第2話
「今までありがとう」
俺は一礼してから村を出た。
越えなければいけない山には凶暴な魔物が出ると聞いたことがある。俺の今の装備ではどうしようもない相手だろう。なるべく遭遇しないように気をつけないとな。
食料に関しては干し肉を持ってきたし、山には食べれる野菜もある。変なキノコさえ食べなければ大丈夫なはずだ。
「よし、いくか」
◇◇◇◇
「ヤバイヤバイ……! これはヤバイ!」
山道を全力で走ってる。18年間生きてきた中でこれほど走ったことがあっただろうか。
グーギュキュルルッ!
俺の背後から恐ろしい鳴き声が迫ってきている。
紫の羽根に黒いくちばし。金色の目。幻想種・コカトリスの特徴に全て一致してるじゃないか。
金の目が灰色に変わった時、その視界に入るものすべてを石に変える正真正銘の化け物。なんでそんな奴がこんな山にいるんだ!
「干し肉やるからこっち来んな!」
願いを込めて投げた干し肉に見向きもせず俺のことを追いかけてきやがる。俺ってそんな美味しそうなのか?
なんて言ってる場合じゃない。
コカトリスの爪は鍛えた鉄の鎧を貫通するほど鋭く硬い。体を覆う体毛は並の剣では歯が立たないと言われてる。
え、これどうしようないんじゃ……?
追いつかれずに逃げることができたとしても、コカトリスの視界に入っていれば即死。正面切って倒すのはまず無理だ……ん? 待てよ。なんで俺が正々堂々倒さなきゃいけないんだ? 俺は勇者でもなんでもない。戦いの見栄えを気にするようなことはないだろ。
「倒せば勝ち? いや、俺が(・・)逃げれれば勝ちだ……!」
コカトリスと剣と爪を交えて倒すのは厳しい。しかし、ギリギリの戦いになるだろうが、やるしかない!
奴を止めるには目を潰す以外方法はない。
投げ物があれば多少は楽だったんだけど、そんな便利なものはない。今ある武器として使えるのは剣だけだ。
「こっちに来い! この石頭オンボロ鳥……って、うぉぉぉぉ! そんな全速力で来んなぁっ!」
挑発に成功はしたが、これじゃ逆効果だ! コカトリスって人間の言葉わかるのかよ!?
コカトリスは図体がでかいため、小回りが効くわけではない。だからといって懐に入って攻撃しようにしてもあの硬い羽根が邪魔をしてしまう。だから、生き物の共通の弱点である『目』を狙う。あそこはコカトリスといえどガードされていない。
「よし、見つけた!」
俺が見つけたもの。それは大きな藪だ。
あれに突っ込めばコカトリスは一時的に俺を見失い逃げ切れるかもしれない。
俺は期待を込め藪のなかに飛び込んだ。
グギュルルル
コカトリスは突如消えた標的に困惑し動きが止まった。
俺は音を立てないように少し離れた木の上に登った。
「戦姫神ヴァルキーエ。俺に勇気を……」
今まで神に祈るなんてことはなかったんだけどな。こればっかりは頼らせてくれよ。
俺は木を登る時に拾った石を、登った木の根元あたりにわざと落とした。
コツンッ
小さな音にコカトリスは反応し近づいてきた。
バクバクと鼓動が高鳴るのがわかる。
『恐怖』が俺を包み込む。
怖い。死ぬのが怖い。苦痛を受けるのは怖い。今の俺は恐怖という感情に支配されているかもしれない。こんなこと勇者がやればいいじゃないか。なんで俺なんかがやらなきゃいけないんだ。そんな負の感情が俺を支配しつつある。
それでいいのか?俺は本当にそれでいいのか?
それじゃ今までと何も変わらないただの『村人』じゃないか。
俺は英雄になるために村を出たんだろう? それなら立ち向かわなければいけない。どんな強敵だろうと立ち向かうべきだ。
俺は護る英雄になりたいんだ。
もし、俺がやらなかったせいで犠牲者が出たらどうする? ダメだ、そんなことは許せない。俺が今ここでやらなければいけない!
俺は決心しコカトリスの背中に飛び降りた。
すぐさま持っている剣を引き抜き、片目をえぐるように剣を突き刺した。コカトリスは俺のことを振り払おうと体を木に何度もぶつけた。
ボギッゴキッという嫌な音ともに俺の体を激痛が襲った。俺はその痛み必死で誤魔化すように雄叫びをあげ、持てる力を振り絞りコカトリスのもう片方の目にも剣を突き立てた。
「はぁぁぁぁぁぁッ! くたばりやがれぇぇッ!!」
剣は目から脳にかけて貫通し、コカトリスは動きを止め地面に倒れた。
体の力が一気に抜け、俺は木にもたれかかりそのまま気を失ってしまった。
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