ひそかな恋心

月🌙

第1話

 澄み切った青空。

 ゆるやかに流れる風。

 潮の匂い。

 蝉の声。

 私の心もこの夏のように暑く、蝉の鳴き声のように煩く鳴っている。


 その理由は何故か――それは簡単。

私は、私の隣で本を読んでいる男子に恋をしているから。


 彼は、俗に言う文学少年である。

現に今も『星を継ぐもの』という本を寝転びながら読んでいる。

私はそんな彼に少しでも近づきたくて、文学部に入った。

 寮の部屋みたいで室内は狭くクーラーも無い。中には暇潰しで持って来たゲームとかフィギュアとかも置いてある。

それに、部員は私と彼の二人ではないので二人っきりになる事もない。


「ふぅ……」


 暑くて頬から汗が流れる。床に置いている麒麟レモンのジュースの周りには滴がいくつも付いている。

ツーッとペットボトルの回りに付いている滴が流れた。

 私は横目でチラリと彼を見る。彼は涼しげな表情で黙々と本を読んでいた。

 するとその瞬間、彼と目が合った。


「っ!!」


 私は慌てて彼から目を逸らし、何事もなかったかのように窓の外を見る。窓からは海が見え、カモメが空を飛んでいた。

 外を見ているとふわりと風が吹き、窓に干してある他の部員の洗濯物が揺れ、風に乗って海の潮の匂いが鼻腔を掠めた。

それが心地よく、私はその気持ち良さに目を閉じた。汗ばんだ体に風が当たり、少しだけ涼しくなった気がする。

 ふと、私は小説の案が浮かび半分のページにその案を書き出して行く。

 カリカリ…カリカリ…とシャーペンを走らせる音が鳴る。そして、思いついたことを書き記すと私はもう半分のページでまた絵を描き始めた。


 オレンジ色のヘッドホンからは、心を少しでも落ち着かせる為に癒しのBGMが流れている。


 横目で彼を見ていると、ふと私は気づいた。

 涼しげな表情をしているが、よくよく見ると彼の体からも汗が流れていた。


(なんだ、やっぱり暑いんだ)


 私はシャーペンを置いて、近くにある扇風機のスイッチを入れ彼に向ける。すると、彼は私を見てニコリと微笑み「ありがとう」と言った。

 ヘッドホンをしているから言葉は聞こえなかったけど、口の動きで何を言っているのかはわかった。

 私は、また何事も無かったかのように元の位置に座り込み、今の表情を忘れない為にノートとシャーペンを持って絵を描き始める。


 私のもう半分のページ。

 私がずっと描いている絵——それは好きな人の肖像画。


 この恋をまだ打ち明ける事は出来ないけれど、いつか打ち明けたい。


 夏は、まだこれから。

 私の恋も、まだこれから。


 打ち明けるその時までは、この恋は誰にも言わないつもり。


 私の秘かな恋……私だけの恋心だから。


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ひそかな恋心 月🌙 @Yodu1026ki

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