ハルとユキは普段は普通の高校に通う普通の高校生だ。


 物静かで体育以外満点の成績をキープするユキと陽気で体育のみ満点のハルは学内ではちょっとした有名人でもあった。


 施設で育ち、同じ里親に引き取られた対照的な血の繋がらない兄弟。

 勉学で奨学金を貰うユキとスポーツ推薦で奨学金を貰うハル。


 それが学内での二人に対する情報だ。


 二人が持つ『秘密』を考えると『目立たないこと』が鉄則に思えるが、二人の場合は特にそういった制約はなかった。

 目立ってはいるが、『能力を発揮してはいけない』という『約束』を組織と交わしてはいる。

 つまり、ユキはあらゆるコンピュータやネットワークと繋がることができる能力を使わずに優秀な成績を修めている。

 ハルも他人の経験をダウンロード・インストールすることなくスポーツ推薦を勝ち取っているということだ。


「まぁた一人淋しくパン食べてるのかよ?」


 昼休み。

 ハルは屋上の隅にユキを見つけ、隣に腰を下ろした。


「別に淋しくない。そっちこそ一人じゃんか」

「たまにはユキと食べようと思って。お前、友達作れよ」

「友達ならいる」

「人間の友達作れって。パソコンは機械だろ?」

「いらない。学校だって行く理由が分からない。学ぶことなんてないもん」

「体育は学ぶことあるだろ」

「ハルがいるから必要ない」

「俺になんかあった時、逃げれるようにせめて速く走れるようになれって」

「運動神経通ってないから無理。無駄」

「お前なぁ」

「ごちそうさま」

 律儀に手を合わせ、その場を立ち去ろうとするユキの手をハルが掴む。


「昨日の……お前らしくなかった」

「何?」

「人質が偽物ダミーだって直前まで気づいてなかっただろ? いつもなら部屋に入る前から気づいてたはずだ」

「金庫の中はさすがに僕にだって分からないよ」

「いつもならさ、監視カメラとかパソコンのカメラとかそんなところから情報収集してるじゃん。人質が入れ替わってるのだって見てたがいたはずだろ?」

「……悪かった。僕が見逃してた」

 離せよと言わんばかりに思い切り手を振り解かれたが、ハルは再度ユキの手を強く掴んだ。


「なんだよっ。痛いって」

「次は見逃すなよ?」

 いつになく真剣な表情を向けられ、ユキは文句を言おうとした口を噤んだ。

「……分かったよ。分かったから離せよ」

「俺はユキしか信じてないから。ユキしか信じないから」

 ハルはそう言って手を離した。

「僕もハルしか信じてないよ」

 ユキもそう言って屋上を後にした。


 残されたハルは購買部で買った焼きそばパンにかぶりついた。

 パンを頬張ったまま空を仰ぐ。


 抜けるような青空とはこういう空かとハルはしみじみ思った。

 雲一つなく、透き通るような青空。

 そこに向かって片手を伸ばす。

「小さいな」と嘲笑うこともなく、存在すら感知しないような果てしなく高い空に見下ろされている気分に陥り、急に深淵を覗き込むような孤独感に襲われた。


「嘘つき」


 呟いてハルはパンの残りを一気に頬張った。


 昼休みが終わり、ハルが教室に戻るとユキの姿がないことに気づいた。

「なあ、ユキ知らね?」

 クラスメイトに問うが誰も「さあ?」としか答えなかった。


 ユキは友達はいないが、いじめられている訳ではない。

 ユキが心を閉ざしているから声を掛けづらいだけで、女子などは友達になりたがっている子は多い。

 というかファンクラブができるほどのモテっぷりだ。

 運動はダメだが、常にトップの秀才だ。

 背は一六五センチとそんなに高くないが低すぎる訳でもない。

 華奢で色白で猫っ毛で整った顔立ちに、どこか物憂げアンニュイな表情が母性本能をくすぐるらしい。

 女子の間では『王子』や『ユキ様』とも呼ばれている。

 人を寄せ付けない雰囲気を常に纏っている為、告白した女子は一人もいない。

 それ故ユキ本人は勿論、ハルもユキがモテてるとは知らない。


 一方、ハルは対照的に分かりやすくモテている。

 明るく男女問わず誰とでも気さくに話す為、告白して来る女子も多い。

 一八〇センチの高身長で黒髪の短髪に引き締まった体躯。

 黙って立っていれば血統書付きのドーベルマンのような凛々しさがありながら、常に笑顔で誰にでも愛想を振りまくチワワのような人懐こさがある。

 が、ハルの場合は『秘密』のこともあって、特定の友達や恋人を作ることをしていない。

 ユキを除いて、広く浅くが彼のモットーだ。

 それ故に時々二人の仲を勘違いされることはあるが、親友であり兄弟であり仕事仲間という関係だ。

 魂の奥深くで繋がっている、特別な信頼関係ともいえる。


「授業始めるぞ」


 チャイムと同時に教師が入って来たが、ハルは「保健室」と言って出て行った。

 それを教師は止めることなく、淡々と授業を始めた。


「ユキの居場所は?」


 教室を出たハルは廊下を歩きながらスマホを手にした。

 見た目は普通のスマホだが、ハルとユキが持っているのは組織からの支給品で高機能ハイスペック仕様となっている。

 人工知能AIが搭載されており、話しかけるだけであらゆる機能を使用可能だ。


 即座に画面に校舎内の見取り図が表示され、青い光が点滅する。


「屋上?」


 ハルが屋上に辿り着くと、昼休憩の時と同じ位置にユキが座っていた。

 手にはハルと同じスマホがある。


「何してンだよ?」

「仕事の準備」

 顔を上げることなくユキが答える。

「指令なんてまだ……」

「出てるよ、ボクに」

「ユキだけ?」

「そう。最近はよくあるんだ」


 そう言ってユキは顔を上げ、人差し指を口許に当てた。

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