「俺達にプライバシーなんてないじゃん」

 ユキの動作にハルが突っ込む。

 が、ユキは黙ってスマホの画面をハルに見せた。


 画面には昨夜救出したはずの男が交通事故で死亡したというニュース記事が表示されていた。

 が、画面が切り替わり一枚の写真が表示されるとハルの眉間に皺が寄る。


 血まみれで椅子に縛られた男はどう見ても酷い拷問を受けて死んでいた。

 傷を見ればどんな拷問を受けたかハルには分かる。

 想像してハルは思わずゾワッとするものを感じた。

 写真の背景はどこかの研究室ラボを思わせる。

 研究室なんてどこも似たようなものだし、組織の研究室は無数にある。

 だから断定はできなかったが、それでも疑念を抱くには充分だった。


「写真の加工と情報操作なんていつもなら僕以外の人がやってた。でも最近は僕がやってる。他にもその人が存在していたっていう証拠を戸籍以外にも全て消す作業とか……情報収集しかやってなかったのに事後処理もするようになったんだ。で、こっそり調べたら担当してた人が消えてた」

「消えた?」

「うん。それも一人や二人じゃない。十人以上だよ? ねえ、僕達って『正義』だよね?」

 見上げて来るユキの真っ直ぐな視線にハルは「そうだ」と即答できなかった。

 代わりに反射的に空を仰いだ。

 青く抜けるような空に雲が点々と浮かんでいた。

 それだけで一瞬、空が灰色に見えた。


「……大丈夫。聞かれてないし見られてないよ。友達に頼んだからあと三分は平気。だけどそろそろ保健室に戻らなきゃ」

 そう言ってユキは立ち上がり、ハルの手を取って柵に駆け寄った。


 二人は常に衛星などで監視されている。

 プライベートがないとハルが言ったのはそういうことだ。

 会話も全て聞かれている。

 内緒話はできない。

 二人は体内にGPSも埋め込まれて管理されている。


「君たちは世界を救うヒーローになるんだ」


 そう言われて二人は引き取られた。

 優しく頭を撫でられ、柔らかで温かい大きな手に目を輝かせた。

 その男は二人にとって『父親』だ。

 彼の為に人を殺して来た。

 それが世界平和に繋がると信じているから。


 だが、ユキはそれを疑い始めている。


 信じて来た『正義』が『悪』かもしれない。

 今まで何も疑うことなく生きてきて、初めて湧いた疑念にハルは動揺した。


「ハルッ」

 柵を越えたユキに声を掛けられ、ハルは我に返って柵を越えた。

 時間は残り二分もない。

 保健室は一階だ。


 ハルは一歩踏み出した。

 校舎は元は三階建てだったのを北側だけ増築して五階建てになっている。

 L字型の校舎の屋上から飛び降りたハルは三階の屋上に着地して、すぐに両手を差し出す。

 飛び降りたユキをキャッチして、そこからまた飛び降りて地上に降り立ち、再度ユキを受け止めた。

 五階の屋上には柵があるが三階の屋上にはそもそも入れないようになっている為、柵はない。

 北側は階段になっており教室は面していない為、授業中の生徒に目撃されることもない。

 校庭は校舎の反対側で北側はそもそも山に面している為、住宅地もなく完全な死角となっている。

 着地地点は保健室の傍で、あらかじめ開けていおいた窓から中に入ったところでチャイムが鳴った。


 まだ授業開始から十分程度しか経っておらず、本来ならチャイムの鳴る時間ではない。

 ユキがタイマー代わりに能力を使ってチャイムを鳴らしたのだ。

 それに気づいたハルは「ユキッ」と怒った。


「パパ、悪い子にはどんな『お仕置き』をするの?」


 ユキはパソコンにそう訊いた。


「兄弟で内緒話をしたくらいで『お仕置き』はしないよ」

 真っ暗な画面のままパソコンから男性の声が答えた。

「でも、今日は塾に行こうか」

 その言葉にハルが嫌そうな表情をし、ユキは顔を強張らせた。


「だから学校が終わったら気をつけて真っ直ぐ帰って来るんだよ」


 優しい口調だったが、二人は自然と手を繋いでぎゅっと握り締めた。

 まるで小さな子が雷に怯えるように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

TwO 紬 蒼 @notitle_sou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ