第5話 そして、やっぱり騙される

「お邪魔しまーす」

 浩司がドアを開けると小夜が入って来る。

「え? 小夜? どうしてここに?」

 狼狽える樹生を横目に見ながら、小夜はスタスタとリビングの方に歩いて行く。


 それにつられるように大男も靴を脱いで上がってきた。

「なんでお前が人んちに勝手に……」

 そういう樹生を浩司は抱きかかえるようにしてリビングに連れて行った。部屋に入るとソファに二人が座っている。


 樹生にもソファに座るように言いおいて浩司はキッチンへ消える。そして、お盆の上にアイスカフェオレを4つ乗せて戻ってきた。浩司は空いているソファに座ると一口コップからアイスカフェオレを飲む。

「まあ、突っ立ってないで座れよ。ミキオ」

 腑に落ちない顔ながら勧められるままに樹生は腰を下ろす。


「さてと。稼ぎが何百万もあるから税金対策の為に受け取ってくれという話覚えているかい? これならWINーWINだし連絡してみないか、ってミキオが言ってた奴さ」

「ああ。絶対にやめろって。確か、世の中にはゾーヨ税というのがあるから結局は税金対策にならない。そんな取引は成立しないと……」


「良く覚えているじゃないか。あの時もうまい話には必ず裏があるって言ったよな」

「そうだけど、これとどう関係があるんだ」

 浩司はソファに寄りかかる。

「まあ、気もそぞろのようだから、最初に大事なことを言っちゃおうか。ミキオ、君は警察に追われちゃいないのさ」


「え? じゃあ、この男は警官じゃないのか?」

「いや、立派な警察官だよ」

 浩司の発言に大男はニヤリと笑った。

「立派かどうかは分からんが、さっき見せたのは玩具じゃないぜ」


 樹生は浩司の発言が理解できず混乱する。

「じゃあなんで俺はこんなことになっているんだ?」

「ミッキーが馬鹿だからよ」

 大男が言った。

「坊やだからさ」


「あ、そのセリフ、俺が言おうと思っていたのに」

「いいじゃないか。こういうのは先に言ったもん勝ちなんだよ」

「呆れた。何十年も昔のアニメのセリフの取り合いなんて大人げないんだから」

 自分そっちのけで盛り上がる面々に呆けた視線を向ける樹生。


 浩司がその様子に気づいて話を戻す。

「ミキオに運び屋をさせていた連中が特殊詐欺、昔はオレオレ詐欺って言ってたやつを計画してたのは事実だよ。ただ、彼らにとって不幸なことに別の事件で逮捕されてね。その計画は頓挫したわけさ。お陰で知らずに現金の受け取り役をやらされるはずだった誰かさんは危うく難を逃れたってわけさ」


「それじゃあ、今日の連絡とあのお婆さんはなんなんだ?」

「順を追って話すから、まあ聞いてろよ。でな、どうも主犯格の男が頻繁に連絡を取っていた相手がいるという話を聞いてピンと来たんだよ。こいつはミキオだと」


「なんでそんな話をコージが知ってるんだ?」

「叔父さんから聞いたんだよ。最近はこうやって運び屋に仕立て上げるんだってさ」

「おじさん?」

「ああ、僕の父の弟の順二おじさんだ。見た目に反して2課にお勤めだよ」


「なんだあ? 見た目だけなら組対向きだっていうんだろ。聞き飽きたぜ」

「何を言ってるのか良く分からないんだが……」

 樹生が呻くように言うのに対して浩司が端的に言う。

「要は警察官だってこと」


 浩司は話を続ける。

「小夜ちゃんからもミキオが携帯握りしめてイソイソどこかにいくことを相談されてたからすぐに繋がったよ」

「ミッキーったら最近上の空だったでしょ」


「まあ、ミキオがしたこと自体は罪に問えることじゃない。だから警察も公式には放置なのさ。それで、僕がミキオにお灸をすえることにしたんだよ。架空の特殊詐欺話を作って、ミキオにその運び屋をさせたんだ。あのお婆さんは、小夜ちゃんの入っている演劇サークルの主催者だよ」


「道を踏み外しそうな友達を更生させるためのお芝居に協力してください、って頼んだらすぐに引き受けてもらえたわ。これだけの手間ひまかけてるんだから感謝しなさいよね」

 小夜は腕を組んで樹生を睨んでいる。


「なんだ。じゃあ、今日のこれは最初からみんなグルでお芝居をしていたのか?! 俺がどれだけ死ぬ思いをしたか分かってるのか?」

「ああ。だから教訓になるんだろ。お前に単にこの話をしただけだったら、ふーんで終わってまた別の釣り針に引っかかるだけだと思うけど」


 青くなったり赤くなったりしていた樹生は次第に冷静さを取り戻す。

「そうだな。コージの言う通りだ。皆さん。どうも俺なんかの為にすいません。ありがとうございました」

 樹生は立ち上がって90度体を曲げる。


「そういう素直なところはいいんだけどねえ」

「その分、素直に騙されるんじゃ周囲はいつもヤキモキさせられるだろうな。さてと、俺はもう行かなきゃ。兄貴によろしく言っておいてくれ」

 順二はグラスの中身を飲み干し立ち上がる。


 玄関まで送って行った浩司が戻ってくると樹生にメールが着信する。種明かしをされて気が晴れた樹生がメールを読み進めるうちに慌てだす。

「なんか未解約の動画配信サービスがあって延滞金を払えってさ。裁判を止めたければ連絡しろだって。早く連絡した方がいいかな?」


「今時、そんな使い古された手口にひっかかる奴がいるとはね」

「なんか、私ちょっとこれからのこと考えた方がいいみたい」

「まあ、勝手に反応する前に相談するだけマシになったのかもな」


 二人の冷ややかな視線を受けて樹生はソファで身を縮こまらせる。だって、普通はびっくりして連絡しようとするだろ? しないの?




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やっぱり俺は騙される 新巻へもん @shakesama

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