終章 ファナと一緒に

 サクヤ・レン・アレクフォードの村を挙げての葬式から約半年後の夕刻近く。

 俺は健脚でニルカカ開拓村への道を走っていた。

 背嚢には最小限の衣服だけを入れている。

 サクヤだった時とと比べて身体が小さいので持てる荷物量が限られるのだ。

 何せこの身体はまだ15歳だから。

 今の俺はハジメ・レン・アレクフォード。

 サクヤの弟という設定である。

 王都にあった王立中等学校を卒業し、そのまま農業に就くことを希望。

 実家経由でニルカカ開拓村の向かっているという設定だ。


 この身体では初めての、でも俺にとっては見慣れた景色が見えてきた。

 まずは村長のところに挨拶に行こう。

 勝手知ったる村の中を歩いて村長の家へ。

 ノック3回。

「どなたじゃ?」

 村長自身が出てきた。


「本日から村にお世話になることになりますハジメ・レン・アレクフォードと申します。兄同様宜しくお願い致します」

 事前に話は通してあるという設定になっている。

「おうおう、兄上にはこの村も大変お世話になった。今は農業が忙しい故ろくなもてなしが出来ないが、そのうち歓迎の会を開いて村人の皆に紹介しよう」

 うんうん、この辺は予定通りだ。

「ありがとうございます。それではこれから先、宜しくお願い致します」

「こちらこそ宜しく頼む。ところで家はわかるかの。わからないなら案内させるが」

「大丈夫です。それでは失礼致します」

 話が長くなると面倒だ。

 そんな訳で早々に立ち去る。


 さて、久しぶりの家だ。

 この世界では7ヶ月ぶりになる。

 時間の流れだの処理の都合だのでこんなに時間がかかってしまった。

 さて、ファナはどんな感じだろう。

 何せ約束を破ってしまったしな。

 絶対帰って来るという約束を。

 今の俺はサクヤではなくハジメなのだがやっぱり気が重い。

 ちなみにハジメというのは元の名前の朔哉の朔の字から取った名前だ。

 朔とは新月の事で太陰暦では月の始まる日。

 だからサクヤという名前のかわりにハジメという名前にした。

 まあ日本語なんでこの世界での意味は無いのだけれど。


 見覚えのある家が見えてきた。

 見覚えがあるというか何というか。

 つまりは俺の家だ。

 横の学校兼宴会場もそのまま。

 思わず懐かしくて涙が出そうになる。

 いかんいかん。

 俺はここは初めての筈なのだ。

 ゆっくり深呼吸して気持ちを落ち着ける。

 能力で家の中はファナだけなのがわかる。

 俺が出ていって以来この家ではファナが一人で暮らしているらしい。

 ウゴ達5人の使用人はそのままだけれども、もう仕事を終えて帰ったようだ。


 どんな顔をしてファナに会えばいいのだろう。

 思わずそう考える自分の心を訂正する。

 ハジメである俺にとってはここは初めての家で、ファナと会うのも初めて。

 王都の学校に行っていたから葬式にも出られなかった。

 だからあくまで初見、よって事務的でいい。

 更に深呼吸を1回して、そして。

 俺は扉をノックする。


「はい」

 懐かしい声に涙が出そうになるが我慢だ。

「本日からお世話になるサクヤの弟のハジメです」

 ファナにも話は通っている筈だ。

 父から村長経由で伝えられている筈。

 だからこれで通じる筈だ。


 扉が開く。

 懐かしいファナが扉を開いた状態で俺を見て固まった。

 えっ、何故?

 俺の見かけはサクヤを若くした感じ。

 特にそんな固まるような異相では無い筈だぞ。

 そう思った時だ。


「サクヤ様。お帰りなさい」

 ファナは確かにそう言って深く一礼をして、そして俺の元へ飛び込んできた。

「待っていたんですよずっと。死んだと聞いた後もずっとずっと待っていたんですから!」

 おいちょっと待った。

「ごめん、俺は弟のハジメだ」

「でも中身はサクヤ様ですよね」

 えっ、何で。

 何故わかるんだ!


 ふと誰かの台詞を思い出す。

『獣人は人を顔だけではなく匂いとか魂の形でも見分けるからな。多少変装しても無意味だ』

 ケモナーのあまり獣人に変化する魔法を手に入れてしまった奴の台詞だ。

 それってつまりは、そういう事か。


「私にはわかるんです。サクヤ様、帰ってきてくれたんですね。ファナにはわかります。わかるんです」

「悪かったな。随分待たせてしまった」

 そう言っていつものようにファナの髪を撫でようとして気づく。

 ファナの顔が俺の顔のすぐ近くにある。

 身長が縮んだ分ファナの背の高さと近くなった訳か。

「本当ですよ。酷いです。でも帰ってきてくれたから許してあげます。でももう二度と遠くに行かないで下さい。もう二度と……」

 泣きじゃくるファナの髪をゆっくり撫でつつ俺はファナに告げる。

「わかった。ずっと一緒にいよう。ずっと」


 そう、俺は選んだのだ。

 俺はこの世界、ファナと同じ世界で同じ年月を暮らしていくことを。


 この世界がどんな世界なのかはわからない。

 運営が言っている事、志村氏の説明が全て事実なのかもわからない。

 ユパンキことエフレムが言っていた事の方が納得出来る部分もある。

 どの説明のどの部分が真実で本当のこの世界がどんな世界なのか。

 きっと俺自身が全て理解する事は無いだろう。

 でもそれでもかまわない。

 作り物だろうと何であってもかまわない。

 ファナがいればそれで充分だ。


 ファナと一緒に同じ世界にいられれば。

 ファナと一緒に生きて行ければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

在宅勤務で打倒大魔王!~または30過ぎ無職うつ病魔法使いの異世界リハビリ生活~ 於田縫紀 @otanuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ