『アイスティーにミルクを注ぐ時、私の感情は起動する』
文頭のこの一文に心魅かれる。
主人公がしばしば訪れる喫茶店で飲むアイスティーの清涼な茶褐色の液に、白濁したミルクが揺蕩う様は、元々は純粋な主人公の心に広がる焦燥と、心の変化を巧みに表現しているかのようだ。
主人公は高い学力を持つが、感受性が強すぎるあまり、トラブルを多々起こして孤独を量産してきた。両親との関係は、とてもぎこちない。
やがて、得意とする囲碁の大会で起こしてしまった暴力事件を皮切りに、彼の人生はどん底へ落ちてゆく。
彼女との別れ。大学の退学。引きこもり、無気力な労働、孤独はさらに量産される。
この期間の胸が詰まるような文章の表現にはとても引き込まれる。文面から迸る焦燥感は読んでいて身につまされ、作者の力量を嫌が応なしに感じさせられてしまう。
けれども、囲碁好きな社長との出会いを切っ掛けに、主人公は、少しずつ明るい方向へ歩みだそうとする。
クライマックスの囲碁大会の場面で、彼自ら考案した囲碁の布石『斜棒の楼閣』
一見しただけで、無謀と思われる布石を用いて、勝利した後に語られる自戒の想いは、彼が、それまでの暗い生活から明るい世界へやっと踏み出した第一歩のようで、こちらも胸が熱くなった。
ラストで主人公が行きつけの喫茶店を訪れ、アイスティーをどう飲むか。
その場面はほろ苦いが爽やかだ。
この小説は、繊細な文章と感情表現、巧みな構成を学びたい方には、ぜひお薦めしたい。
また、作者のサンダルウッドさんの他の作品にも喫茶店と囲碁が必ずと言っていいほど、出てくるので、それぞれを読み比べてみても面白い。