娘を推理する移動時間1
4/船の中でくつろぎ、娘とお風呂に入ることについて考察する
「お風呂、ですか?」
「重要なことだぞい」
結論から言うと、「宝船」の中は異空間になっていた。
それも、とても快適な異空間だ。
個室あり、ベッドあり、浴場あり、食堂と調理場があり、図書コーナーがあり、コスチュームコーナー、ゲームコーナーといった娯楽的余剰のための施設もけっこう充実している。
船の中に物理的に全てが収まるとは思えないので、「宝船」の中は一種の異次元空間になっているのだと思う。
次の世界に着くまでしばらく「宝船」の中でミフィリアと過ごすことになるのだが、まず大事なのはお風呂イベントである。
ミフィリアとしても、汗は流したいだろう。
そこで問題となるのが、大仏様が用意してくれた(?)「宝船」の中のお風呂は日本式の大浴場で、ミフィリアはこういった形式のお風呂を使ったことがないことである。
感覚としてはほとんど温泉のようなものだから、俺が一緒に入って使い方を教える分にはイイんだが。
ミフィリアは既にお風呂に入る準備が完了の段階、もといすっぽんぽんの、生まれたままの姿になっている。
大きなおっぱいが、ぷるんと揺れる。
若い女性といっしょにお風呂でオジサンハッスル! みたいになるには、ミフィリアは娘かもしれないし。
一方で、娘といっしょにお風呂に入るお父さんというシチェーションにしては、ミフィリアは成長し過ぎている。
そこで、俺はあみだした。
「娘が十代後半で一時的に記憶喪失になっちゃってお風呂の使い方とか忘れちゃったから、やむを得ずいっしょに入ってサポートする家族って設定でいこう」
「? よく分かりませんが、ではそれで」
母親が歳をとって体が不自由になった頃、お風呂に入る介助をやっていたこともあるので、俺としてはそうそう変な話でもない。
実際、ある程度成長した体が不自由な女性の入浴介助を、男性の家族がやっているというケースもあったりするだろう。
本っ当にそもそもの話をしてしまうと、親が子と何歳くらいまで一緒に入浴するかというのは、俺が生きてた世界でも文化圏によってそれぞれだしな。
ミフィリアは備え付けのタオルは体を洗うものだとすぐに理解したが、ボディーソープに戸惑っていた。
「上のところ、押して」
「うわ、なんか出ました」
「その泡とタオルで、体めっちゃ綺麗になるから丁寧に洗うように。おっぱいとか、大事なところも洗うように」
ミフィリアが一通り体を洗うのを、そこはかとなく手伝い終えてから。
並んで湯船につかる。
旅の途中だ。娘でも、娘じゃなくても、これくらいはオッケーということにしちゃおう。
「ふぅ~。
「極楽……とは?」
「ごくらく。『
「なるほど、『幸せ』ですか。湯につかると辿り着けるとは、けっこう気軽に行けるものなのですね。でも、分かります」
湯からあがり、浴場から出て着替え場にて。
ドライヤーの使い方などを教えながら、鏡にミフィリアの裸体が映っているのが気にかかる。
すでに一緒にお風呂に入っておいて何だが、ミフィリアがあまりに無防備なので。
「そろそろおっぱいは、しまいなさい」
「ご主人様には、体の全て見せるように教わってきたのですが?」
ガンダーラの高級
だが。
「奴隷になるという意味でなく、愛する人と契りを交わすという意味で誰かに嫁ぐまでは、むやみやたらと男性に肌を見せないようにしなさい」
なんか、俺がミフィリアのお父さんのような言い方になってしまった。
こういうのも、彼女の自由意志に制限を求めることになってしまうので、ミフィリアを一人の女性として扱うのなら言わない方がイイのかもしれない。
が、「転生」という概念が絡んでくるので、ミフィリアがまだ俺の本当の娘の可能性もあるのでややこしい。
「そう、ですか。ではピョン吉様以外の方には、できるだけ見せないようにしますね」
こんなお風呂イベントからはじまり、ミフィリアと「宝船」の中で一週間ほどを過ごした。
この間、ミフィリアはよく
「宝船」の中の図書館には古今東西の書物が揃っており、「宝船」の翻訳機能は文字の理解にも有効らしく、ミフィリアも本を読むことができる。「せっかくだからピョン吉様の世界の本を」とはミフィリアの言で、主に日本語で書かれた本を読んでいた。
俺も生前は読書が趣味だったので、娘かもしれないミフィリアが本を読んでるのはなんか嬉しい。今は娘を探すという目的があるのでそちらが優先だが、俺も暇になったら生前は思い切った時間が取れなくてなかなか読めなかった『マハーバーラタ』の完訳全巻セットでも読んでみようかな。
「ピョン吉様は、いつも『ハイになって』おられるのですか?」
「いや、ハイになってないヨ!」
「でも、よくハイになってるような言動をされてませんか?」
「うーむ。辞書的に厳密な意味はともかく、『ハイになる』は俺の世界の日本の60年~70年代くらいに、ドラッグなどを使って興奮状態になることを指す言葉だったんだよね。俺は、薬とかはやってないからね」
「なるほど、『ハイになって』るような言動をされていても、根本の部分の定義ではハイになっておられないというようなことですね」
「うん。ただ言っててナンなんだけど、その辺り言葉はけっこう複雑で今では薬物を使ってるかどうか関係なく、テンション上がっちゃってる人を『ハイになって』と言ったりもするか。興味があるなら日本語を学んでみることだと思うけど、俺もそんなに詳しい人じゃないから今度調べたりしてみるよ」
本を読んで熱心に勉強しては、質問があると俺に聞いてくる。改めて、真面目な子である。
そんなこんなで数日。
ふかふかのソファの上で座禅を組んで瞑想していると、フと直覚した。
そろそろ、次の世界に着くな、と。
俺の閃きと連動するように、頭の中で声がした。
「占いの結果が出たヨ」
「マハーヴァイローチャ様でも、占いとかするんですね」
大仏様の声は、直接頭に響いてくるのか。通信が繋がった、的な感覚ではあるが。生きてる時に路上で聴こえてきて会話してたら、ちょっと危ない人だと思われてたかもしれない。
「君の娘は、ミフィリアさんも含めて、旅の中でこれから出会う『宝船』に乗せるほどに縁を結んだ女の子の中にいる、とのことだ」
「やっぱり『縁』ですか」
「ある程度縁が深い者同士じゃないと、『宝船』に同乗はできないからね。娘さんなのかはともかく、こうして『宝船』に一緒に乗れた時点で、ミフィリアさんも何か君と縁があった人だということだろう」
縁、か。ミフィリアのことを想う。彼女が娘だったなら、そりゃ、嬉しいとも思うけど。
「間もなく、次の世界だ」
「あ、けっこうすぐなんですね」
「健闘を祈るよ」
大仏様との通信はそこで切れた。
俺としては今のところ何とも言えない。いちおう、疑念も持ってはおくが、ここまでよくしてもらってる大仏様に対していきなり反目してみるかというと、まだまだその段階とは思えない。
さて、となると大仏様が言っていたもうすぐ次の世界に着くというのも本当だろう。
俺は、ミフィリアを呼んで。
「そろそろ次の世界に着くっぽいから、着替える時間だぞい」
「お供いたします。どこまでも」
ミフィリアはガンダーラで着ていたアラビアンなドレスは露出が多いのを俺が指摘したこともあり、最初にお風呂に入った時に脱いで以来着ていない。
ここ数日は灰色の布のズボンにパーカーというシンプルさ重視の姿で主に過ごしていたが、なんだか休日に部屋にこもってる女子高生みたいだな、とは思ってた。俺の娘とか、女子高生になってたら家で寝っころがってゲームとかしてそう。
「宝船」の中の謎のクローゼットが並んでるスペースにミフィリアを連れていく。
「外出用の服をさ、ミフィリアが自分で選んでみてよ」
謎クローゼットの中はおそらく異空間になっていて、古今東西の衣服が収納されているのである。
なんとなくではあるが、ここ数日色々な本などを読んで、ミフィリア自身に「着てみたい服」が生まれていることに俺は期待した。
そうして、ミフィリアが自分で選んで身につけた衣服は。
やはりスケスケのドレスは、誰か他人に「着せられていた」側面があったのだろう。
これが、彼女の魂が選んだ、本来のミフィリア自身が望む姿か。
「アクティブな感じになったね」
なんか、「冒険者」みたいな恰好である。
いや、実際俺たちは「冒険」の途中なのだ。ミフィリアはもう、娘かもしれない女の子であり、異世界出身で文化的に交流しながら学び合う相手であり、そして、共に「冒険する」仲間なのだ。
「ピョン吉様の御息女、見つかるとイイですね!」
「ああ」
衣装チェンジに伴ってテンションも上がり目なのか、少女は快活な印象で。
「旅先では、私も性技以外に取り柄がある女だということ、お見せしますからね!」
なぜか、ドヤ顔。その性技も見たことはないが。
「宝船」の周囲の虹色の世界が、一定の方向性をもって収束し始める。いよいよ、次の世界につく。
「ミフィリア」
「はい?」
もうすぐ新しい世界へつく。見知らぬ風景が、まだ知らぬ人が、経験したことのない文化が、待ってる。なるほど、忘れかけていたこの胸が高鳴る感情は。
「わくわくエモンだぜ」
「はい!」
周囲が眩い光に包まれて、俺とミフィリアは並んで新しい世界へと踏み出した。
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