6/キスがうまい女の子が、草木の少女を目覚めさせる

 さて、やはりそんなにも時間はかからなかったな。菩提樹の目の前まで着いたぞ。


 改めて近くで見上げてみると。


「グレートな樹だ」

「大きさだけじゃなくて、なんと言いますか、キラキラしてますよね」

「菩提樹様は毎回、この日は『ばよよ~ん』ってなってるんだよ~」


 はて。今のゆりの言葉はちょっと気になるな。


「ゆり。『この日』って、今日はこの世界では何か特別な日なのか?」

「ゆりが目覚めた日は、エーデルシャットの『サンサーラ』の日、だよ~」


 ふむ。ざっくりと解釈してみるが、菩提樹とゆり。この二つの存在はこの世界で何か重要な意味があるらしい。今日は、その二つの存在が出現している日であると。


 菩提樹様を調べてみれば、もっと何か分かるかな?


 スキル「ことほぐしLv.100」をオンにして「目力めぢから」を強化して、菩提樹をよく観てみたところ。


 果たしてこの世界の神様なのかとか、そういうことはよく分からなかったが、俺としては。


「気になるな」


 遠くから見ていた時は気づかなかったが、十分大きくて雄大な樹だけど、何というか、もうちょっとイケそうな気がする。


 不調、というのとは違うが。


 もっと可能性があると感じるのである。菩提樹様、「ほぐす」ともっとイイ感じになりそう。


「ゆり、菩提樹様にマッサージしてイイ?」

「樹木にマッサージですか? ピョン吉様の発想には、時々驚かされます」

「俺もやったことはないんだけどさ。何か、今ならできそうな気がするんだよな」

「ゆり、よく分からないけど。イイ感じになるなら全然オッケーだよ~う。やっちゃって、やっちゃって!」


 そうか、ゆりもそう言ってくれてることだし。では。


 俺は、菩提樹に両腕の掌で直に触れて、スキルをオンにした。


 うん。やっぱりこれは、ほぐせそうだぞーう。


「モミモミする感じでいくぞい」


 俺が、菩提樹様にモミモミとマッサージをはじめると。


「はふぅ」


 ゆりが後ろで声を上げた。


 モミモミ。


「はぁう、はぁう~」

「ピョン吉様、その、ゆりが気持ち良さそうです!」


 ゆりは草原に横になって、体をくゆらせている。


 ああ。さっき言ってた、菩提樹様とゆりは同じ存在っていうやつ?


「気持ちいぃ、何コレ、気持ちイイんだよ~う」


 ゆりの方も気持ちイイんなら、まあイイか。


 菩提樹様の方も、俺がモミモミする度に何らかの制限が「ほぐれ」、ちょっと枝が伸びたりさらに葉っぱがフサフサになったりしてる。菩提樹様が、よりキラキラになってゆくのだ。


 そんな感じで、しばらく。


 モミモミ。


 モミモミ。


「よっし。心ゆくまでモミモミしちゃったゾ」


 一通り、菩提樹様を「ほぐし」終えると、大地に寝転がっていたゆりはハァハァと吐息を吐いて恍惚こうこつとしていた。


「ゆり、新しい可能性感じちゃった。こんなゆり、はじめて」


 それは良かった。


 しかし、菩提樹様もゆりもイイ感じになったのはめでたいが、特にこの世界が何なのかとか、ゆりが俺の娘なのかどうなのかとかは分からなかったな。


 これ以上いても、何かがいきなり分かったりということはない気がする。


 マッサージしてみての、しばらく時間が経っての菩提樹とゆりの状態も見てみたいしな。


「じゃあ、寝るか」

「そう、ですね。茂った菩提樹様の木陰で横たわるのは、気持ち良さそうです。ゆりもしばらく寝転がってそうですし」


 菩提樹の木陰で、俺、ミフィリア、ゆりで三人で川の字になって寝転ぶ。


 何をするでもなく、ただゴロンとなる。


 しばし、考えるのもやめてみよう。娘のこと、ゆりのこと、どうなるかは人間の俺には与り知らないこともある。なんだか世界の方に任せてみる。そんな気分になることもある。


 風にそよぐサラサラとした草の音が気持ちいい。草木の世界にも「音楽」はあるんだな。


「音を、重ねたくなりますね」

「ミフィリアは、音楽の素養もあるの?」

「横笛をたしなんでいました。ただ、ガンダーラの僧院サンガを出る時に置いてきてしまいましたから。あれば、披露したのですが」


 ピーリラ、ピリララ、ピーラララ。


 その時、横で寝転がっていたゆりから、楽し気な笛のが聴こえてきた。


 どこにも、楽器などはない。


 ミフィリアが、とても驚いた様子で。


「ゆり? その。どうやってそのような音色を?」

「ミフィリアちゃん? 『口笛』、知らないの?」


 へぇ。俺としても意外。口笛を吹くのって、文化的な違いで吹いたり吹かなかったりあるものなのだろうか。


 ピ、ピ、ピ、ピーピピピ、ピーピピピーピピ、ピピピピ、ピピピーピピピピピピ。


 せっかくなので、俺も口笛で俺が生きてた世界の日本の昔の曲なんぞを吹いてみる。


「ピョン吉様まで!」

「ミフィリアちゃん、簡単だから教えてあげる。口をすぼめて~」

「こ、こうですか?」


 ミフィリアは素直に柔らかな唇をすぼめた。


「それで、息を吹きながらルンルンって感じ!」


 ヒュールルル。


 ゆりの説明はざっくりとしていたが、ミフィリアは優秀であった。すぐにかなりイイ感じの音がした。


「わくわくエモン、これは、わくわくエモンです!」


 興奮気味のミフィリアである。


「横笛やってたんだからさ。横笛に息吹き込む感じで、自分の唇を息でふるわせてみ」


 ピーララララ、ピーラララ。


 すぐに、もはや立派な「口笛」になっていた。飲み込みが早いな。


「私、目覚めました! 一曲、ピョン吉様とゆりにご披露いたします!」


 も、もう? と思ったが、コツを掴んだミフィリアが吹く口笛は、既に簡単な曲のていを成していた。学習も早いが、音感も確かな子のようである。


 ピールルルル、ピールルル、ピールル、ルルル、ピールルル。


 しばし、ミフィリアの口笛に聞き惚れる。


 へぇ。ミフィリアの世界の曲か。何だか、軽やかな音色じゃないか。


 異国、というか異世界の曲と、異世界の草木の揺れる音がしばしの調和を形成する。


 俺も娘探しの旅が落ち着いたら、ミフィリアに俺の世界の色々な音楽を、聴いてほしい気がするよ。


「ミフィリアちゃん!」


 ゆりが、意外な行動に出た。


 ゆりが口笛を吹けたことにアガちゃったらしいテンションにまかせて、ミフィリアの唇にキスをしたのである。しかもけっこう、勢いよく。


「んぐんぐ」


 しばし、ミフィリアの唇がゆりの唇でふさがれる。


 ゆり。感情というか、衝動の表現が激しい子である。


 俺の時はボディーブローで、ミフィリアにはキスという違いはあったが。


 しばらくして、はぁーと息を吐きながらゆりがミフィリアを解放すると。


「ミフィリアちゃんゴメン! なんか、頭がきゅ~っとなっちゃって!」

「ちょっと、ビックリしただけです」


 意外なほど、ミフィリアは落ち着いている。


 そういえば、キスというか、彼女は夜伽よとぎの達人なのであった。


「私、キスは上手いですよ」


 今度はミフィリアがゆりを抱き寄せて、ゆりの唇を奪う。


 これには、ゆりも驚いたようで。


 唇を重ねて抱き合いながら、二人は草原に横たわる。


 柔らかな女の子の肢体と肢体が、重なり合っている。


 ミフィリアのキスはテクニックだけでなく、相手のハートを慰撫いぶするような。


 なんというか、心を込めている。


 ミフィリアの長いキスが終わると。


 ゆりは顔を赤らめて、ハァ、ハァと吐息を零した。


「体の真ん中が、じんじんしちゃう」


 生まれた日に、キスの達人に愛撫してもらったゆりなのであった。


「あふぅ。ゆり、今回目覚めてから、気持ちイイことばっかりなんだよーう」


 こんな感じで、三人でゴロゴロしながら過ごす時間は、楽しいものだった。


 柔らかな風が、三人の肌をでてゆく。


 穏やかな時間が流れていた。それは、ついセカセカとしてしまいがちな俺が生きていた世界の「現代社会」では忘れがちなもので。


 俺は、「日常」という言葉を思い出していた。


 友人がいて。


 妻がいて。


 そして、娘がいて。


 朝起きて。


 仕事して。


 ご飯食べて。


 寝て。


 そんな「日常」は、俺が生きていた世界にもあったはずなんだけどな。


 あるいは今は、この草木の世界でこんな優しい時間がずっと続くのもイイかな、なんて。


 そんなことを思った矢先。


 俺の胸の「宝船」のペンダントが鳴りだした。


 名残惜しいが、この世界ともそろそろお別れのようである。


 おそらくは「縁」があったであろう世界とゆりに挨拶を、と思った時である。


 エーデルシャット――この世界が。小さな星が、暗闇に包まれた。


 より、大きな「何か」に光を遮られるように。


 この世界にあった草木の「キラキラ」が、覆い隠されて輝きを取り上げられてしまうように。


 空を見上げると、すぐに大きな「何か」の正体は分かった。


 巨人である。


 このエーデルシャット星よりはるかに巨大な、炎の巨人である。


「イフリート、きたんだ」


 ゆりが、言葉を零した。


「ゆり? イフリートって、何だ?」

「何って? 終わりの時間がきたらエーデルシャットを焼き払う、炎の巨人だよ?」


 ゆりが「イフリート」と呼んだ大魔人は、まるで外宇宙からこのエーデルシャット星に侵攻せんとするように近づいてくる。


 厳つい顔の頭部から巨大な双角が伸び、悪魔を連想させる翼をはためかせている。


 イフリートは、俺も名前だけは知ってる。俺が生きてた世界の日本だと、『千夜一夜物語』、いわゆる『アラビアン・ナイト』に出てくるのが有名だろうか。


 炎の精霊。魔人。巨人。


 漁師と鬼神の物語があったはずだ。


 漁師が網にかかった壺を引き上げ、壺の蓋を開けてみると煙と共に魔人が出てきたという。その魔人がイフリートだ。


 魔人は漁師を食い殺そうとするのだが、機転を利かせた漁師は、イフリートに本当に壺に入っていたのか証拠を見せろと持ちかける。


 証明するために再び壺の中に入ってみせたイフリートは、漁師に壺の蓋を閉められてしまい、再び封印される。そんな話だ。


 やはり、最初の世界のガンダーラと同じように、俺が訪れる浄土じょうど法界ほっかいは俺が生きた世界の様々な神話や宗教、伝承が組み合わさりながら成立しているのか?


 「宝船」のペンダントから鳴り響いていた音が、俺に「警告音」を連想させる。


 直覚する。この世界の「終わり」がきたのだ。エーデルシャットは、外の世界から現れた強大なるイフリートによって焼き尽くされるのだと。


「ミフィリア、逃げるぞ」


 俺は、ミフィリアの手をとった。すぐに「宝船」を発動させて次の世界へと移動すれば、イフリートによるこの世界の終わりに巻き込まれるのを回避できるはずだ。


「でもピョン吉様、ゆりは?」


 そうだ。と、草木の少女を見やると、少女は近づいてくる炎の巨人を見上げながら、涼しげにまつげを揺らしていた。


 その穏やかな表情から、俺は気づく。


 ああ、この子は、「生命のあり方」について、俺とは違う認識と前提で生きてるんだろうなって。


 老成さとあどけなさが同居する美しい顔で、シニアンから伸びるツインテールを大魔人接近にともなう風に揺らしながら、少女は語り始めた。


「『定め』の通りの穏やかさでね。ゆりが生まれた日の終わりに、エーデルシャットの空にはイフリートがやってきて、全てを焼き尽くす。『無』に戻る。そうやって、『廻って』いくんだ~」

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