ひまわりと雨

【お世話になりました】そうま

神様とか宗教とか、もうなくなれば良いと思っているわ

 馴染みの喫茶店のテラス席に座っていると、愛おしい声が聞こえた。

「ジラゾーレ、アンブロッソリ―を買ってきたよ」

「ありがとう。バルダッサーレ」

 この町は夏に雨が降らないの。太陽がジリジリと容赦なく私と彼の肌を刺し続けているけど、私たち2人の仲には敵わないと思ってた。敵うものなんてあるのかしら?

「君は本当にこの飴が好きだね」

「だって美味しいんだもの。バルダッサーレより好きかも」

「なんだって!? それじゃあこのアンブロッソリ―はあげられないなぁ」

 受け取ろうとした瞬間に彼はひょいっと飴の入った袋をを上にあげられちゃった。立ち上がって袋を取ろうとするともっと高くなる袋。太陽も一緒に取ってやる! って気持ちで両手を伸ばすと「可愛いなぁ」と言って抱きしめられてしまう。

「こーら、目立つところでイチャイチャしないでくれ。うちの店だけ変に目立って仕方がないよ」

「ごめんごめん、ジラゾーレが可愛すぎたんだ」

「それは同意する。ひまわりのような笑顔が今日も輝いているね」

「だろ、マスター。新聞の1面が僕たちのキスの写真になれば良いんだ。都会の悲しい騒ぎなんてもううんざりだろう!」

 そう言って、彼は照れてゆでだこなっていた私に口づけをする。


 こんな日がずっと続くと思ってた。ずっと2人で過ごすと思ってた。この町で結婚して2人で仲良く笑って過ごすって信じてた。……あの日までは。



 あの日は珍しく朝から曇り空だった。風も少し強かった。でもね、憂鬱な気持ちはまったくなかったの。彼と久々のデートの日だったから。彼が似合ってると言ってくれた黄色の洋服を着て、念のため傘を持って、いつもの待ち合わせ場所に向かってた。

「ジラゾーレ、ちょっと良いかい?」

 喫茶店の前を歩くと、玄関掃除をしていたマスターに呼ばれる。

「バルダッサーレのことで気がかりなことがあるんだ」

 腕時計を確認したらまだ待ち合わせまで時間があったから話を聞くことにしたわ。それに愛しい彼に関する話だから、少し遅れてでも聞くべきだと思ったの。カウンターの椅子に2人並んで座ったんだけど、マスターの顔は例えが思いつかないくらい青白くて、慌てて私はコップにお水を入れてマスターに渡したわ。

「近くで見ると本当に顔色が悪いわ。朝ご飯は食べた?」

「いや、私の心配は今は良いんだ。彼の話をしたいんだ。彼には口止めされていたが、君のご両親が彼と君の結婚を考えていると話していたのを聞いてね」


 そこで聞いたのは彼のお父様の話。お母様が早くに亡くなったとは聞いていたけれど、お父様のことはしっかりと聞いたことがなかったの。毎年夏の終わりに誕生日プレゼントを悩んでいたことだけは覚えていたんだけれど。

 彼のお父様は太陽を崇める新興宗教の教祖らしい、とマスターは言い出したの。そして語られたのは彼は物心がついた時は反発をしたけれど、今は時々その宗教団体のお手伝いをしているということ。最近都市部で起こっている数々の事件は、その宗教団体が関係しているということ。街から来たお客さんが昨日そう言っていて、気がかりだったマスターは見かけた私に声をかけたということだったの。

「ここ数日何も起こっていないだろ? なんか嫌な予感がしてな」

「まさか、バルダッサーレが自爆テロでもすると思う? 彼に限ってそんなことないわ。彼は素敵な人よ」

「俺もそう思うよ。……神のご加護があらんことを」


 待ち合わせ場所はいつもの公園のベンチ。毎日誰かが歌を歌ったり踊ったり、子どもたちは学校が終わったら遊んだりしていて楽しい場所よ。入ろうとすると真っ白な服を着た人に声をかけられたの。

「お前がジラゾーレか」

「え、えぇそうよ」

 知らない男性にいきなり「お前」って呼ばれてとってもびっくりしたの。そもそも小さな町で観光客も来ないような所だから、知らない人と会うことも少ないの。驚いてたら腕を掴まれて人影のない細道に引っ張られたわ。抵抗して声を出したけど誰も来てくれなかったの。

「離してってば!!」

「うるさい、お前は教祖さまの教えを直接聞くことを許された女性なんだ。ありがたいと思え」

「……教え?」

「そうだ。お前は教祖のご子息バルダッサーレ様と仲が良いんだろう」

 マスターの話が頭をよぎる。……まさか本当に、彼のお父様は新興宗教の教祖?

「ジラゾーレ、お前は誰も入ることが許されない寝室に入る許可を得た。側近の俺が知る限り、寝室への入室許可を得たのはご子息以外では初めてだ。簡単に言えば教えを受ける権利を得たと言える。ついてくるだろう?」

「ジラゾーレ! 行ったら駄目だ!!」

 振り返ると彼が大きく肩を揺らして立っていた。急いで走ってきたように見えたわ。

「バルダッサーレ様、何故止めるのです!?」

「先ほど父と話しました。僕は勘当されました。彼女に教えを与えるという話もなしになったそうです」

「くそっ」

 男性は唾を吐き捨てると細道の奥を走って行って、怖かった私は思わず彼の元へ走って強く抱きしめたの。

「嬉しいなぁ、君から積極的にスキンシップをしてくれるなんて」

「そんなこと言ってる場合!? 私とても怖かったのよ! マスターも心配していたんだから」

 涙が止まらなくて恥ずかしかった。

「……ごめんね。急だけど今から君のご両親と会えるかな。話が終わったら喫茶店へ行ってマスターに謝ろう」


 家にはちょうど両親が揃って居たわ。普段から父は仕事がある日でも何もない限り昼食は家へ戻ってきて食べていたの。リビングで彼はお父様のこと、勘当されたこと、私と結婚したいことを話したわ。

「残念だが、それはできない」

 静まり返った部屋に響いた予想外の言葉に私は驚いてしまったの。何度も父と彼は会っていたし、趣味も一緒で仲良くしていたから、許してくれるとばかり思っていたの。

「ジラゾーレ、私とお父さんも信者なの。貴女にもいつか入信してもらおうと思っていたの。貴女の名前もそのために名付けたのよ」

「お父さん、お母さん、嘘よね? 嘘よね?」

「残念ながら本当だ」

 そう言った刹那、激しい音で私と彼は引き裂かれたわ。悲しさを思う暇もなく2回の音が、今度は私と両親を引き裂いてね、もう、泣く気力もなかったわ。



「ごめんなさいね、我慢させてしまって。今もタバコの煙を見るとフラッシュバックが酷いの。病院にもまだ通っていて」

「良いんです、こちらこそ色々思い出させてしまって申し訳ありませんでした」

 事件が起きてすぐに彼女は名前を変えて街へと逃げた。田舎町は噂が広まるのが早い。歩いているだけで色々言われてしまう。きっと残ったとしても普通に暮らしていくことは難しかっただろう。

「問題がなければ、今は何をされているか教えて頂けますか?」

「街へ出る際にマスターも一緒に出てきてくれたの。喫茶店でウエイトレスをしてるわ」

「ありがとうございました。……おや、雨ですね。お送りしましょう」

「いえ、お気持ちだけでいいわ。少し濡れて帰りたい気分なの」

 玄関まで送ると、彼女は一礼して人混みの中へと消えていった。1時間に満たないインタビューであったのにも関わらず、痩せ細った身体と青白い肌が脳裏に焼き付いている。雨の音が酷い、これでは少しどころがびちょ濡れだ。慌てて彼女の消えた方へ走ったが間に合わなかった。一張羅のスーツが短時間の間で身体に張り付いた。生ぬるい感触が襲ってきた。

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