第49話 俺の決断

 辺り全てが変わった。

 やはり俺は椅子に座っている。

 だが景色は全く違う。

 いるのは現代風の小会議室的な部屋だ。

 6人程度用の大机に椅子が6つ。

 俺は志村氏と向かい合わせに座っている。

 エフレムの姿は何処にも無い。

 此処は何処かで見たような感じがする、そう思って気づいた。

 これは社員として面接した時と同じ部屋だ。

 俺と志村氏の座っている位置まで同じ。

 となると何の話か想像つく。


「解雇ですか」

 志村氏は首を横に振る。

「優秀な社員を首にしたりはしませんよ。今回の事案解決はほぼ蓮沼さんのおかげですからね」

 ならファナにまた会える。

 ちょっと希望が出てきた。


「さて、先程はエフレムさんもいたので一方的な説明になってしまいました。ここで他に何か質問等はありますでしょうか。この際ですから答えられることはお答えさせて頂きますよ」

 ならば一番気になることを聞いてみる。

「あの世界に戻れるのですか」


「ええ」

 志村氏は頷く。

「ですがその辺の詳細は後程詳しく話しあうことに致しましょう。今後の蓮沼さんの処遇にも関わってきますから」

 そう言われると非常に気になるのだが、後程というなら仕方無い。

 なので俺は別の質問をする。

「ではあの悪しき存在アービラとか邪悪な存在バルベルデとは何なんですか。以前の情報では把握していないとありましたけれど」


「その件についてはその後の調査研究によって一通り判明しています。それでは説明致しましょう」

 志村氏は頷いて、そして続ける。

「まず悪しき存在アービラとか邪悪な存在バルベルデについてです。あれは終了した死んだ筈なのに終了しきれなかったプログラムの一部です。この場合のプログラムとはあの世界の事物全てを指します。ただ悪しき存在アービラとか邪悪な存在バルベルデになるのは概ね我々のような人間ですね。他のプログラムより複雑ですから。それが殺された時、つまり終了させられた時に完全に終了されなかった結果、あの世界では本来あり得ないもの、つまり悪しき存在アービラ等になってしまったようです」


 なるほど。

 パソコンを重くしているゴミプログラムのようなものか。


「つまり奴がやっていた生贄の儀式等にも意味があったわけか」

「ええ、結果的に。更にそういった不正なプログラムを生み出すと周辺の領域が意図されないプログラムやその断片に汚染されます。結果的にその領域は演算ミス等が多くなりますし、その領域を使用した演算に負荷がかかるようにもなります。いわゆる呪われた状態になる訳です。

 そこで更に重い負荷をかけてあるプログラムを実行させると、エフレムさんが最高神クニラーヤと呼んでいたようなバグが発生する訳です。

 このような演算世界でも生贄の儀式とか魔の存在とか呪いとか、そういったものが意味ある事象として演算されるとは思いませんでしたけれどね」


 なるほど。

 ではもう一つの質問だ。

「さっきの男、エフレムと呼んでいた男はどうなるんだ」

「彼をそのままあの世界に戻すわけにはいかないでしょう。ただエフレムさん自身は蓮沼さんと違い元々あの世界の住人です。ですので記憶を改変して別の人間として転生再配置させる予定です。また我々の知らない存在に操られる事が無いようにその辺は注意してですけれどね」


 そうなる訳か。

 奴は敵ではあるし様々な大虐殺を実行した当人でもある。

 でも今の俺には奴を罰しろとか完全消去しろとかいう気にはなれなかった。

 奴もまた被害者なのだ。

 もっと大きな存在によって動かされた。

 それが外の世界の存在なのか、もっと別の存在なのか。

 そして何を目的としていたのかはわからないけれど。


「さて、そろそろ蓮沼さんのこれからの処遇についてお話ししましょうか」

 さて、ここからが本題だ。

 俺はファナの所へ戻れるのだろうか。

 俺は蓮沼氏の口元を凝視する。


「まずはじめに。あの世界においてサクヤ・レン・アレクフォード氏は死んでしまいました。これは既に事実になっています。この事実を変更する事は出来ません。詳細な理由は省きますが世界運営の都合と思って下さい。そこまでは宜しいでしょうか」

 俺は頷く。


「ですのでサクヤ氏の遺産を活かす次善の策をとらせていただきます。具体的にはサクヤ氏の弟としてサクヤ氏の後を継ぐという方法です。そんな存在はいなかった、そう思うかもしれません。でもこの演算世界では死んだ人間を生き返らすよりいない人間を造り出す方がたやすい作業なのです。この辺の理論も省かせて頂きますけれど。

 なお活動の都合上、能力はサクヤ氏と同じ状態で引き継がせていただきます」

 なるほど理解した。

 確かゲームの『パリアカカ』も似たようなシステムだった。

 能力引き継ぎの分だけゲームより有利な訳か。

 サクヤとしてファナに会えないのは残念だ。

 でも全く会えないよりはよっぽどいい。


「無論あの世界の全く別の人物としての転生も可能です。ですが貴方のスタイルを考えると、恐らくサクヤ氏の遺産を受け継ぐ方を望まれるでしょう」

 実際その通りだ。

 俺は頷いて同意を示す。


「さて、ここからはご相談です。蓮沼さんは既にこの世界全てが同じ世界群に属することを知っていらっしゃいます。つまり以前生活していた世界もまた同じ世界群の中の世界、つまり仮想世界である事を既にご存じの筈です。その通りですね」

 俺は頷く。

 そして気づく。

 そうか、そういう事なら……


「そこでご提案になります。蓮沼さんが望むなら生きている世界を『プルンルナ』世界に一本化することも可能です。その場合は元の世界に戻ることは出来なくなりますが、報酬の方は『プルンルナ』世界にあわせた物に変更させて頂きます。レポート等もログアウトしない形で報告できるように致しましょう。

 さて、どうされますか」


 俺は少しだけ考える。

 ニルカカ村での色々を考えた場合、実は世界を一本化しない方が有利だ。

 何かわからない事があったら元の世界で調べればいい。

 物は持って行けなくても知識は持って行ける。

 睡眠だの食事だのが面倒だが今までだってやってきた事だ。

 出来ない訳では無い。


 だが俺にはある思いがあった。

 合理的に考えると却下されそうな思いだ。

 単なるセンチメンタリズムという奴だからだ。

 でも俺はその思いにあらがうことが出来なかった。

 それこそうつ病になってから俺がこんな強さで思うとは思えない程の強さだった。


 きっと人なんて合理性で動くものでは無い。

 何かの思いによって動き動かされているのだろう。

 だから何にも興味が無くなると動けなくなる。

 仕事に疲れ何にも興味を持てなくなり、結果うつ病で動けなくなったかつての俺のように。

 だから俺は志村氏の提案にこう答える。

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