第10話「空賊、二人」


 たらり、と冷や汗を流すナッシュとは正反対に、イズミは「ほう」と感心したように呟く。


「ははぁ、なるほどなるほど。圧縮した空気の弾丸か。面白いものを持っているな」

「どうも」


 短く礼を言うカナリだったが、銃は決して下ろさず、その銃口をナッシュに向ける。

 今度は確実に当てるぞ、という無言の脅しである。

 さすがに焦ったナッシュは一歩後ずさると、両手を前に突き出して勢いよくぶんぶん振る。


「うわ、ちょ、ちょっと待てって。俺達はただ」

「出るなナッシュ、ありゃ本気だ」


 イズミがナッシュの方を掴んで、カナリの方を顎で指す。

 ナッシュは「ええー……」と困ったように眉尻を下げた。


「……まぁ、その反応は納得できるけどさ。どうするよ、イズミ」

「俺に聞くなよ」


 イズミは胸ポケットから煙草を一本取り出して、口にくわえる。

 それを見てカナリは、


「火、つけましょうか」


 と、明らかに親切ではない言葉を向けた。

 イズミは苦笑しながら首を横に振る。


「いんや、火は点けない主義なんでね」


 その、直後。

 またたきの一瞬に、彼は背負っていたはずのライフルを構えていた。


――――速い。


 カナリが驚いて目を見開く。

 イズミが構えたライフルの銃口は、カナリにしっかりと向けられていた。

 それを見てナッシュが「おいっ」とイズミに非難めいた声を上げる。

 だがイズミの目はカナリを向いたまま。

 そして、


「ナッシュ。撃たれるぞ」

「へ?」


 と、僅かな言葉の直後に、

 ダァンッ、

 と銃声が響いた。


「のうわ!」


 ナッシュは大慌てて飛びのく。

 ナッシュが立っていた地面からは、砂埃が舞い上がった。

 カナリの仕業である。

 脅してはいたものの、さすがに本人に当てるというのはカナリにも抵抗があったので、牽制を込めて足下に撃ったのだが。


「危ないって!?」

「ええ、危ないです。列車の時間に遅れるので、どいてもらえますか」


 カナリは地面を向けていた銃口を、再び上げた。

 ナッシュはそれを見て、多少の躊躇いはあったものの、腰に下げた剣を鞘ごと手に持った。


「俺達の質問に答えてくれたらな」


 ようやく覚悟を決めたのか、ナッシュの声は先ほどとは変わって凛としている。

 まぁ、さすが空賊を名乗ると言ったところだろう。


(……二人か、どうしますかね)


 カナリは二人を見比べながら、そう独り言つ。

 ナッシュは剣、イズミはライフル。前衛と後衛が揃っていて、組んで戦うには良いバランスだ。

 逆に言えばカナリにとっては良くない状況である。

 どちらを狙うべきか――そう考えながら、カナリはカチリ、と技巧銃のダイヤルを強化の方へ一メモリ分引く。


「残念ですが」


 近距離と、遠距離。

 この場を脱出出来れば、厄介なのは――。

 

――――ライフルの方。


 カナリは狙いをイズミに代えた。


「素敵な技術を傷つける、そんな輩に語る言葉はありません!」


 技巧銃から放たれた衝撃弾の軌道は、真っ直ぐにイズミ――のライフルに向けられる。

 だがイズミに避けるような素振りはなかった。

 それどころか待っていたかのように、カナリの衝撃弾に向かって、、、、、、、、ライフルを撃った。


 二つの弾はぶつかり合い、相殺されて地面に落ちる。

 イズミはヒュウと口笛を吹いた。


「へぇ、こいつはなかなかの威力じゃないか」


 楽しげなイズミに返答することなく、カナリはそのまま身体を低くし、ナッシュに向かって走る。


「おっと、逃がすか!」


 ナッシュは鞘をカナリに向ける。

 それに向かってもう一発、カナリは技巧銃を撃つ。

――――が、ナッシュの振るった鞘が当たり、狙いが大幅にずれ、衝撃弾はそのまま壁にぶつかる。

 ぶわり、と埃が舞った。

 結構な力で振るわれたそれに、カナリはたまらずよろけたが、それでもそのまま強引に二人の間を走り抜ける。

 イズミがカナリの腕を掴もうとしたが、その手は空をかいた。


「くそっ」


 やった、とカナリはそのまま大通りへ走る。

 あと一歩で、明るい日差しの下へ出られる――と思ったその時だ。


「何をしている!」

「わ!」


 カナリの視界が新緑色の服で覆われた――と同時にぶつかって、カナリは尻もちをついた。

 見上げると、ロンドサーク大陸の空軍の服を着た男が逆光の中立っている。

 

「げ!」


 それを見てナッシュとイズミは嫌な顔をした。


「ロンドサーク空軍か」

「ああ、軍人サンだ。こういう時は」


 ナッシュとイズミは顔を見合わせ頷く。


「「逃げるが勝ちだ!」」


 そしてカナリと軍人の横をすり抜けて、駆け出した。


「あ、こら!」


 軍人は追いかけようとしてはたと足を止めた。


「君も仲間か?」

「いえ、まったく」


 カナリはよっこらせと立ち上がり、自分のカバンを探った。

 そして何かを見つけたように取り出して軍人に見せた。

 それは銀色の板に鳥の紋様が刻まれた襟章だった。


「これは……ああ、群島諸国の」

「先ほどスターライトであの空賊に襲われて。追いかけられて迷惑したんです」

「そうですか。それは大変でしたね」


 納得したようで軍人は顔を緩めた。

 そしてふと思い出したように振り返った。


「ということはあれは空賊か! 待て!」


 そして軍人は二人の空賊を追って走っていった。

 ……とりあえず、何とかなったらしい。


「疲れた……」


 カナリがぽつりと呟くと、 

 ポ――――ッ、

 と、ふと耳に澄んだ汽笛が聞こえた。


「いい音……」


 そう思ってカナリは、はたと固まり時計を探した。

 近くにないと分かると走り出し、近場のガラス細工の店のショーウィンドウに張り付いた。

 探しているのは時計である。

 そうして目的のものを見つけた途端カナリの顔は青くなった。


 時刻は十三時と二分。列車の出発時間はしっかりと過ぎている。

 カナリはショーウィンドウから離れて全力で走り出した。

 向かう先は駅だ。走り回っていた為に駅からだいぶ離れてしまったようだ。

 はるか遠くの方で列車の上げる蒸気の雲が動いていくのが見えてカナリは足を止めた。


「……あー……」

 乗りそびれた。

 チケット代が無断になった以上に、列車に乗れなかった事が残念で、カナリはがっくりと肩を落した。



◇ ◇ ◇ ◇



 それからだいたい三十分くらいたった頃、カナリはニクスの町の外の街道を歩いていた。

 何故こんな所にいるのかと言うと、徒歩で次の町を目指すためである。

 列車の出発時刻に間に合わなかったカナリは、次のダスパール行きの時刻を調べたのだが、本日はあれが最後であった。

 明日まで待つという手もあったが、次の町までは徒歩で二時間くらいと聞いて、まだ日も高いしどうせならと歩く事にしたのである。

 何より、あのままニクスに滞在していれば、またナッシュとイズミに遭遇しかねない。それならばさっさと次の町へ行った方が賢明だと判断したからである。


 そうして道を歩いていると、不意に頭上で大型のグライダーの飛行音が聞こえた。

 グライダー好きなカナリは嬉しそうに見上げたのだが、目に飛び込んできたそれを見て、目を細める。

 飛んでいるのは新緑色の船だ。


「あれは確か、スターライトで……」


 そう、スターライトを最初に襲撃した方の空賊の船だ。

 船はカナリの頭上を飛んでく。その進行方向はカナリと同じだ。

 まさかとは思うけれど、今見つかったら先ほどの二の舞になるかもしれない。


 そう考えたカナリは、少しだけ道を逸れて進む事にした。

 町で見た地図によれば、右手に進めば小さな森があるらしい。

 森に入れば少なくとも頭上から発見される事はないだろう。

 そう決めて、カナリは森へ向かって走り出したのだった。

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鷹の目空賊団 石動なつめ @natsume_isurugi

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