第4話 助けを求めて

 どさりと落ちた紙袋を大きな男は拾い上げる。中を覗き込んでいた男は顔を上げると言った。

「さて、仲間はどこにいる。洗いざらい吐いた方が君の為になると思うがね」

「お、俺は頼まれて荷物を運ぶアルバイトをしていただけだ」


 男はせせら笑う。

「みな判で押したように同じことを言うんだな。俺は頼まれて荷物を運ぶアルバイトをしていただけだ」

 男は樹生の声真似をする。意外と上手だった。


「こうしている間にも本当に悪い奴は逃げちまうんだがな。トカゲの尻尾きりをされた挙句に逃げる時間を稼いでやるとは本当に馬鹿な奴だ」

 男は吐き捨てるように言う。

「さあ、特殊詐欺の運び屋くん。場所を変えてゆっくり事情を聞こうじゃないか」


 男の言葉が樹生の耳から脳に届く。特殊詐欺? その瞬間、樹生はだっと走り出す。身を強張らせて蛇に睨まれた蛙のように縮こまっていた樹生に油断していたのか男が伸ばした手の下を掻い潜り樹生は一生懸命に走った。大男は唇の端をゆがめて笑う。

「本名が分かってるのに逃げてどうするつもりなんだろうな?」


 男がすぐに追いかけてこないことを知って樹生は安堵するが、立ち止まらずに走り続ける。部活で鍛えた足には自信があった。そして、あることに思い至る。あの男は自分の本名を呼んでいた! 後ろを振り返り男の姿がないことを確認すると足を緩める。焦って追いかける必要がないから追いかけてこないのだということを知って樹生は絶望した。


 特殊詐欺ってどういうことだ? つまり、あの紙袋の中身はだまし取った金だったということなのか? いや、今はそんなことはいい。これからどうしたらいいのだろう。樹生は途方にくれながら行先を考える。家に帰るのは論外だ。きっと今頃はもう誰かに見張られているだろう。ひょっとするともう母親を訪ねているかもしれない。


 通りの向こうから自転車に乗った制服警官がやって来るのが見えて、とっさに樹生はわき道に入る。心臓をどきどきさせながら、知恵を振り絞るがいい考えは何も浮かんでこなかった。浩司、俺はどうしたらいいんだ? 困ったときに思い浮かぶのは浩司の顔だった。喧嘩したままだったが背に腹は代えられない。祈るような気持ちで電話をする。


「なんだ。ミキオじゃないか。珍しいな」

「ああ、コージ。今大丈夫か」

「家で勉強しているだけだ」

「今から家に行っていいか?」


 しばらく間が空く。ため息が聞こえた。

「お前がそういう声を出すときは切羽詰まったときだな。この前は確か一人で留守番をしているときに自宅のトイレのドアが開かなくなったときだったっけ?」

「困ったときだけ頼りにしてすまん。俺にはお前しか……」

「まあ、いいさ。来いよ」


 樹生は救われた気持ちで浩司の家に向かう。途中、パトカーを見れば顔を伏せ、交番を避けるようにして遠回りしながらなんとかたどり着いた。半開きの門扉をすり抜け家の玄関に立つと浩司が顔を出す。

「さあ、入れよ」


 階段を上がって浩司の部屋に行く。姿を消していた浩司がお茶のペットボトルとコップを持ってやって来た。

「今日も暑いな。まあ飲めよ。この世の終わりって顔をしてるぞ」

 樹生はお茶を立て続けにあおって一息入れた。


 途端にスマートフォンが鳴りだし樹生は飛び上がりそうになる。

「おい、電話だぜ。構わないから出ろよ」

 取り出して画面を見ると母親からだった。樹生は電話に出ずに呼び出し音を消す。


「いいのか?」

「ああ、それよりもコージに話を聞いてもらいたい」

「随分と殊勝なことを言うようになったじゃないか」

 浩司はあの時は関係ないと言ったじゃないかとは言わない。


「俺は今警察に追われているみたいなんだ」

「一体何をしたんだ?」

 警察という言葉が出ても浩司は別に動揺しない。いつものように淡々としたものだった。


「どうやら特殊詐欺に関わっちまったらしい」

「ふーん。良く分からないな。最初から話せよ」

「最初からってどこからだよ?」

「俺が知るわけないだろう。ただ、お前の金回りが妙に良くなったことと関係あるんじゃないか?」


 あのアルバイトの勧誘の話から今日までのことを樹生は浩司に話して聞かせる。途中、浩司は黙って話を聞いていた。

「すまん。あの時、お前に止められたのに俺がバカだった」

 樹生は浩司に頭を下げる。


「今更どうしようもないかもしれないが、俺はどうしたらいいと思う?」

「少しは反省したかい?」

「ああ。めっちゃ反省した。もう、2度と知らん奴からのメッセージに返事をしたりしない」


「どうかなあ。キミはお人よしでおっちょこちょいだからね。騙されやすいし、その上にそのことをすぐ忘れてしまう。まあ、いいところも多いんだけどね」

 浩司はクスクス笑う。そこへ家のチャイムが鳴った。しばらくしてまた鳴る。

「しつこいな。ちょっと見に行ってくるよ」


 浩司が階段を下りて行くのを樹生は階段の上から見送る。浩司の姿が消え、リビングのインターフォンで話す声がかすかに聞こえる。話していることは分かるが会話の中身までは聞き取れない。浩司が戻ってくるとそのまま玄関のドアを開ける。廊下にへばりつきながら目だけで下の様子を見ていた樹生は仰天した。さっきの大男だ。


 何かを話していた大男が興奮したのか大声を出す。

「いいかい。彼がここに居ることは分かっているんだ。匿うと君も犯人隠避の罪に問われることになるぞ」

 樹生はその発言にびっくりして腰を浮かす。浩司まで巻き込むことはできない。


 樹生はドタドタと階段を下りる。

「用があるのは俺だろ。そいつは関係ない。ちょっと話をしてただけだ。コージを巻き込むな!」

 精一杯虚勢を張った樹生の姿を面白そうに見ていた大男はゲラゲラ笑いだす。


「とんでもないバカの割には友情に厚いじゃないか」

 浩司が澄ました顔で応じる。

「そうでもなきゃ友達やってられないよ」

 そこへ再びチャイムが鳴った。

 

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