エピローグ
エピローグ
オーディションが終わった数日後。
行隆達は道ヶ丘高校の空き教室に来ていた。理由はもちろん、鈴葉の手紙を探すためだったのだが――。
「あった!」
「……うん。これ、間違いなく鈴葉さんの直筆だよ!」
これがまたすんなり見つかってしまったのだ。
マイクが置かれていた教壇のすぐ下に、クローバー柄の可愛らしい封筒が落ちていた。封筒には「これを見つけた在校生へ」と書いてある。ファンクラブの会報などで鈴葉の字体を知っていた行隆は、すぐに鈴葉のものだとわかった。
やはり、風か何かで床に落ちてしまったのだろう。
今となっては、苦笑いを零すことしかできない行隆達だった。ちみなに、鈴葉の直筆の手紙が取り合いになったのは言うまでもない。最終的に「マイクを使ったあたしのものだ!」と詠子に言いくるめられ、詠子のものになってしまった。時々眺めさせてもらうという条件で、行隆は了承するのであった……しぶしぶではあるが。
――そして。
更に月日は流れ、数ヶ月後。
季節は春になり、学校は春休みに入った。
そんなある日、行隆の部屋には詠子と優吾、静乃が集まっている。オーディションが終わっても、四人で集まることは多いのだ。
「アンコール! アンコールゥ!」
「えーこ、声大きい。近所めーわく」
「ごめんごめん。だってアンコールからのセトリがやばいんだもん」
今日は鈴葉のライブBD鑑賞会をしている。詠子がノリノリでペンライトを振り、隣で静乃が見よう見真似でペンライトを振っている。一方で優吾は正座で真剣に見ていて、なんだかシュールな光景で笑ってしまう。
「アンコールって、マジプリ二曲と虹色ルーレットだっけ?」
「そう! 行隆くんウルトラオレンジあるっ?」
BDパッケージの裏面を見ながら、詠子は瞳を輝かせる。
「いやまぁ……予備のが少しあるけど、家の中で使うのはちょっと……」
ダンボールの中に数本のウルトラオレンジ(強力な発光を放つサイリュームのこと)があるのを確認するも、行隆は首を振る。
「そっかぁ。ていうか、行隆くんも一緒に盛り上がろうよー」
「いや、僕は今執筆に燃えてるから!」
「ignorant……真実のrealize……虹色ルーレット……」
「いやいや、曲名を囁かれましても……。ぼ、僕は聴いてるだけでノリに乗って書けるから大丈夫だよ」
「ふぅーん……はっ、ignorantきた!」
一瞬だけジト目になってから、詠子はイントロに導かれるようにテレビに注目する。
そんな詠子を微笑ましく見つめてから、行隆はパソコンの画面と向き合った。オーディションが終わってから、自然とやる気に満ち溢れているのだ。流れる鈴葉の音楽に身体を揺らしながら、カタカタとキーボードを打つ。
「……どういうのを書いてるんだ?」
「んーとね、今書いてるのはロボットものとアニソンをかけ合わせた感じだよ。アニソンの力で強くなる、みたいなそんな話」
「ほう……」
優吾に訊かれて、行隆は素直に答える。
すると、優吾は顎に手を当て渋い顔になった。
「歌の力で強くなるっていうのは、結構ありふれているよな」
「うっ」
優吾の言葉がぐさりと刺さり、行隆は眉根を寄せる。
しかし行隆としてはどうしてもアニソンをテーマとした作品が書きたいと思っていたのだ。しかも新人賞に向けて結構書き進めてしまったし、順調に書き進んでいるから今更やめるなんてできない。というか、やめたくない。
「あ、ありふれているかどうかは読んでみないとわからないでしょ?」
「まぁそれもそうだな。完成したら読ませろよ」
「……もちろん!」
こぶしを握り締め、行隆は力強く頷く。
そして再び執筆作業に取りかかろうと思った。のだが、パソコンに表示されている時刻を確認し、動きを止める。
「あれ。夢咲さん、時間は大丈夫?」
「えっ」
行隆の言葉に、慌てた様子で腕時計を確認する詠子。
時刻は午後四時を過ぎている。気付けば窓の外も茜色に染まっていた。
「ああ、そろそろバイト行かなきゃ……。良いところなのに……」
詠子は残念そうにペンライトを振る手を止め、テレビに映る鈴葉を見つめる。
オーディションが終わってまだ間もない頃、詠子はバイトを始めたのだ。ファミレスのホールのバイトで、週に四回程度通っている。
「というか、静乃もあたしと同じくらいシフト入れれば良いのに」
「えー。私はこれでも頑張ってる方。たまには週に二回行ってるんだから、私えらいえらいー」
「何故か店長が静乃に甘いのよね……。基本週一で許されるなんて……」
ぶつぶつと呟きながら、詠子は鞄にペンライトを入れ、帰る支度を始める。
ちなみに、静乃も詠子と同じファミレスで働き始めたのだ。静乃はキッチンで、詠子の話通りシフトはだいぶ少ない。でも、普段からやる気がないと自負している静乃にとっては頑張っているのだろうと行隆は思っている。
「えーこ、私も一緒に帰る」
「そう? じゃあ行隆くん、優吾くん、またね! 学校で……はまだ先だから、またBD鑑賞会しようね! まだ観てないのもあるみたいだし」
CDとBDが並べられている棚を横目で見てから、「よろしく!」とでも言いたいように親指を突き立てる。
「あはは、了解。…………っと、ゆ、夢咲さん!」
苦笑しながらも頷き、行隆は玄関まで詠子を見送ろうと思った。
しかし、何故か詠子の名前を呼んでしまった。ほぼ無意識で、行隆は自分自身に驚いてしまう。でも、もう後戻りはできない。
「あー……ええと。無理とかしてないかなって思って。急にバイトを始めて、ボイストレーニングも始めて。忙しくなって、また……慌てちゃったり、急いじゃったりしてないかな、とか」
まとまり切れてない言葉が口から零れ落ちる。
でも、オーディションが終わってからの詠子は行隆が驚く程に行動的だった。
まずボイストレーニングに通いたいと思い、すぐに家族の了承を得たという。しかし、週一で通い始めたものの授業料は予想以上にかかるらしい。だから詠子は、バイトを始めて授業料の足しにしたのだ。
「なぁに、行隆くん。心配してくれてるの?」
「うん。そりゃあオーディションの時も頑張ってたけどさ。ボイトレもバイトもって、キャパオーバーになってないかなって思ってさ。心配だよ」
「お、おおぅふ」
素直な言葉がすらすらと出てきた。
でもこれが本音なのだから仕方がない。例え詠子が変な擬音とともに目をぱちくりさせても動揺なんてしないのだ。
「相変わらず素直だなぁ、行隆くんは。……もう、そんな真剣な目でこっち見んなっ。静乃と優吾くんもいるんだよ?」
まったくもう、と呟きながら、詠子は小さく頬を膨らます。そっぽを向く詠子は、気のせいか耳まで真っ赤になっているように見える。
「な、何? しし、心配してるだけなんだけど?」
結局動揺丸出しになってしまった。
でもこれは仕方がないのだ。頬を膨らませたり、顔を赤くさせたり、詠子こそ素直すぎる反応をしているのが悪いのだ。
それに、後ろでニヤニヤしている静乃と優吾の顔がちらつくのも問題だ。もう勘弁して欲しい。いや、話を振った自分が悪いのかも知れないが。
「えーと、とにかく! 心配してくれてありがとう、行隆くん」
「う、うん」
止まらぬ動揺を隠しきれないまま、行隆は頷く。
「でも、大丈夫だよ。確かに慣れないバイトは大変だけど、ボイトレの方は楽しいから」
「……そっか、それは良かったよ」
「うん。……あ、あのさ行隆くん。今度またカラオケに行こうよ! 少しは上達したあたしの歌を聞いて欲しいから……ね?」
「良いね、それ! ええっと……それは、二人で?」
「えっ? そ、それは…………あれ? あたし、どういうつもりで聞いたんだろ……んん? どういうつもりって何……?」
視線をあっちこっちに動かしながら、詠子は混乱しているようだ。
「あー……っと、ははは」
行隆はわざとらしく笑いながら、言葉を探す。
普通だったら「からかってごめん」とか言っているのだろうか。でも、今の行隆は妙に冷静になってしまっていた。その癖、バイトの時間が迫っているとか、優吾と静乃が見ているという事実を考えられなくなっているのだから質が悪い。
「あのさ、夢咲さん」
せめて廊下まで行くべきだった。
優吾と静乃がいる部屋の中で言うことではなかった。
――でも、言ってしまった。
「僕、夢咲さんのこと……好きだよ」
と。何の迷いもなく、まっすぐ目を見て言った。今まで恋愛のれの字すら行隆の中になかったのに。自分でも意味がわからないくらい冷静だった。
「……うひゃいっ」
たぶんその理由は、詠子が予想外に動揺を爆発させているからだろう。両手を小さく上げながら理解不能の声を漏らす詠子は、一見オーバーリアクションにも感じる。でも、素のリアクションなのだとすぐにわかった。
「あ、あのさ、行隆くん。前にも言ったけど、あたし意外と……恋愛ごとには慣れてないって言うか、そのぉ……」
「うん、それは僕も同じだから大丈夫だよ。でも、夢咲さんは僕のことが嫌い、かな?」
「嫌いじゃないけどぉ! って言うか行隆くんは何で妙に冷静なの? やっぱりあたしと違って慣れてるんじゃ……っ」
「違うよ。ただ、頑張ってる夢咲さんを見てたら僕も頑張らなきゃって思って。勇気を出して夢咲さんに本音をぶつけてみたんだ」
「頑張る方向性がおかしくない? ……ちょ、ちょっと、静乃と優吾くん! 黙ってニヤニヤしてないで何か言ってよ!」
詠子は困った挙句に静乃と優吾を見つめるも、口笛を吹きながらわざとらしく視線を逸らされてしまう。そんな二人の様子を見て、行隆は内心「二人ともナイス!」と感謝をする。「とりあえず帰らなきゃ」と逃げようとする詠子をすぐに呼び止めた。
「夢咲さん。ゆっくりで良いんだよ」
「……いや。もう遅刻しちゃいそうだし……」
「あ、うん、それはごめん。でも、最後に言わせて」
困ったように眉をひそめながら、詠子は俯く。ぎゅっと鞄を抱きかかえながらも、立ち止まってくれている。
行隆は小さく深呼吸をしてから、自分の今の気持ちを打ち明けた。
「歌が上手くなるのも、アニソン歌手になるのも、僕と……仲良くなるのも。ゆっくりで良いんだよ。だってもう、焦って失敗したくないでしょ?」
行隆の問いかけに、詠子はコクリと頷く。
「じゃあ……さ。これからもよろしくね、夢咲さん」
詠子に手を差し伸べると、すぐに握り締めてくれた。
「……ありがと、行隆くん。こちらこそ、よろしくお願いします。行隆くんの気持ち、嬉しかった。あたしもいつか、伝えるからね。だって、これからもずっと今の関係と変わらない……じゃあ、あたし酷い女でしょ?」
ふふっ、と微笑みながら、詠子は握る手に力を込めてきた。
――と思ったら、すぐに手を離されてしまう。
「とまぁ、とりあえずこの話はここまでで。……うん、本当にバイトに遅刻しちゃうから! 遅刻したら行隆くんのせいなんだからね! あと、バイトで失敗とかしたらあたしを動揺させた行隆くんのせい!」
「ええー、ちゃんと返事しなかったくせに……まぁわかってたけど」
「ん、何? まだこの話続ける?」
「いや、うん。行ってらっしゃい!」
苦笑しつつも、行隆は手を振る。
詠子は大きく頷き「またね」と呟く。そして静乃を引き連れ、バタバタと慌ただしく去っていった。
「…………」
「…………」
男二人だけになった空間に、気まずい沈黙が流れる。
優吾が何を考えているのか。想像するだけで顔から火が吹き出しそうだ。シーンと静まり返る時間が長くなる程に、冷静になって先程の自分を思い返してしまう。正直、恥ずかしい以外の感想が浮かばなかった。
「優吾。ごめん。ちょっと、暴走したって言うか。周りが見えてなかったって言うか……はは」
「ああ、気にするな。そんなことよりも」
「そんなことよりもぉ……っ?」
予想外にあっさりとした返事に驚く行隆。さっきまでニヤニヤと楽しそうにしていたため、てっきり弄ってくるのかと思っていた。
「何だ。もっと突っ込んでその話がしたかったのか?」
「いやいや、大丈夫。大丈夫だよありがとう優吾。それで、そんなことよりも……も続きを聞かせてよ」
「そうか? まぁ、そうだな。……面白いことを思い付いたんだよ」
言いながら、優吾はパソコンの画面を覗き込む。まだ書いている途中の小説を読み始める優吾に、行隆は「完成したら見せるから!」と画面を閉じる。
「今の小説は長編か?」
「うん、そうだよ。新人賞に送る予定。優吾が小説に興味持つなんて珍しいね」
得意気に口角を上げながら、優吾は行隆の肩を掴む。
「……やりたいことがある。その小説を書く合間で良いから、協力して欲しい」
「やりたいこと?」
訊ねると、優吾は「ああ」と力強く頷く。
最近よく見る表情だった。心の底からわくわくしているような、優しい笑み。
「お前に曲を提供したいんだ」
「え、曲? イメージソングか何かを作ってくれるってこと?」
「いや、少し違う。お前の書く小説にBGMを付けたいんだ。お前さえ良ければ、ホームページを立ち上げて本格的にプロジェクトを始動させたい!」
「BGM……プロジェクト……!」
行隆の脳内に、新しい風が吹く。
優吾の言いたいことは、わりとすぐに頭に入ってきた。つまり、小説のシーンごとにBGMを付けるということだろう。その小説を載せるホームページを作りたい、と優吾は言っているのだ。
「それは……凄く面白そうだね! まずは試しに短編からでも良いかな?」
「ああ、もちろんだ。そうと決まればプロジェクト名を考えなきゃな。行隆、そういうの得意だろ?」
「うわぁ、無茶振りだなぁ。うーん、ちょっと待ってよ」
突然の提案ながら、行隆も結構……いや、かなりノリノリで考え出す。
ライトノベルと音楽が合わさったもの。ラノベとアニソンで「ラノソン」? と一瞬考えるものの、別にボーカル入りの曲を作る訳ではないから違うだろう。優吾の作りたいのは、言わばライトノベルのサウンドトラックといったところか。
「あっ! ラノトラプロジェクトってどうだろう? ラノベとサントラをかけ合わせた感じで」
「おぉ、良いんじゃないか? ラノトラプロジェクトな」
うんうんと頷き、優吾はご満悦のようだ。
きっと、行隆も優吾と同じような表情になっていることだろう。小説家という夢に対してここ最近は積極的になったけれど、ただただ一人きりで書くしかないという事実があった。まぁ、誰かに読んでもらったりアドバイスをもらったりはするが。
でも、優吾が誘ってくれたプロジェクトは今までと違う感じがした。友達と一緒に一つのことができるっていうのは、考えるだけで「楽しそう!」という気持ちで包まれる。
詠子と出会ってから、大変なことはたくさんあった。
もちろん、これから先も夢を叶えようとするには数え切れない程の困難があるかも知れない。
でも、少し前の行隆は「自分には才能がない」と心のどこかで思っていて、自信がないまま小説を書いていた。――詠子と出会えたから、気持ちが変わったのだ。
詠子を見ていたい、応援したい。そんな気持ちと同時に、自分ももっと頑張りたい。
「じゃ、俺もそろそろ帰るから。……プロジェクトの計画もまた立てような」
「うん、もちろん!」
強く頷きつつ、行隆は笑う。
夢へ向かって進めることが、凄く嬉しい。
こんなにも前向きな気持ちになったのは、
(夢咲さん、僕も……頑張るからね!)
――やっぱり、詠子のおかげなのだった。
了
アニメソングと夢咲く少女。 傘木咲華 @kasakki_
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