第二神話縁起世界「草木滅芯法界エーデルシャット」

5/娘の転生先が草木だとしたら、やれやれ、どうしよう

 次に、俺とミフィリアが降り立った世界は。


 一面が、草木そうもくの鮮やかな緑に包まれていた。


 世界が、キラキラしている。


 深緑。新緑。緑が飛び跳ねるようにイキイキとしていて、視覚を超えて魂の奥に心地よさが響いてくる。


 人間は、いない。


 人間がいたような、文明の痕跡すらない。


「人間なんて、いらないのかもナ!」

「ピョン吉様、テンション上げ上げでそんなお言葉を!」

「なんてね」

「あ、冗談だったのですね」


 まあ、さすがにそこまで本気で思ってるわけではないが。


 幸薄かった人生なりに、気の良い人間に出会うこともあったからな。


 草木の世界、人が、いない世界か。これは、俺の娘探しの旅的にはどうなのだろう。


 いや、たとえば仏教的には、俺の娘が草木や花に転生している可能性もあるのか?


 それだと、探しようがなくないか?


「不思議なキラキラです。ガンダーラにも草木はありましたが、何と言いますか、ここまで『生きてる』感じではありませんでした」

「生命の連続としての草木ってことなのかもな」


 まだ仮説ではあるが。人間も、動物もいないのだとしたら、ここは草木こそが「生命」の核心として繁栄した世界なのではないだろうか。


「俺もガチの学者や宗教家じゃなくて、本とか読んでただけだけど。

 俺の世界の仏教っていう宗教の考え方だと、草木にも仏性は宿るみたいな考え方があって。

 そうなると、どこからどこまでが『生命』なのかって話になってくるんだよな」


 深淵なる、草木が「生きて」いるように躍動している世界か。


 不思議だ。


 とはいえ、目の前にある事柄は、そのまま受け入れるしかなくもあり。


「これは、『つぼみ』でしょうか?」


 ミフィリアが、俺たちの眼前にある、ひときわ大きな「開きかかった球形の何か」の前であごに手をあてた。


「これは、スイカじゃないかな」


 だいぶ、大きいが。


 黒と緑の縞々しましま模様。スイカ……だよな?


「俺の世界では、食べる。夏に」

「食べる!?」


 ミフィリアに日本の夏とスイカの関係について説明する必要があるか……なんて思いが頭をよぎった時だった。


 目の前の大きなスイカに、線が入った。


 ヒビ、というには綺麗な線で、俺は「割れる」というよりは、あ、「ひらく」のかなと思った。


 案の定、縦に複数入った線の部分から、スイカはゆっくりと開いてゆく。


 でんでん。でんでん。


 開ききった時。


 大きなスイカの中から現れたのは。


 瞳がぱっちりとした、美少女である。


 髪はシニアン、いわゆる「お団子」を花の輪の髪飾りでくくって二つにまとめており、さらにそこからツインテールに伸びている。髪を全てほどいたら、相当長いんじゃないだろうか。


 安産型の腰から足のラインはムッチリしていて、なんだが健康的だ。


 萌黄もえぎ色のスカートをはいて、太腿ふとももを大胆に露出している。


 俺がいた世界の日本では、桃から生まれた桃太郎さんが有名であったことからして。


 これは、スイカから生まれた……


「ええと、スイカ太郎さん?」

「スイカ……え~と、何? ゆりは、『ゆり』だよ~う」


 キュンと抜けるようなソプラノの声が、新緑の世界に響く。


 元気で、テンションが高めの女の子である。


 この世界に着いた時に草木に感じた「キラキラ」と、同じものを彼女にも感じる。


 そこで、はたと思い至る。


「君、人間じゃないね?」

「ゆりは、『ゆり』なんだよ?」


 やっぱり。


「『芭蕉ばしょう』だ」

「どういうことですか?」

「いや、俺がいた世界の『能』っていう芸能の演目なんだけどね。

 ざっくりとは、『芭蕉』っていう草木の精が人間の女性の姿になって僧の前に現れて、草木でも『仏』になれるでしょうかみたいなことを聞いたりする話なんだ」

「ピョン吉様は、博識なのですね」


 この「ゆり」が『仏』になれるかどうかとか聞かれても、俺は答えられないが。


 それはともかく、新しく「縁」がありそうな女の子の登場である。今回もまずは「アジャポン体操」を踊ってみるか。


 ゆりが、俺の娘かもしれないしな。


 今度は二番でいっておこう。ちなみに、娘は十二番まである「アジャポン体操」を全部暗記していた。


「アジャジャ、アジャジャ、ポンポンポン!」


 俺が「アジャポン体操」の二番を踊り終えると。


「ぅわーい!」

「ぐふぅ!」


 ゆりは俺の鳩尾みぞおちに、思いっきりパンチを撃ち込んできた。


 何か、敵対行動だと思われたか? 女心、もとい草木の心はよく分からないからな!


「ゆり! なんかハッスルしちゃった!」


 敵だと思われたわけでもないらしい。学生の頃にやってた柔道の体術のなごりで、少しダメージを外に逃がせたからまだ良かったけど、すごい威力のパンチだった。


 などと考えながら、問いてみる。


「何か? 思い出したりした? ゆり、俺の娘だったりしない?」


 ゆりは人差し指を顎にあてて首をかしげて。


「う~ん。面白い踊りだったけど、おじさんとは初めて会ったかな? ゆりのパパは、菩薩樹ぼだいじゅ様だしね~」


 そうか。


 実はこの世界についた時から気になってはいた。ちょっと行ったところに、大きな木があるなと。


 この世界の草木には「流れ」のようなものがあって、円形に広がる「流れ」の中心には、大きな「菩提樹」が立っているのだった。


 この世界では草木が生命の中心だとして。それらの草木の「パパ」的な大きな木か。


 世界の中心の大きな樹木というのは、俺がいた世界の感覚だと、どちらかというと北欧神話のいわゆる「世界樹」をイメージしたりもするが。


 ガンダーラもそうだったが、どうも、俺が回る「世界」は、俺が生きていた世界の神話・宗教・伝説などが、混じり合ってる感じなのだろうか。


 詳細は不明だが、「ゆり」がいう「菩提樹」は大きな存在感を放っている。


 見上げると視界いっぱいに茂る菩提樹の緑は朗らかで、見てるだけで心身が優しく慰撫いぶされていくようだ。


 「ゆり」が言う「パパ」感というか、何かしら「土台になってる」感はある。


 そのどっしり感は、俺という矮小な人間は持ち合わせていないものだった。


 うーん。これは、「ゆり」も俺の娘では、ないっぽいかな?


 「パパ」、「父」、「親」、つまり「生み出した存在」的なものか。


 ゆりが口にした言葉から俺の知識を手繰り寄せて、ピンときた。


「菩提樹こそが、この世界の『観音かんのん菩薩ぼさつ』、ということか」

「どういうことです?」

「観音菩薩、というのは俺がいた世界の仏教という宗教でいうありがたい存在なんだが、ざっくりとは宇宙の主みたいな存在なんだ。太陽と月は観音菩薩様の目から生まれて、足からは大地が生まれて、口からは風が生まれて、なんて言われている」


 そして、毛穴の一つ一つには「世界の体系が含まれている」なんて話もあったりする。


「この世界の草木たちは、彼(?)ぼだいじゅの想像の産物である、ということなんだと思う」


 あるいは、ゆりも、だろう。


「神様、だよ。『エーデルシャット』では、草木も、土も、みんな神様なんだよ」

「お。そういう考え方は馴染み深いな。草木そうもく国土こくど悉皆しっかい成仏じょうぶつ、だな」

「なんですか、それは?」

「草木や国土のような、『情』……まあ、ざっくりとは心かな。一見そういうのがなさそうにみえる存在も、仏性を宿していて、『成仏』、つまり仏様になれる……みたいな考え方だ」


 「神」と「仏性」は厳密にはイコールではないが。


 いずれにしろ草木の精のような「ゆり」は、同時にこの世界の「菩提樹」のような神様的、仏様的な存在と同義的に存在してる……みたいな話なのだろう。


「不思議な考え方です。私がいたガンダーラでは、神は王がその身に引き受けるものでしたから」


 なんてちょっと哲学的な話をしながら、柔らかな風に包まれていた。


 何となくではあるが。


「近くまで、行ってみよう」

「そうですね。私も、何だか惹かれるものがあります」

「菩提樹様のところまで行くの? だったら、ゆりが道案内するんだよ~」


 軽やかなノリを感じる。


 お。なんか考えてみると、ハイキングみたいなのってすごい久しぶりじゃないか?


 菩提樹に向かってテクテクと歩き出し、ゆりと話を始める。


 まだ、お互いの素性もいまいち分かってないしな。


「俺は、ピョン吉だ」

「ピョン吉くん!」


 ノリが良さそうな子である。


「あ、ミフィリアです」

「ミフィリアちゃん!」

「あ、はい、ゆりさん」

「ゆりは、『ゆり』でイイんだよーう」


 ミフィリアが困り眉で俺の方を見上げる。


「いいんじゃない。スイカから生まれてきたりしたけど、外見はミフィリアと同い年くらいに見えるし、友だちになっておけば」

「友だち、その言葉も、概念としては分かるのですがピンときてないんですよね」


 ガンダーラにいた時の僧院サンガにいた少女たちには気が許せなかったという話は本当らしい。


 未だについつい俺が生きてた世界の感覚で接してしまうが、例えば友だちと放課後にハンバーガー屋でだべったりとか。友だちの家にゲームを持ちあって遊ぶとか。あるいはスマホを使ったネット経由の内輪ネタのやりとりとか。ミフィリアがいた世界ではなかったんだよな。


「なに、なに、何の話~」


 ゆりがミフィリアの顔を至近距離で覗き込む。


 ミフィリアは、一度顔をそらしてコホンと咳払いをしてから。


「では、その、ゆり。道中よろしくお願いします」

「よろしく、なんだよ、ミフィリアちゃん!」

「ところでゆり、この世界、小さくない?」

「え~? ゆり、エーデルシャットでしか生まれたことないからよく分からないよ~」


 それはそうか。


 いや、地平線の具合を観察していたのだが、球形の「星」ではあると思うのだが、俺が生きてた地球に比べるとエラく小さい星なのではないかと思う。


 昔、漫画とかで見た気がする小星。一日もあればこの世界、エーデルシャット星(?)は一周できてしまうのではないかという規模だ。


 その小さな星の中心に菩提樹が立ってるわけだが、その巨木のところまでもこのペースで歩いて行けば一時間もすれば着きそうである。


 こうして、何の縁なのか俺たちの目の前でスイカから生まれてきた「ゆり」と共に、しばし「エーデルシャット」の世界を「菩提樹様」目指して歩いてみることになったのだった。

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