日常と……
「それじゃ、頼むぞ。ザミールに会えたら、よろしくと伝えておいてくれ。あと、アンには挨拶しておけ」
「はい、行ってきます」
フィユさんと一緒にヴェツモスを狩りに行ってから数日、すっかり平常運転に戻っていました。
相変わらずお店は暇で、わたしのお仕事と言えば、こうやって学校に荷物を届けるくらいです。
お店を出て、路地を抜け、大通りを通って、ファグさんに挨拶をして、門をくぐります。
はじめてこの流れを経験した時が、随分と前のように感じました。
もう、移動季は完全に終わり、日毎に暑さの増す繁栄期となっていました。
ちなみに、繁栄するのは人類ではなく、魔物の方らしく、冒険者たちの稼ぎ時だそうです。
倉庫に行って、ヴェヒタさんに荷物を預け、学生達の溢れる校内を、やはりどこか肩身の狭い思いをしながら歩きます。
「おっ、シエル、納品か?」
そして、当然のようにアンさんに見付かって、声を掛けられました。
「はい。もう終わった所ですが」
「随分と慣れたな」
「そうですかね?」
「前より、地に足が付いた感じがする」
なるほど、もしかすると、多少はそうなのかもしれません。
少なくとも、今のわたしは上手くやれているのでしょう。
とは言え、先日、アンさんには本気で怒られたばかりなのですが。
理由は言わずもがな、わたしがフィユさんに提示した代金です。
「まぁ、相変わらず、人見知りは治ってないみたいだがな」
きっと、校内を歩くわたしを見ていたのでしょう。
人の性格をどうこう言う割に、アンさんもなかなか、いい性格をしていると思います。
「おじいさんの、説明足りない病と同じです。そうそう、簡単に治るものじゃありませんよ」
「説明足りない病か、そりゃいいな」
「冒険者の方に多い病気です」
「違いない」
そんな話をしながら、門へと自然に歩いて行きます。
「この後、どこか行きますか?」
ファグさんが見えるくらいまで、門に近付いて、ふと聞いてみました。
今日は夕方に少し用事があるだけなので、時間帯的にお昼を一緒にと思ったのです。
「悪い、この後、仕事が入っててさ」
「アンさんが真面目に仕事するなんて」
「あのな、私だって、講義は真面目にするぞ」
「講義だけなんですか?」
「他のは状況次第だな」
アンさんみたいな先生なら、きっと学校も楽しかったでしょう。
「しっかりしてくださいよ」
「シエルもな」
「あう」
そう言われると、なにも言えません。
「んじゃ、じいさんによろしくな」
軽く手を振って、アンさんはわたしを見送ります。
きっと、また明日か明後日にでも、おじいさんのお店にひょっこり来るのでしょう。
最近はよく来ると、おじいさんが嬉しそうに言っていました。
「シエルさん、こんにちは」
よく、話しかけられる日です。
いえ、学校なので、居て当然の方ではありますが。
「あっ、こんにちは、ザミールさん」
まぁ学長がこんな、校門付近を歩いているのは少々珍しいです。ただでさえ、目立つザミールさんに話しかけられて、わたしの方にも学生の視線が向くのがわかりました。
少々、いえ、だいぶ、苦手な状況です。
「最近、暑い日が続きますが、加減はどうかな?」
そんな事を言う、ザミールさんは相変わらずのローブ姿なので、とても暑そうに見えました。
「えっと、このくらいでしたら、まだ平気です」
「それはよかった」
ザミールさんは、当然、学生の視線など全く気にしていない様子で、相変わらずの不思議な響きの声で、落ち着いた様子で話します。
「ところで、噂を聞いたのだが」
「あっ、はい」
わたしの事で、噂と言えば一つしかないでしょう。
「既に、ルシャンが釘を刺しているかもしれないが、くれぐれも喧伝などしないように」
「えっと、はい」
「不躾で申し訳ない。しかし、君の力はそれだけ、希少で危ういものだからね」
「危うい、ですか?」
どちらかと言えば、便利だと思ったのです。
「いずれ、ルシャンが話すと思うよ。彼が言葉を濁すようなら、その時は改めて説明しよう」
「えっと、その時はお願いします」
それにしても、どこから聞いたのでしょう?
いえ、ザミールさんの事ですから、知り合いも多いでしょうし、なんならおじいさんから直接聞いた可能性もあります。
「本当は、そんな時が来ないのが一番だと思うけどね」
不思議な余韻を残して、ザミールさんは生徒の中を去って行きました。
まぁ、今のところ、魔法絵画師としての依頼はないので、杞憂だとは思います。
夕方でした。
わたしは、また独りで、パン屋さんの近くまで来ています。
目指すはフィユさんの家。
本日は、そこでパーティーが行われるのです。
家でパーティーを開くなんて、この世界に来てから、一番異文化を感じているかもしれません。
と言うか、よく考えなくても、これまでの人生で、そういったものに参加した経験はありませんでした。
本当は、おじいさんとか、アンさんとかを巻き込みたかったのです。しかし、おじいさんには断られてしまいましたし、アンさんはフィユさんとは直接の面識がないので、誘い辛かったのです。なんなら、お昼を誘ってそのまま流れで、なんて姑息な事も考えていたのですが。まぁ、ままならないものですね。
そんなわけで、持っている三着の服の中で、一番使用感のないものを選んで、場違いな通りを歩いているわけでした。
フィユさんの家の前に着くと、中からは賑やかな音が聞こえています。
この時点で少し帰りたい気持ちでした。
「用があるなら、止まらずに入ればいい」
「うわっ!」
不意に声をかけられました。
「驚かさないでくださいよ、レユルさん」
「やはり、とろいな」
いつの間にか、目の前にいるレユルさんです。きっと、なにかしらの魔法を使っているのでしょう。
「もう、始まっているぞ、フィユも待っている」
「あっ、はい」
レユルさんが扉を開き、それに誘われるように、敷地へと足を踏み入れました。
屋敷の庭にはテーブルが並び、知らない方々が立って談笑しています。
本当にパーティーしてました。
そして、わたしの場違い感と来たらないのです。
参加しているみなさんは、身なりもちゃんとして、なんとも大人な余裕のある方たちばかりでした。
本日のパーティーは、レユルさんが戻った時に毎回行っているもの、にプラスして、フィユさんがヴェツモスを狩ったことのお祝いというものです。
参加しているのは、冒険者や街の有力者だったり、だそうで、まぁわたしが場違いには違いありません。
人々の中に、なんだか見たことのある、声の大きい女性がいますが、こちらから声を掛けるほど親しくはありません。えっと、確かネミさんだったと思います。
そんなわけで、手持ち無沙汰に、隅っこでぼうっと立っているしかありませんでした。
「シエル、来てくれたのね」
そんなわたしに声を掛けてくれる方と言ったら一人だけでしょう。
「あっ、フィユさん」
ようやく、見知った顔を見つけて、安心してしまいます。
今日のフィユさんの服は、いつもの鎧でも、この前の動きやすそうなパンツスタイルでもなく、ちゃんとしたドレスでした。ただ、手にはあの髪留めが巻いてありました。
こういう格好をしていると、フィユさんはなんだか、いいところのお嬢さんみたいです。
あっ、いえ、実際にいいところのお嬢さんでした。
「なにか、もう食べた?」
「いえ、今来たところでして」
「それなら、私が取ってくるわ、そこで待ってて」
言うが早いか、フィユさんは、また人々の間に消えてしまいました。
心なしか、本日のフィユさんは、いつもよりも活発な感じがします。
まぁ、本日の主役であることを加味すればある種、当然の張り切りとも言えるでしょう。
程なく、お皿にいっぱいの料理を載せて、フィユさんが戻ってきました。
「こんなに、食べきれませんよ?」
「私も一緒に食べるから大丈夫よ、私の部屋に行かない?」
「いいんですか?」
本日の主役が退場するにはまだ、早すぎる気がします。
「大丈夫よ、挨拶は軽く終わらせてるし、みんな飲み食いで忙しいから」
まぁ、フィユさんがいいと言うなら、いいのでしょう。
なにより、わたしがこういった場所が得意ではありません。
「それじゃ、お部屋で食べましょうか」
そんなわけで、庭の喧騒から少し離れた、フィユさんのお部屋に上がります。
相変わらず、飾りっ気のない部屋は、ついこの前二人で絵を描いたのが随分と前のように感じました。
「それじゃ、改めて、この間はありがとう」
「いえ、わたしこそ、いい経験になりました」
二人だけでお皿を囲むと、ささやかな打ち上げといった趣です。
「最初にフィユさんに会った時には、まさかこんな事になるとは、思ってもみませんでしたよ」
そうは言うものの、どこか縁のようなものは感じていたのでしょう。
「そう? 私はなんだか、シエルと色々ありそうな気がしてたけど」
色々と言えば、出会った日の時点で、確かに色々あった気がします。
「冒険者の勘ってヤツですかね?」
「そんなに、大層なものじゃないわよ。ただ、シエルは普通の店員と違う感じだったから」
まぁ、お店に置いてある商品も把握していないような店員は、普通いないでしょう。
「変な店員ですみません」
「本当よ」
「あっ、でもお店閉めてたのに、入ってきたフィユさんも結構変なお客さんでしたよ?」
「あの時は、本当に急がないとって思ってたから」
結果論から言えば、来店された日は、レユルさんが帰ってくるまではまだ少し余裕のある時点でした。
まぁ、本当に結果論で、それからフィユさんは一度失敗して、数日悩んで、ようやく狩ることができたので、実際はあの日がベストだったのでしょう。
「でも、レユルさんに認めてもらえてよかったですね」
「そうね、でも、言って貰わないとわからないわよ。滅多に帰って来ないし、帰ってきても少し休んだら、直ぐに出発しちゃうし」
「そうですよね、なんで、ちゃんと言ってくれないんでしょうね。おじいさんも、大切なことを言わなかったりするんですよ」
「男って、そういう所あるのよ」
なんとも、らしくなく女子会のようになってしまいました。
いえ、わたしもフィユさんも、たぶん語れるほど男性というものを理解しているとは思えませんが、まぁこういうのは、身近な人物の平均から語られてしまうものですし、それに照らせば、おじいさんも、レユルさんも、ザミールさんだって、説明足りない病です。
話は、段々と雑談の様相を呈し、まぁ、取るに足らない、ごくごく内輪のお話に行き着きました。
それは、無意識のようで、意識的な誘導でしょう。
フィユさんも、わたしも、一つの話題を避けていたのです。
本当は、直ぐにお暇するつもりでしたが、気付けば窓の外は暗くなっていました。
ここ最近、陽が長くなってきたこともあって、結構な時間が経過しているのでしょう。
お皿の料理もほぼ空になって、話すことも次第に少なくなります。
「……明日、発つわ」
そして、最後に残った話題が始まりました。
「そうですか」
それは、喜ばしい話題ではあったのです。
それっぽく言うなら、いい話と悪い話がある、みたいなヤツです。
そして、今回に関して言うなら、それは表裏一体でした。
「そんなに、寂しそうな顔しないでよ」
そんな顔をしていたでしょうか?
「すみません、喜ばしいことだとは思うんですが」
「喜ばしいことよ、父が私を認めて、旅の同行を許してくれたんだから」
そう言う、フィユさんの顔も、少し寂しそうでした。
「お見送りに行きましょうか?」
それほど、長い付き合いではないのですが、自分でも不思議なくらい寂しいと感じたのです。
これほど、歳の離れた友人ははじめてでしたし、なにより、わたしのはじめてのお客さんでした。
「いえ、朝一で発つからいいわよ」
「そうですか」
いえ、フィユさんが冒険者となるのなら、ある種、必然とも言える別れなのでしょう。
「ごめんね、代金がしばらく払えなくなるわ」
「大丈夫ですよ、そんなに街からも出ませんし」
「でも、きっと、戻ってくるわ、もっと強くなって、フィユをちゃんと守れるようになって」
「はい、待ってますね」
こんな別れを、魔法雑貨屋として、魔法絵画師として、わたしとして、この先、何度経験するのでしょう?
フィユさんの部屋を出て、すっかり終わりかけているようなパーティーの庭を通り抜けて、門に着きます。
泣くほどではないと、思っていたのですが、不思議と目元が濡れていました。
歳を取ると、涙もろくてだめですね。
「繁栄期の終わりには、きっと帰ってくるから」
「はい」
どちらから、と言うでもなく、抱き合います。
見た目は、本当にまだ幼さの残る少女なのですが、抱きしめたフィユさんは、思いがけずがっしりとしていて、それが彼女の歩む道を表しているように思えました。
別にこれが今生の別れにはならないでしょう。
わたしが生きていれば、いえ、フィユさんから代金を受け取らないといけないので、簡単に終わらせるわけにもいかなくなったのかもしれません。
どちらから、と言うでもなく、離れました。
「あっ、これを」
すっかり、忘れそうになっていたものを取り出します。
「石灯?」
「はい、わたしからのお祝いの品ですよ」
手持ちでは少し足らなかったので、おじいさんにツケてもらったのは内緒です。
「ありがとう。大切に使うわ」
フィユさんは石灯を胸に抱きました。
きっと、これはフィユさんの癖なのでしょう。
「雑貨屋で待っています」
「また、必ず行くわ」
別れの挨拶はそれで充分でした。
帰り道は、妙に心がざわめきます。
空に月が輝いていました。
不思議なもので、世界が違っても、月はなんだか同じように見えるのです。
それに照らされた雲が、まるで月を目指すように浮かんでいました。
雲はゆっくりと流れて、ちょうど一切れが月と重なって、光を透かして滲ませます。
なにか、特別なものになれそうな、いえ、きっとその瞬間、雲は特別なものになっているのでしょう。
少なくとも、わたしの見る限り、そう見えました。
またゆっくりと流れて、雲は月とお別れをします。
まぁ、だからって、それで全てが終わるわけでもないのでしょう。
雲は、そのうちにまたできて、月は明日も昇のです。
そして、雑貨屋は明日もまた、きっと暇でしょう。
ある日、異世界の雑貨屋で 落葉沙夢 @emuya-s
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