第3話 鳴らないスマフォ

 樹生が金銭的に依存するようになったアルバイトの連絡が来なくなったのは、夏休みが終わってすぐのことだった。以前は1日に1回はあった連絡が1週間経っても来なくなる。こちらからメッセージを送っても返事はなかった。樹生は途方に暮れて、いつも島田に会っていたオフィスビルに行ってみるが島田の姿は無い。


 ビルのどこかの会社に勤めているのだろうとの推測は出来たが、どの会社なのか分からない以上訪ね歩くわけにもいかなかった。そんな樹生の姿をじっと観察する男がいることに樹生は気づかない。男はどこかに電話をかける。その声は楽しそうだった。

「窪塚くんは右往左往しているよ」


 樹生はどうして連絡が来なくなったのかが気になって仕方ない。そのため、小夜とデートしているときでもスマートフォンが気になって何度も確認してしまう。

「ねえ。ミッキー。そんなにスマフォが気になるなら私帰るね」

「ごめん。小夜」


「前はさあ、私と会う時にはチラリとも見なかったのに、最近はスマフォばっかじゃん。私といるのがそんなに退屈?」

「いや。違うよ」

「じゃあ、何なの?」


 正直に話しても良かったのだが、一度浩司に止められたアルバイトを始めたのだとは言い出せなかった。

「もう、私帰る!」

 小夜は席を立つと帰ってしまう。


 ちぇ、そこまで怒るなんて。あいつが来たがってたパンケーキの店なのにさ。お店の人に詫びを言い注文を取り消して、慌てて小夜を追いかけるが外に出たときにはもう姿が見えなかった。電話・メール・メッセージ、どれにも反応がない。


 それから1週間というもの、学校で会って話しかけても小夜には取り付く島もない。思い余って浩司に相談しようとしても、先日関係ないだろ、と言った手前バツが悪くて話しかけることはできなかった。アルバイトの連絡もないまま、悶々とした日々を過ごしていた金曜日の夜に久しぶりの連絡があった。


『大島くん。連絡できなくてすまなかった。スマフォが壊れてしまってね』

『島田さん? 何かあったのかと心配しましたよ』

『申し訳ないね。それで、明日は予定はあるかい?』

『ないですよ』

『それは良かった。新しい仕事がある予定なんだ。また明日連絡する』

『わかりました』


 樹生は久々に連絡があったことにホッとする。なんだスマフォを壊して連絡が取れなくなるなんてしっかりしてそうで意外とドジなところがあるんだな。来月は小夜の誕生日だし、これで資金の心配はしなくてよさそうだ。後はどう仲直りするかだが、明日の仕事が終わってからゆっくり考えることにしよう。


 樹生が久しぶりにぐっすり眠って朝食を食べ着替えて待っているとスマートフォンが鳴動する。

『大島くん。それじゃあ、今日は受け取りだ』

『いいですよ』


 住所が送られてきた。

『それと、今回のお客さんは特殊でね』

『何がですか?』

『依頼人は別の人なんだ。用事ができて家の人に受け渡しを頼んでいるんだよ』

 なんだそんなことかと樹生は思う。


『分かりました』

『ただ、その人はちょっと高齢でね。話がうまくかみ合わないかもしれないんだ。そのときは、詳しい事は知りません、とでも言っておいてくれないか』

『ボケちゃってるんですか?』

『まあ、そんなもんだ。それじゃ、急いで行ってくれ。届け先は追って連絡する』


 樹生は地図アプリで住所を調べる。3つ先の駅だった。今までと違ったのは駅の近くではなく、1キロほど離れた住宅街の中だということ。これは急いで行っても片道30分以上かかる。樹生はどこへ出かけるかを聞く母親の声に生返事をしてすぐに家を出た。


 電車を降りて、残暑にあえぎながら目的地に向かう。着いてみると築年数は経っているようだがごく普通の一軒家だった。呼び鈴を鳴らすと中から高齢の女性が出てきた。

「大島です。受け取りに来ました」


 女性は慌てている様子で、樹生に質問をしてくる。

「それで、ダイスケはこれで首になったりしないんだろうね?」

 樹生は困惑する。事前に言われていなかったら、は? と聞き返しただろう。

「詳しい事は分かりません。僕はただ言われてきただけなので。ただ、早く持って行かないと僕が叱られます」


「ああ。そうだったわね。引き留めて悪かったわ。じゃあ、これを」

 高齢の女性から渡された紙袋は2重になっていてずしりと重い。今まではこんなことはなかった。

「それじゃ、ダイスケによろしくね」

 その声に送られて樹生は家を出る。


 一体どこへ行けばいいんだ? そう思う樹生のスマートフォンにメッセージ。送られてきた住所はいつも行っていたオフィスビルの近くの小さな児童公園だった。到着して見ると平日はタバコを吸うサラリーマンがたむろする公園に人影は無い。手の平に食い込む紙袋の重さに持ち手を変えながら樹生は公園に足を踏み入れる。


 ベンチと鉄棒、小さな滑り台があるだけの小さな公園だ。中を見回すまでも無く島田は来ていない。スマートフォンを取り出してみるがメッセージも着信していなかった。足音に振り返って見ると大柄な男が公園の入口に立っていた。眼光鋭いその男の顔にはなんとなく見覚えがあるような気がする。男は真っすぐ樹生の方へやってくると道を塞ぐようにして立ちふさがった。


「窪塚樹生くんだね。君を逮捕する」

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