのたとえ)


自分の時間が失われ、気がつけば仕事をする時間にだけ都合よく呼ばれるような人間。

まるで働くロボットにでもなった気分になり言ってみることにした。


(あのさ、みんなちょっと聞いてくれないか)


「どうしたのお父さん」


(なによあらたまって)


(お父さんだけ、体を分離してもいいかな)


「家族の体から離れて自分の体になるってこと?」


(仕事はこれまで通り、いやこれまで以上に頑張る。

 それとは別にお父さんも自分の時間が欲しくなったんだ。わかってくれ)


(どういうことよ。浮気でもしてるの!?)


(今まで体を同化してそんな要素ないのわかってるだろ?

 俺は……俺はただ自分をリフレッシュする時間を……メンテする時間がほしいんだ)


(それなら家族で旅行にでも行けばいいじゃない!)

(それはリフレッシュどころかサービスになるんだよ!)


(どうして!? 家族はずっと一緒でしょ?! なんであなただけが別れるのよ! そんなのおかしいわ!)


(おかしいはお前だ! 家族といってもお互いが違う人間だろ!

 いつも子供の時間ばかりで自分のやりたいことだってあるんだ!)


(家族の時間以上に優先する時間なんてないわよ!)


(お前はただ家族全員を自分の目の届く場所に置きたいだけだろ!?)


(ちょっと目を離したときにもしものことがあったらどうするの!?)


「ふたりとも私の体の中で口論しないでよ!!」


二人の話し合いというか口論は主本体からタオルを投げられて終了した。

これ以上話したところで平行線だと感じた父親は体を分離させた。


「もう勝手にすればいい」


主本体を一時的に変更して母親は文句を言った。


家族で同化しているときは常に体の中で言葉が飛び交っていたが、

体を分離した今となっては待ち望んでいた静かさと自分の時間を手に入れた。


父親の分離がきっかけで最初は娘、そして次に息子が分離した。


1家族1人だったはずが、1家族5人の個々の状態へと戻っていた。

母親はとくに顔色を変えていた。


「どうして!? なんであなた達までお父さんみたいに分離する必要があるの!?」


「だって……母さんはいつも内側であれこれ言ってくるじゃないか。

 こないだだって勉強中にいろいろ言ってきて……」


「あれはあなたのためなのよ。あなたが意味のない遠回りをしていたから」


「俺には俺の順序で進めたいことがあるんだよ」

「なに言ってるの。ただ私に反抗したいだけでしょう!?」


「私も……友達と会っているときもお母さん口出してくるもん……」


「女の子なんだから変な人に絡まれたら大変でしょう?

 それに悪い友達から変な勧誘されるともかぎらないし……」


「お母さんに私の友達の何がわかるのよ!」

「少なくともあなたより人生経験は豊富よ!!」


「もうやめないか、おとなげない」


「あなたからも何か言ってよ! 私ばかり育児を任せきりにして!!」


「前にも言っただろう。家族といっても同じ人間じゃないんだ。

 なんでもかんでも自分の正しさで矯正するのはよくないよ」


「あなたはただ監督責任から逃れたいだけじゃない!」

「君は過保護すぎるんだよ」


「もういい!! 子どもたちは私が見守ります!」


母親はへそを曲げて去っていってしまった。


その翌日。仕事から家に帰ると母親の姿はなかった。


「母さんは?」

「今朝からずっといないよ」

「実家にも帰ってないみたい」


あれほど見守ると言っておきながら、子どもたちを残してどこへ行ったのか。

父親は必死に探したが見つけることはできなかった。


「はぁ……はぁ……いったいどこへいったんだ……まったく……」


すると、足元がゴゴゴと揺れ始めた。



( あなた……聞こえる……? )



「この声……! お前、いったいどこへいるんだ!?」



ゴゴゴ。




( 私、今は地球と同化したの。もうどこへ行っても目を離すことはないわ。

  それに他のママ友も同化したの。いろいろ話が聞けて最高よ! )

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