2.インビテーション トゥー サスペンス

十一月一日の朝日はいつも以上に輝いていた。いや、相対的に明るく見えたのかもしれない。このビルに誰かが入ってくるまで私は複雑な心境で殺人事件の報道を見ていた。輝かしい日差しを背に受け、私は冷たい画面を見つめていた。

『早朝の清掃ボランティアの一人が路地に倒れているのを発見し、体が冷たくなっているのを確認したそうです。遺体は10代女性と見られ、かぼちゃの被り物と黒いマントを纏っており、その上から刃渡り10cm程度の刃物で腹部を刺されていたようです』

ウインドブレーカーを着たアナウンサーの言葉を聞きながら、私は自分を問い詰めていた。

私が警鐘を鳴らしていればどうにかなったのだろうか。不特定多数の中から名前も知らない彼女を救うことができたのだろうか。いや、何を言っても無駄だったはずだ。

私が眉唾な噂話を吹聴したところで、耳に止める事はないだろう。だが、出版社に勤務しているというのに知らせるべき情報を発信できない無力さに苛立ちを覚えた。

『また、遺体には首からフリップボードを下げており、フリップボードには「コレハ報復ダ。ジャック・オー・ランタン ヨリ」と書かれていたそうです』

予告通りに殺人が起きた。まぎれもない事実だ。あのブルーシートの奥には滴った血がアスファルトにこびりついている。そんな気がした。

「まーた、ハロウィンでなんか起きたな」

振り向くと「全く毎年、毎年」とぶつくさ文句を言っている上司の御浜さんがタバコをふかしながら立っていた。

「出社早々にタバコ吸わんでくださいよ。また、怒られますよ。窓開けないと」

「うるせい。何人たりとも俺の朝一の楽しみを奪う権利などない」

ここ、喫煙禁止なんですけど。タバコの規制が年々増えているというのに、この人はむしろ逆行している気がする。

「うちは暇だけど、他所様は朝っぱらからドタバタしてるぞ」

「みたいですね」

殺人なんてままある話だ。それを素材にメディアが面白おかしく料理する。いつものことだ。うちのビルでもそれは変わらない。

「どうした?徹夜で疲れたか?」

「いや、ちょっとコンビニにパン買ってきます」

覇気の無さが御浜さんに伝わってしまったのか、誤魔化すように私はそそくさとその場を後にした。


気がついた時には私はコンビニで買った朝食を片手に電車に乗っていた。

なにが私を駆り立てているのだろう。名前も知らない女の子の殺害現場を興味半分で見に行くなんて不謹慎もいいところだ。そう思いながらも足は動いてしまったのだからしょうがない。

日曜日の朝なので比較的電車も混雑はしていなかったので座りながら、スマホでネットの記事を読み漁った。それでも、ニュース以上のめぼしい情報はまだ出ていないようだった。

 ふと顔を上げてみると誰も席に座ってスマホを見ている。こんな風に殺害された女の子もあの馬鹿騒ぎの中で誰にも見向きもされずに命を落としたのだろうか。とてもそうは思えない。少なからず何かしらの悲鳴だとかが聞こえていてもおかしくないはずだ。このご時世ハロウィンでなくても写真や動画を若者は気軽にアップロードするのに不可解な気がする。死亡推定時刻にもよるが遺体は運ばれたのではないかとミステリーでも読んでいるみたいに推測をしてみるが、状況が不明瞭な時点で見当違いも甚だしいと思う。

 いかがなものだろうか。野次馬をするためにわざわざ出社ぎりぎりのペースでこんな所にいて。一応体裁を整えるということを考えると少しだけ様子を見てとんぼ返りすることになる。本当に私は何のために行くのだろう。車内放送で目的の駅がアナウンスされる。謎の使命感に突き動かされるまま私は改札を抜けて現場に引き寄せられるかのように祭りのあとの虚しい道路の上を歩いた。

 現場に着くと、そこには取材のために警察の他に大勢のカメラマンや記者、テレビ局の関係者とその他オーディエンスで囲まれていた。路地の裏ということもあり、建物と建物の間にを外に見せないようにブルーシートで覆い隠されていた。

 呆然と目の前で警察が行き来しているのを棒立ちになっていると御浜さんから電話がかかってきた。

「おいお前、今どこにいる?絶対コンビニじゃないだろ」

「えっと、今ニュースでやってた現場に来てるんですけど」

あ、やばい。バレた。

「事情は知らんが、いいからさっさと帰ってこい。お前の休日は明後日だぞ」

タイムリミットだ。ここまで来て結局何も見れず終いで無駄足を踏んだだけだった。そもそも警察の仕事だ。一介の凡夫が首を突っ込むような仕事ではない。あとは私も大衆の一人としてこの事件の解決を見届けるそれだけだ。

 殺害事件なんてごまんとある。ある度にこんな不安を煽られるようなことはないのだ。今回は少し普通じゃなかった、事件の解決をメディア越しに見届けるそれだけだ。

 胸騒ぎを残しながら会社に戻ることにした。

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