第2話 あぶく銭
樹生の脳裏に疑問がよぎる。
「そんなの宅配業者に頼めばいいじゃないですか?」
「ああ。当然そう思うよな。ただ、宅配じゃ困るんだ。聞いたことはないかな、彼らは結構荷物の扱いが乱暴でね。一度利用したらひどい目に会ったんだよ」
島田は手をぱっと広げて見せる。
「中でサンプルが粉々さ。お客さんにこっぴどく怒られてね。それからは直接運ぶことにしているんだ」
それからいくつか樹生が質問するが島田はそつなく回答をする。ちょっとしつこいかと心配したが、イライラする様子もない。やがて樹生の疑問は尽きてしまった。アイスコーヒーはとっくに無くなっており、底に氷の溶けた水が数センチ溜まっていた。
「さて、これで疑いは晴れたかな。それじゃあ、今度は私の番だ。君はマジメそうだし、信用できそうだが、一度試させてほしい。これをこの住所に届けてくれないか」
島田は用意していたと思われる小さな紙袋と1枚の紙を取り出す。
樹生に差し出された紙には、電車で20分ほど乗った場所の住所が書いてあった。
「もし引き受けてくれるなら、これが今日の配達料800円と交通費だ。今日はお試しだが満足できる結果なら次回からの正式な仕事は1回千円になる」
樹生は頭の中で計算した。往復しても1時間弱、それで千円貰えるなら悪い仕事じゃない。それにお試しが800円というのもセコいが逆に信用できそうだ。
「じゃあ、やってみます」
「そうか、よろしく頼むよ」
実際やってみると拍子抜けするほど簡単な仕事だった。電車に乗って指定された場所に行ってみると駅の近くの雑居ビルで、1階は携帯電話ショップになっていた。ビルの横の入口に回ると男がいて声をかけてくる。
「大島くんだね。私が中村だ。荷物をもらおうか」
大島というのは樹生がとっさに名乗った偽名だ。なんとなく本名を名乗るのはマズイ気がして出まかせに言ったのだが特に詮索もされなかった。島田の言ったように、配達員かどうかを確認するために使うだけらしい。島田と似たり寄ったりの格好の中村は荷物と宛先を書いた紙を受け取ると樹生に帰っていいと言う。
あまりにあっさりと仕事が終わったことに拍子抜けして駅の方に向かって樹生は歩き出す。何の気なしに振り返って見ると雑居ビルから中村が出てきて歩き出すのが見えた。社会人てのは忙しいんだな、と思いながら樹生は家路につく。
夜になってメッセージが届く。
『大島くん。合格だ。ちゃんと無事に商品が届いたよ。次回からよろしく頼む』
こうして、樹生は隙間時間にできるアルバイトを始めた。依頼はスマートフォンへのメッセージで送られてくる。最初の1週間ほどは時間が合わないことが多かったが、次第に都合のいい時間に頼まれることが多くなった。
最初のうちは、島田と打ち合わせをしたコーヒーショップの近くの真新しいオフィスビルに呼び出され、そこで島田に手渡された紙袋を数駅離れた場所にある雑居ビルに運ぶ仕事ばかりだった。週に3・4回。月に1万5千円くらいになった。1回の所要時間は1時間かかることはなくほとんど疲れない。
そのうちに別の場所から荷物を受け取り、オフィスビルのロビーで島田に荷物を渡す仕事も始まる。木村だの、中村だの、佐藤だのが出てきて荷物を手渡してきたので島田に渡す。そのうちに島田に会い受け取った鍵でコインロッカーから荷物を取り出し、島田に荷物を渡すようになった。
夏休みになり授業が無くなると樹生への依頼は一気に増えた。それに伴って稼ぎも増える。ウォータースライダーや流れるプールのあるレジャーランドへ小夜と楽しく出かける頃にはすっかり島田から渡される金が生活に不可欠な金となっていた。段々と感覚もマヒしてきて、今ではロッカーからの荷物運びについても疑問を持たない。
炎天下に歩かなければいけないのは辛かったが大した距離ではなかったし、電車に乗ればクーラーが効いている。本当に楽な仕事だった。その割には数万円の収入になった。小夜とのデートでも相手の分まで払ってやれる。
「ねえ、ミッキー。無理しなくってもいいよ。自分の分ぐらい払うから」
「小夜。気にすんなって。これぐらいは大したことねーよ」
二人で花火を見に行った際も懐の豊かさは心地よかった。実はそれほど旨いと思わないリンゴ飴や取って帰ってどうするのか困る金魚すくいなど、金を気にせず小夜と楽しむことができる。小夜と一緒だとなんでも美味しく、なんでも楽しい。で色とりどりに照らされる小夜の横顔はとても可愛かった。
8月の末には、千葉県にあるのに東京を名乗る某有名テーマパークに出かけた。入場するだけで二人で万券が飛ぶ。以前の樹生だったら、とてもじゃないが来る気にはなれなかった場所だ。夜のパレードの時間まで遊び倒して帰宅する。小夜はとても喜んでくれた。
家まで送っていき、別れ際に樹生は勇気を振り絞ってキスをする。小夜との初キスに樹生は有頂天になった。それもこれも、あのアルバイトのお陰だ。夏休みが終わって登校すると浩司がやってくる。向こうから声をかけてくるとは珍しい。
「随分と派手に金を使ってるそうじゃないか」
「そうか? つーか誰からそんなことを聞いたんだよ?」
「それはこの際問題じゃない。金の出所はどこだ?」
「コージには関係ないだろ」
「まあ、そうだな。関係ないな」
浩司は一呼吸いれて言葉を続ける。
「お前がそういう反応をするときは、大抵後ろ暗いことがあるときだ。俺に隠れて小夜ちゃんと付き合い始めたのがバレたときもそうだったな。まあ、いいさ。幼馴染が奈落の底に落ちるのを心配しているのにそういう態度だものな」
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