初級英会話講座

阿井上夫

初級英会話講座

 妙に爽やかな雰囲気のピアノ曲が流れる中、

 ①ボウタイをしめた、学校名では所在地が分からない大学の教授、「仁科浩一」

 ②アシスタントを務める帰国子女アナウンサー、「安藤まなみ」

 ③視線の定まらない外国人女性、「ニーナ」(本名不明)

 が、並んで立っている。

(以降、発言者識別のために番号を会話文の前に付記)


 * 


 ①「おはようございます。初級英会話講座の時間がやってまいりました」

 ②「今日も私達と一緒に英語表現を学んでまいりましょう」

 ③「ヨロスクオネゲイシマスダス」

 ①「さて、本日の最初のセンテンスです」

 ②「まずはいつもの通り英語の表現から聞いてみましょう、それではニーナさんお願いします」

 ③「オネガイナレマスタ」


  What's your class?

  Repeat after me.

  What's your class?


 ①「相手に対する問いかけの表現ですね。それでは実際の場面を見ながら、正しい使い方を学んでまいりましょう」


 *


 夜の歌舞伎町。

 細い路地に面した店から、複雑な形状に頭髪を編みこんだ女性三名に見送られながら、身体の大きい男性が五名、姿を現す。

 そこに大通りから若い男性が駆け込んできた。

 驚く男達の目の前で、懐から拳銃を取り出す若い男。

「鷲尾ぉ、観念しろやぁ!!」

 若い男の視線の先、鷲尾と呼ばれた男性が、落ち着いた声で言った。


「お前、どこの組のもんだ?」


 *


 ①「はい、お分り頂けましたでしょうか。最近は外国人からの問いかけも考えられますので、英語で返答できるようにしておきましょう」

 ②「できるだけ落ち着いた声で切り返すのがポイントですね」

 ①「その通りです。では、もう一度おさらいしてみましょう。安藤さんとニーナさん、お願いします」


 安藤は一瞬露骨に嫌そうな顔をした後、小さく息を吐いてから、「虫けらを上から見下ろすような表情」で言う。


 ②「お前、どこの組のもんだ?」

 ③「What's your class?」

 ①「繰り返しましょう」

 ②「お前、どこの組のもんだっつってんだよ!」

 ③「What's your class?」


 *

 

 ①「よろしいでしょうか。それでは次のセンテンスにいきましょう」

 ②「まずは英語の表現から、ニーナさんお願いします」

 ③「ガテンショウチノスケネ」


  It's high-quality! How much?

  Repeat after me.

  It's high-quality! How much?


 ①「価値の確認に用いられる表現です。それでは実際の場面を見ながら、正しい使い方を学んでまいりましょう」

 

 *


 夜の歌舞伎町。

 若い男が震える手で拳銃を握り締めながら叫ぶ。

「往生せいやぁ!」

 乾いた発射音。

 銃弾は鷲尾の腹部に着弾し、その衝撃で鷲尾は後ろに倒れんだ。

 しかし、即座に地面で上体を起こすと、腹を押さえながら鷲尾は言った。


「上等だ、なんぼのもんじゃ!」


 *


 ①「はい、これもよく使われる表現ですね。自然に口から出るようになんども繰り返し練習しておきましょう」

 ②「とっさの時は慌ててしまって、なかなか難しいものです」

 ①「そうですね。では、こちらももう一度おさらいしてみましょう。安藤さんとニーナさん、お願いします」


 安藤は再び一瞬露骨に嫌そうな顔をした後、小さく息を吐いてから、「痛みを堪えるような表情」で言う。


 ②「上等だ、なんぼのもんじゃ!」

 ③「It's high-quality! How much?」

 ①「繰り返しましょう」

 ②「こん餓鬼ぁ、上等だ! なんぼのもんじゃ、われぇ!!」

 ③「It's high-quality! How much?」


 *

 

 ①「よろしいでしょうか。それでは最後のセンテンスにいきましょう」

 ②「まずは英語の表現から、ニーナさんお願いします」

 ③「オケタマワッタデゴザル」


  I have a present for him. I will stay and talk to him with my love.

  Repeat after me.

  I have a present for him. I will stay and talk to him with my love.


 ①「感情の籠もった良い表現ですね。それでは実際の場面を見ながら、正しい使い方を学んでまいりましょう」

 

 *


 組事務所。

 直立した男性が涙を流しながら語る話を、椅子に座った男性が目を瞑ったまま黙って聞いている。

 座った男性の隣に立っていた目つきの鋭い長身の男が、無理に感情を押さえ込んだような声で言った。

「このまま黙って見過ごすことは出来ませんね」

 座っていた男性は目を開く。

 瞳の奥に憤怒の焔を見た長身の男性は、思わず息を呑んだ。

 座っていた男が口を開く。


「むろん、お礼参りじゃ。いてこましたる!!」


 *


 ①「はい、これは少し高度な表現ですが、重要ですから忘れないようにしておきたいものです」

 ②「ここから先の展開を決める重要な表現ですね」

 ①「その通りです。では、こちらももう一度おさらいしてみましょう。安藤さんとニーナさん、お願いします」


 安藤はやはり一瞬露骨に嫌そうな顔をした後、小さく息を吐いてから、「何人か地獄送りにしたことがありそうな表情」で言う。


 ②「お礼参りじゃ。いてこましたる!!」

 ③「I have a present for him. I will stay and talk to him with my love.」

 ①「繰り返しましょう」

 ②「お礼参りじゃあ、熨斗つけて倍にしてかえしたれ! あんじょういてこましたる!!」

 ③「I have a present for him. I will stay and talk to him with my love.」


 *


 ①「よくできました。今日の表現を繰り返し練習して、兄貴初心者の方はいつでも使えるようにしておきましょう」

 ②「国際化の波がすぐそこまできております。いつマフィア相手にドンパチすることになるか分かりません」

 ①「そうですね。では、本日の『初級英会話講座 ~今日から俺も兄貴分~』はこれで終了いたします」

 ②「また来週お会いしましょう」

 ③「サトナラサンカクゥ、マタキタシカクゥ」


 *


 妙に爽やかな雰囲気のピアノ曲が流れる中、画面がフェードアウト。

 その後、『鷲尾の苦悶の表情』が表紙になった、英会話テキストの紹介が差し込まれる。


( 終わり )

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