7/世界が終わるとしても、娘かもしれないし一緒にいこう

 ゆりは、この世界エーデルシャットの仕組みについて語り出した。


「『無』になって、また最初の『存在』が生まれて、『種』が生まれて『芽』ぶき、菩提『樹』様が育ち、やがてまた『ゆり』が生まれて、そしてまた焼かれて『無』になる……その繰り返しが、『優しい』んだよ?」

「でもそれじゃ。すぐに滅んでしまう世界で、ゆりは何で生まれてきたんだ?」

「う~ん。見届けに、きたのかな。生まれて。無くなって。繰り返される中でその時だけはある『世界』を。誰も覚えていてくれなかったら、寂しいんだよーう」

「ゆりは、それでイイのか?」

「イイ? っていうか……ゆりはもう、生まれるの一万九千四百二十四回目だよ?」


 何を今更? というようにゆりは目をパチパチと瞬かせる。


 ゆりが語った「世界」のあり方は、いわゆる「輪廻転生りんねてんしょう」だろう。


「それが、この『世界の理』ってことなのか」


 口をだすべきことでは、ないのかもしれない。


 俺が生きていた世界でも、とくに仏教方面の考え方をするなら「輪廻転生」は馴染深い。


 生きとし生けるもの――人も、動物も、草木も、世界も、いつかは必ず「死」がおとずれて。また次の「生」に転生して繰り返しながら続いていく。そういった考え方は、強く信じるかはともかく、俺も感覚としては分かる。


「納得が、いきません」


 ミフィリアの凛とした声が場に響いた。


「ゆりは、私に口笛を教えてくれました」


 口笛で鳴らした楽しい雰囲気とは少し違う、強い芯が通ったこえで。


「『世界の理』というのをよく理解していませんが、ゆりが消えてイイとは思いません。私、おかしなことを言ってるでしょうか?」


 ミフィリアは、毅然きぜんとしてる。


 いや、これは。


 ミフィリアえらい。


 俺が忘れてしまっていたようなものを、まだ持ってるんだ。


「世界の方を、変えたい、か」


 死んだせいか、悟り過ぎるところだった。


 ゆりが、自分の娘だったとして。


 来世での幸せを願ってねと、俺は教えるだろうか? たぶん教えない。教えれない。


 宗教的にはあり得る考え方だとは思うが、俺はそこまでの境地に至っていたか? 違う。俺の愛は、まだまだ俗物のものだ。


 よし。


「ゆりを助ける。ミフィリア、力を貸してくれ」

「はい!」


 娘がもしも悟り過ぎてしまっていたら、俺はどうするだろうか?


 決まってる。話してみるのさ。ウザがられたりしちゃったりしても、三日三晩も話す勢いで。


「ゆり。どーよ。森羅しんら万象ばんしょうが上手く回っていたとしても、ゆりの次の世界には、ミフィリアはいないぞ」

「それは……」

「ゆり。その。あなたは。ええと……」


 ああ。「わくわく」と同じで、ミフィリアはその言葉も知ってはいるけど、ピンときてはいなかったんだったか。


「ゆり。ミフィリアはたぶん、こう言いたいんだ。ゆりは『友だち』だと」

「そう。『友だち』です。概念だけは知ってましたが、ようやくピンときました。こういう気持ちなんですね」

「ゆりも、ゆりだって、ミフィリアちゃんは『友だち』。あぐあぐ、この気持ち、知ってるんだけど、何だっけ。またキスすればイイの? そーじゃなくて、キスも何も、あったことも、これからのことも、なかったことになっちゃうのは。あぐあぐ」


 ゆりも、波立つ自分の心に戸惑っているようだが。


「ゴメン、横からカタチを押しつけるようで悪いんだけど。ゆりのその感情の名前は『寂しい』じゃないか? ゆりは、ミフィリアともう逢えないのを『寂しい』と感じてるんじゃないか?

 ゆり、さっき『世界』に対して『寂しい』って言葉を使ってたけど。人間に対しても、その感情があてはまるってことを、ゆりは……」

「私は、『寂しい』ですよ。ゆりと、友だちと逢えなくなるのは、『寂しい』ですよ」

「そうだよ、ピョン吉くん。ゆり、『寂しい』の。次の世界ではもうミフィリアちゃんと逢えないのが、『寂しい』のッ!」


 その時、ゆりの胸から光輝く「きゅう」が現れた。


 ミフィリアの時と同じだ。神玉しんぎょく。だったか。


 ということは……。


 状況は切羽詰まっているが、やはり大事なことなんだろうと、俺がそっと人差し指で現れた神玉に触れると。


 ◇◇◇


 俺はまた、不思議な世界に立っていた。


 福禄寿ふくろくじゅ様によると、「浄土じょうど境界きょうかい領域りょういき」だったか。


 雪が降る暗闇の中で、常夜灯じょうやとうのアカリだけが存在の意味を照らしている。


 灯りに照らされるように、またお爺さんが立っていた。


 風折りえぼしをつけていて、とても貫禄がある。


「吾輩は、えびすだピョ~ン」

「お。メジャーなのが来ましたね」


 恵比寿えびす様。


 あくまで、俺がいた世界の日本ではということになるが。七福神の中でも有名な一柱であろう。


「マジ、見事な福耳なんスね」

たい、いっとく?」

「生はちょっと。それより、恵比寿様の神玉も俺が受けとっちゃってイイんですかね」

「君の縁起が我ら七人と関わっているのだからね。所有も。所有しないもない。最初から、神玉も、七福神も君と共にあるのさ」

「はあ。よくは分かりませんが。では、いつか七つ集まったら大事に使わせて頂くっス」

「ほほーい。あっという間に時間だぴょん。交信が切れる前に、ワシからも一つだけアドバイスしておこう」


 恵比寿様の、陽気な声が場に響く。


「福禄寿も、信じてはならないピョ~ン」


 まただ。世界が暗転した。


 ◇◇◇


 気がつくと、目の前には、自分の気持ちを言葉にして体を打ち震わせているゆりの姿があった。


 エーデルシャットに、戻ってきたか。


 うむ。こちらも、ゆりという一人の女の子にとって大事なところであった。


「ゆりも、寂しい……。もうミフィリアちゃんと逢えないのは……寂しい!」


 ゆりの純心が、言葉になって木霊こだまする。


 あ。何か、俺まで気持ちイイ。はっきりと「寂しい」って言えるのって、イイよね。


 だったら……


 これも一つの「解脱げだつ」なのか? 哲学的な話は一旦置いておいて、俺も娘かもしれない女の子に「寂しい」想いはさせたくない。


 よし。


「イフリートを倒す。ゆりが抱いた二つの『寂しい』。

 世界が終わるのに誰も覚えていない『寂しい』と。

 ミフィリアともう逢えなくなる『寂しい』。

 どっちも解消するなら。イフリートを倒して今回のエーデルシャットの世界を続けさせつつ、ゆりはミフィリアと一緒にくる。この案が、良さ気じゃないか」

「ゆ、ゆりがいなくなって、イフリートも倒して今回のエーデルシャットが続いちゃうと、どうなるの?」

「それは、分からないけど。モサモサと、それなりに茂っていったりするんじゃないか。俺は神様じゃないから、分からない。人生も世界も、続けてみないとどうなるかなんて分からない」

「ゆり。それが、わくわくエモンでもあるのですよ」

「不思議。ピョン吉くんとミフィリアちゃん、不思議な考え方する!」

「うむ。それでその不思議な考え方。ゆりはどうなんだ。わくわくエモンな感じか、わくわくエモンじゃない感じか。自分の直感を信じてみて」

「それは……、はわわ、この言葉、一万九千四百二十四回生まれてきて初めて使う。『わくわく』エモンだよ! 『わくわく』なんだよーう。『エモン』って何!?」

「よし。同意してくれたと解釈するぞ」


 となると、やはりイフリートをどうするかだな。


 「ことほぐしLv.100」でマッサージしたら、気持ちよくなって帰ってくれたりしないかな。


 その時である。


 ミフィリアが左腕を天高く掲げた。


「ピョン吉様。その、自分でも何かは分かりませんが、今から私に何かが起こります」


 人生には……と前置きするのは大袈裟だが、一見大変なことだと感じられたことが、後になって振り返ると素晴らしいことが起こる予兆だった、ということがある。


「ミフィリアの左腕。そういえば、ガンダーラで最初に逢った時、痺れていたやつ!」


 俺が「ことほぐしLv.100」で「ほぐし」たわけだが。


 あ。そういえば、菩提樹様もマッサージしてやったら、より茂ったりしたな。


 長年マッサージ師やってたけれど、生前はまだ気づいていなかったある直覚が、俺に降りてきた。


 「ほぐす」って、何らかの可能性を解放する・・・・・・・・ことでもあるのか?


 天に掲げたミフィリアの左腕から、光の輪が現れた。峻烈しゅんれつな輝きで、世界を眩く照らしている。


「ピョン吉様、何でしょう? これ?」

「天使の輪……のような。あるいは、古代インドの投擲とうてき武器のチャクラムみたいな。あ、ミフィリア、それ回転させられたりしない?」

「こうでしょうか?」


 チャクラム(仮)が、ゆっくりと回転を始める。おお、やっぱり、ミフィリアにコントロール権があるらしい。


 その時だ。


「どうも。これ、彼女の『スキル』だ」


 頭に響いてくる、この声は。


「大仏様……! おもむろに現れるんですね! それは、俺の『ことほぐし』みたいな?」

「そう、君が生きてた世界でも『才能』とか呼ばれていただろ? 現れ方は『外の世界』とは違っていたと思うけれど。

 でもこれ。詳細は不明。

 自発的に現れるのは珍しいね。

 前にはなかった展開だ。私、ちょっと興奮してるヨ」

「大仏様の興奮は、今はイイです!」


 何のスキルかは分からないとのことだが、光の輪、回転、俺にある考えが閃いた。


「なんか、いたりできそうじゃないか?」

「八つ裂くって、何をでしょう」

「そりゃ、この流れ的にはイフリートをだろ」

「ええ? これで、攻撃するということですか?」


 俺のこの見解には、大仏様も考察を述べた。


「まだ、攻撃系のスキルかは分からないヨ。あ、でも君は『ことほぐしLv.100』の『目力めぢから』でものごとの本質が『観』えるから、もしかして合ってる?」

「なんか、行けそうな気がするんでやってみましょう。ミフィリア、その光の輪、イフリートに向かって投げてみて」

「や、やってみます」


 ミフィリアは振りかぶって、左腕に勢いをつける。


「よし、今だ。必殺技名を、叫ぶんだ!」

「必殺技って、何ですか?」


 そうか。ミフィリアはマンガとかアニメとか無い世界の人だったな。


「じゃあ、便宜的に俺がつけちゃうぞ。『気縁斬きえんざん』でいこう」

「き、きえんざん!」


 ミフィリアは光輝くチャクラムを、イフリートめがけて解き放った。


 が、どうもスピードも遅いし、回転も弱いし、覇気のようなものが薄い。


 まだ、攻撃力が足りないなと思った俺は。


 すぐさま走っていって、チャクラムに飛び乗った。


 「ほぐす」という概念と「可能性を解放する」という概念が重なるのであれば、できるはずである。


 俺は、スキルをオンにして、チャクラムないし「気縁斬」にマッサージをほどこした。


 モミモミすれば、数倍の大きさに。


 もっとモミモミすれば、「気縁斬」は百倍の大きさと回転力になった。


 モミモミ。モミモミ。


 なんか、いけそう。


「八つ裂くぜ!」


 イフリート、恨みはないが消えてもらう。ゆりは、俺の娘かもしれないんでな。


 俺は、攻撃力が何万倍にもなった「気縁斬」を外宇宙から迫ってくるイフリートめがけて撃ち放った。


 と同時に、俺は後ろに飛びのいて離脱する。


 「気縁斬」は一気にエーデルシャットの圏内を抜けて、そのままイフリートを直撃。大魔人の胴体を真っ二つにし。さらに拡散して八つ裂きにした。


 爆散するイフリートを遠方に見上げながら。


「ちょ、ちょっと可哀そうなくらいだが、すまん。追い払うだけみたいには力の調整ができなかったんだ」


 イフリートに対して、黙祷もくとうを捧げていると。


 俺たちを包むように世界が輝き出し、上空に「宝船」が現れた。


 いよいよ、この世界での時間が終わるようである。


 これ、またキャトル・ミューティレーションされるみたいに吸い込まれるんだよな。


「ゆり」


 「宝船」から降りてくる光の中で、俺はゆりに手を差し伸ばした。


「続いて行くこの世界の結末も、終わらないゆりの人生がこの後どうなるのかも、俺には分からないんだが」


 ぶっちゃけ責任も持てないかもしれない。それでも、俺には確信を持って伝えられる言葉があった。へぇ。俺ってこういうのを信じてる人間だったんだ。死んでから気づくなんて。


「『友だち』と『家族』と一緒にいるのはイイぞ。共に、行こうぜ!」


 ゆりは、俺の手を取った。


「うん! 行く! わくわくエモンだよ! ピョン吉くんは、わくわくエモンな言葉いっぱい知ってる! わくわくエモン吉くんだよ!」


 「宝船」から照らされる光の中で、俺とミフィリアとゆりは手を繋いだ。


 俺が信じていたものだから大事にしたい。本当の娘かは分からないけどゆりと俺は家族で、ゆりとミフィリアは友だちだ。


 天の「宝船」に吸い込まれる前に、今回も「世界」を眺望ちょうぼうできた。


 本来ならば「循環」の中に組み込まれていた少女を、連れ出してしまったけれど。


 ゆりがしばらく留守であるなりに、「輪廻」の手前でほどよく茂っていってくれ。


 ある種の「ゆらぎ」をはらんだ深緑で光る世界に対して、俺は再びこう言葉を紡いだ。


「縁があったら、またな!」

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生き別れた娘が誰に転生してるか分からない 相羽裕司 @rebuild

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