第5話
「なるほど……話は分かりました」
彼女が言うには、『戦姫神ヴァルキーエという存在は人々の記憶から消え、それに関わる建造物や偶像も姿が変わる』。そういったことは全て主神メルモデウスが行うらしい。
記憶改ざんというのは恐ろしいもので、改ざんされたことに人は全く気づかないそうだ。今まで何気なく暮らしてきたが、実はその記憶も全て改ざんされたものだった………なんて考えると怖いな。
「話は分かりましたけど、理解できないこともあります。1つは俺が世界を救うということです。確かに、俺は英雄願望に近いものはありました。しかし、いくらなんでも世界を救うってのは……。それに、今世界が危機に陥るような事が起きてるんですか?」
幼い頃に読んだ同じ名前の英雄に憧れていた時代もあった。しかし、大人になるにつれて現実が見えてきたのだ。自分にはなんの才能もないということ気づいてきてしまった。
まぁ、そんな自分が嫌で村を出てきたんだけど。
「まず1つ。君には世界を救える力がある。英雄になる素質がある。故に君が世界を救う。そしてもう1つ。世界の危機となればそれは当然、大きな脅威ということだ。君はその大きな脅威に気づいてから訓練をして世界を救えると思うのか?」
「たしかに、備えることは大切です。ですが、俺にはそんな力はありませんよ。俺はただの村人ですし」
「ふふっ、君は面白いな。自分を変えようと努力しているのにも関わらず、村人であることを言い訳にしようとしている」
「そ、それは……」
たしかに彼女の言った通りだ。俺は心のどこかで村人であることを言い訳に、楽をしようとしている。
「少し意地悪な言い方だったな。本題に戻ろうか」
俺は引っかかりを感じながらも彼女の話に耳を傾けた。
「今の勇者も過去の勇者も神から力を与えられていた。それは人が『人という枠組みから外れない』ようにつくられているからだ。人として生まれる限りどんな才能を持とうと人という枠組みから外れることはない」
彼女の話は続く。
「しかし、そうなると人が束になっても勝てない問題に直面した時、人が生き残るすべがなくなってしまう。そこで、神は見込みある人にのみ『人の枠組み』から解放することにしたのだ」
「それが勇者、ですか」
「そうだ。しかし、君になってもらうのは英雄。絶対悪の根源たる魔王など倒す必要はない。君は救わなければならない。人を、国を、世界を」
「勇者と英雄。それぞれの役割があるわけですね」
勇者は倒し、英雄は救うということか。
俺はそのために努力をしなければいけない、というわけだよな。俺の努力で救える命があるなら必死で努力しよう。全てを救えるほどに努力しよう。
「分かりました。俺は英雄になれるよう努力します。ぜひ戦姫神ヴァルキーエ様の力をお貸しください」
「ふふっ、神から堕ちても神として崇められるとはな。私のことはヴィーエとでも呼んでくれ。それと敬語は必要ない。私たちは愛し合っているのだから」
「えっとヴィーエさ、じゃなくてヴィーエ。そのことなんだけど、それってどうい……ん? 何をしてらっしゃる?」
ヴィーエは俺の胸に何かを書くような仕草をした。その瞬間、謎の浮遊感に襲われた。
「ではジーク。君の努力を私に見せてくれ」
徐々に視界が暗くなる中ヴィーエのにこやかな笑顔が鮮明に残った。
あぁ……すっげぇ美人だけどめっちゃ怖え〜。
この時どれほど過酷な修行が俺を待っているかなんて知る由もなかった。
村人Aの成り上がり 無文書 @bunnsyo
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