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視界を切り替えると白が流れる青。下は見えないがこちらも青だろう。発艦してから二時間。サイパン島は一時間ほど前に通過した。サイパン島上空では針路を北から西に変えた。目標艦隊に正面から接近しているはずだ。
さらにしばらく西に進んだところで眼下に十もの黒い紡錘が海に浮いていた。右手前方だ。十隻で輪形陣を形成し、東へ進んでいる。さて、ここからが本番だ。
偵察情報を母艦に送信する。編成空母二、戦艦二、巡洋艦四、駆逐艦二。位置北緯15度56分、東経143度52分。しかし用いるのは量子通信ではなく、電波通信である。暗号は二十一世紀のコンピュータ通信にて利用される公開鍵暗号ではなく、大日本帝国海軍が太平洋戦争時に用いたD暗号を使用。加えて当時と同じようにモールス信号で送信を行った。
ここまでやって気付かれない訳はない。直掩機が後ろから迫ってくる。曳光弾の混じった銃弾を浴びせてくる。機体の色は暗緑色。主翼と胴体には
これで第一段階クリア。
針路を南西に変え、逃走を図る。白夜と冥霞によって最高のエンジンオイルと高オクタン価ガソリンを与えられた艦上偵察機彩雲の最高速度は毎時六九五キロメートルを誇る。実戦において当時米海軍の主力艦上戦闘機であったグラマンF6Fヘルキャットの追撃を振り切り、「我ニ追イツクグラマン無シ」と電文が発せられるほどの海軍最高速機である。
しかしながら、距離を詰められてしまう。元々振り切る予定ではなく、何とか追いつけるぐらいの距離感を維持する予定だった。しかし、速度が六〇〇km/hを越えても二〇ミリを叩きこんでくる。さらに増速。牽制に七.九ミリをお返しする。追手が回避運動をした隙に六五〇を越える。この速度に追いつける日本海軍機は存在しないはずである。
敵弾が主翼を掠める。四条の二〇ミリを回避し続けるのは難しい。しかし、予定時間より早いが、予定地点に到達した。これ以上の追い駆けっこは必要ない。思いがけずこちらの情報を与えてしまったが、こちらもそれに見合うだろう情報を入手できた。
第二段階をクリア。
二〇ミリが機体を貫いた。全幅一二メートルを超える斜陽を携えた艦上機を鉄屑に変えた。
◆
「彩雲が撃墜されました」
「予定通り、一次攻撃隊発艦」
信濃の艦橋に立つ白夜の指示に従って、飛行甲板に並べられていた烈風十六機、流星二十四機、さらに早期警戒管制機E-2D一機が一機また一機と飛び立っていく。
「
白夜はシナノから報告を受ける。電文で送った内容だけでなく、飛行甲板に日の丸が描かれた二隻の航空母艦や同じく日の丸が描かれた暗緑色の迎撃機、さらにその迎撃機が六五〇km/hを発揮した彩雲に追い付き撃墜せしめたことを。
「面白いわね。燃料とオイルを変えた私たちの彩雲に追い付ける日本機だなんてね」
窓際で話を聞いていた冥霞が口を挟む。
「相手する身になると面倒くさいだけだ。そういえば冥霞は俺に全部押し付けていたな」
さほど昔と呼称するほど昔ではない昔話しを口にしながら、小言を入れる。
「別にいいじゃない。あんなの相手になんかしたくなかったし。それよりも――」
「ああ、俺たちを同じことをしたらあり得るな」
お茶らけていた空気が一気に引き締まったのをシナノは感じた。
事実、太平洋戦争末期に様々な物資が枯渇した日本は高品質な航空燃料やエンジンオイルを供給できなくなっていた。各戦場において大日本帝国陸海軍の航空機を鹵獲した米軍は自軍の100オクタンガソリンとエンジンオイルを用いた試験を行っていた。ここでは、帝国軍内で最高とされていた速度がことごとく更新されることになった。中には自軍の航空機の性能を圧倒する機もあったほどだ。
「海軍が実戦投入した艦上戦闘機は零戦、紫電改二、烈風。この中で最高速度が六〇〇を超えているのが紫電改二と烈風ね」
「どっちも六五〇は出そうと思えば出せるだろうな」
二人はこれ以上絞り切れずに唸る。こちらと同じ零式艦上戦闘機の後継機である烈風か。または烈風までの繋ぎとされた元水上機の紫電改二か。
一巡り悩んでいると冥霞が「あっ」と声を上げる。
「シナノ、この前みたいに画像ないの?」
「はい、ございます」
そう答えると、シナノは窓の上に設置されているディスプレイのいくつかに画像を表示した。
「この画像、主翼のところを拡大」
画面いっぱいに迎撃機の主翼が広がる。大日本帝国海軍の戦闘機らしく、暗緑色の主翼の前縁には胴体から中程までが黄色に塗装されている。今回着目するのはこの主翼の形状。これを見れば彩雲を撃墜した機体が烈風か紫電改二か判断できる。烈風の主翼は中程を境に外翼側に上反角がつけられている。紫電改二の主翼は付根から翼端まで真っ直ぐである。
「これは……」
「面白い取組になるな」
黄昏の艦隊~The Twilight Fleet~ 柱島頼 @hashirajima
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