爆撃のちタンポポ、本日はピクニック日和 その2


    2


 突如開始が告げられた、戦場のピクニック。とはいえ、手元にあるのは中央市場で手に入れた肉と口咬み酒チチャだけである。調味料もなければ、フライパンの一つもない。

「この前ジャングルでピクニックしたときは、鍋があったけどな……やっぱりそのまま焼くしかないのか?」

 ちょっと諦め気味にリコが呟くと、ウカは「そのまま?」と小首をかしげた。

「あばら肉はただでさえ可食部が少ないんだから、そんなことしたらもったいないよ。調理器具なら、いっぱいあるでしょ? ほら、そこにも、そこにも」

 彼女が指をさしたのは、今もドローンと生死をかけた戦いを繰り広げる巨大タンポポである。

「……?」

「タンポポの葉っぱだよ。肉厚で、香りもあって、それ自体食べられるし、包み焼きにはぴったりだと思うの」

「なるほど」

「地面を熱して、そこに葉っぱで包んだ具材を置いて、土をかぶせて放置する。アースオーブンって言って、大昔からいろんな地域で使われてきた調理法だよ」

「ほうほう……それで?」

「……それで?」

「いやいや、タンポポの葉っぱをどうやって取りに行くんだよ。爆撃真っ最中なのに」

「……」

「……」

「お願い☆」

「――なんでそうなるっ!」

「だって、そうしないと炭化してボロボロのお肉を食べることになるよ?」

「そもそも、爆撃が終わるのを待つためにピクニックするんだろ⁉ 結局、タンポポの葉っぱを取りに危険を冒すなら、本末転倒だろうがっ!」

「あ、あと、できれば葉っぱだけじゃなくて、根っこも欲しいな。料理に使えるから」

「オレの話を聞いてないっ!」

「もー、往生際が悪いよ、リコちゃん。心配しないで。リコちゃんなら、ひょいひょいっと雷撃よけて、ひょいひょいって帰ってこれるから」

「本人が自信がないから、こうやって渋ってんだよっ!」

 ドンドン、ピシャーン、ドン、ピシャーン、と戦場の天気は荒れ模様。雷のち、爆撃である。やだやだ、と渋っていると、ウカはわざとらしく溜め息を漏らし、

「……そっか、じゃあ諦めるしかないかな……」

「……な、何なんだよ急に……」

「元々、わたしが包み焼きを思いついたのはね、口咬み酒チチャを美味しく食べるためだったの。南米大陸では、パチャマンカっていう包み焼き料理があって、その出来上がりを待つ間は必ず口咬み酒チチャを飲むんだよ。春の暖かい陽気を感じながら、昼間からお酒を楽しむっていうのはリコちゃんも喜ぶかなって思ってたんだけど……」

「……」

「元々、わたしが包み焼きを思いついたのはね」

「繰り返さなくていいからっ! 聞こえてるよ! あー! もー! くそっ!」

 リコは悪態をつくと、背中の刀帯から赤いシリンジを取り出し、腕に押し当てる。内蔵針が打ち出され、痛覚ドラッグ——一時的に感覚を拡張するための興奮剤が血中に放出された。そして、一本の木刀を取り出し、ざっとあたりに目を走らせる。

 タンポポ畑とはいえ、既にあたりは火の海である。燃えていない葉は、安全地帯の廃墟から二十メートルほど。

「……葉っぱは何枚必要なんだ?」

「四枚もあれば十分だよ。あと根っこもお願い」

「分かった」

 リコはうなずくと同時に、地を蹴った。脇目も降らずに直進しながら、しかしリコは痛覚ドラッグにより研ぎ澄まされた聴覚で、耳を澄ます。微かに感じ取ったのは、タンポポの種が墜落する空気との摩擦音。その方向、速度を反射的に予想して、リコはかろうじて横っ飛びで回避した。すると、今度は地上すれすれを浮かんでいたドローンと目が合ってしまう。

「――っ!」

 その刹那、逃げるのではなくさらに足を踏み込んだのは、数々の修羅場をくぐり抜けてきたリコの経験がなせる業。られる前に、る。蛾の形をしたドローンの中心を、木刀で串刺しにした。

 焼夷弾のごとく、燃えながら破片をまき散らすタンポポの種や見境なく攻撃を仕掛けるドローンをいなしつつ、リコは何とか無傷のタンポポに——


——ピシャーン!


「……」

 目の前でタンポポを黒焦げにされ、堪忍袋の緒が切れる。リコはそれからタンポポには目もくれず、ドローンに向かってとびかかり始めた。地表近くのものは愛する木刀で一刀両断。上空に浮かぶものには、地面の石を投げつけて、次々に撃墜を始めてゆく。どれほど近くで爆発が起きようとも、眉毛一つ動かさない。

 やがて数十のドローンがリコを優先的排除対象に認定したらしく、無数の細い稲妻が黒髪めがけて襲い掛かった。

 あっ、と声が漏れたのは、その様子を眺めていたウカである。無茶な仕事を頼んだとはいえ、この事態は想定外。肉を焼く前に、同居人が丸焼きにされてしまう——そんな不安がよぎったのは、しかし一瞬のことだった。

「おらっ! くらえっ!」

 すぐに聞こえてきたのは、リコのそんな楽しげな叫び声。間一髪で雷撃を避けた彼女はタンポポから綿毛をむしり取り、あろうことか、その種子を木刀で打ち上げ始めたのだった。

火薬入りの打球はドローンに命中すると見事に爆発。一人の高機動砲台と化したリコに、もはや敵はなく、次々と機械仕掛けの蛾が命を散らしていった。

「どーだ! 見たか、ドローンども! タンポポミサイルの恐ろしさを思い知るがいいっ!」

 戦場で集中砲火を浴びながら果敢に迎撃を行うリコの顔には、新しい遊びを思いついた子供のような、無邪気な笑顔が垣間見えた。

「リコちゃん……」

 興が乗ってしまった同居人は当分帰ってこないだろうと、ウカは仕方なく自分でタンポポの葉を取りに行く。リコが一人でドローンの注意を引き付けているおかげか、他の場所は不発弾に気を付ける以外に脅威はない。タンポポの葉と根っこを必要な分だけナイフで切り取ると、脇に抱えて廃墟へ戻る。

 その途中、ウカはタンポポの隙間を埋めるようにして生えていた、二つの野草も採取する。一つは、三つ葉の形をしたカタバミ。もう一つは赤紫の茎がまるで大地に浮き出た血管のようなスベリヒユ。

どちらも古来より日本に生息する雑草だが、このあたりに生えているものは大戦中の大津波——東京湾に打ち込まれたミサイルによって引き起こされた大規模海水流入を耐え抜いた者たちである。耐塩性があるということは、塩をため込む細胞も発達するということ。塩の調達はこれで十分だった。

 ウカは材料が揃うと、さっそく調理に取り掛かる。トビヘビのあばらは嵩張らないように適度な大きさに切り分け、カタバミとスベリヒユをちぎって揉みこむ。ともにクエン酸やリンゴ酸が豊富な植物なので、筋っぽいお肉も柔らかくなるはずである。それをタンポポの大きな葉でしっかりと包み、タンポポの種の爆発で温まっている地面の窪みに投入。

 それから、燃え尽きたタンポポの灰を切り取った根にまぶしつけて、それも葉っぱで包んで窪みに入れる。上から土をかぶせて、おまけにまだ燃えているタンポポを一株持ってきたら、その上に置いた。

「ふぅ……」

 あとは一時間ほど待つだけなのだが、ちょうどそこに顔を煤で汚したリコが晴れやかな表情で帰ってきた。

「なあ、ウカ! 見てたか? オレのタンポポミサイル! 百発百中だぞ!」

「随分楽しそうだったね……ドローンはもう大丈夫なの?」

「数を減らしたら、逃げかえったよ。もっとやってもよかったのになー」

「……それは結構なことだけど、リコちゃん、わたしのお願い事、覚えてる?」

「え? ……ああ! タンポポ! すっかり忘れてた」

「……もう一人で準備したからいいよ……ほら、こっち来て、拭いてあげるから」

 ウカはリコを隣に座らせると、ハンカチで丁寧に顔の煤を拭っていく。リコは大人しくなされるがままとなり、それからごろんとウカの足の上に頭を載せた。

「動けないよ」

「もう動かなくていいんだろ? ほら、食前酒だ」

 リコは寝転がったまま器用に口咬み酒チチャの瓶を取り出し、栓を開ける。そして瓶を天に掲げ、数滴大地に垂らしたら、ごくりと一口。原料であるキャッサバの芋っぽさを感じさせない、さらりとした飲みごごち。それでいて、素朴な甘みは舌に残り、乳酸発酵の酸味がわずかな余韻として口に香る。

「うわー、やっぱこれだよ、これ! たまんないっ!」

「リコちゃん、口咬み酒チチャを飲む前のしきたりなんて、よく知ってたね」

「ん? いやこれは、竜狩りの爺さんから教わったことがあるんだ。竜狩りは渡り竜を追って世界中を移動するから、いつも見守ってくれる天の神と、お邪魔をするその土地の神に感謝するんだって」

「そっか……数百年経っても、変わってないんだね」

「そうなのか?」

「インカっていう、ずーっと前の時代から、口咬み酒チチャは太陽の神様と大地の神様に捧げられてたの。もっとも原始的なお酒の一つだからね」

「へー、さすが『《アラカワ》の食の博物館』は、物知りだ」

「わたしのは、単なる知識だよ」

「そうだとしても、すごいって。つまり大昔の人も、こうやって昼間酒を楽しんだわけだろ? 人間って変わらないもんだな……」

 リコはそう感慨深げに呟いて、また一口。口咬み酒チチャはアルコール度数が低いために、いくらでも飲める気がしてくる。だが、貴重な味わいを飲み尽くすのが惜しくて、結局ちびちびと飲むことになる。

 外ではすっかり爆撃も止んで、引火したタンポポの綿毛が破裂する音だけが、断続的に響いていた。それがかえって静寂を際立たせていて、ウカはふと笑ってしまう。

「……何をやってるんだろうね、わたしたち」

「タンポポ見て、戦争に巻き込まれて、酒飲んで」

「それから、お肉が焼けるのを待ってる」

「……最高じゃん」

「最高だね」

 それからしばらく二人は包み焼きの完成を待った。リコはなんとか口咬み酒チチャを肉と一緒に食べる分だけ残したものの、酒で刺激された胃袋は空腹の限界に達していた。

「そろそろかな」

 というウカの号令で、飛び起きたリコが土を掘り返す。慎重に葉っぱで包まれた肉を取り出し、そっと開くと、たちまちアツアツの湯気とともに、たっぷりの肉汁にまみれたあばらの肉が現れた。

「うわっ、よだれがヤバい」

 ナイフを入れると、肉はするりと解け、そこから滝のようにおいしそうなスープがほとばしる。あばら骨を手掴みにして、リコはたまらず、叫んだ。

「いただきまーすっ!」

「はい、どうぞ」

 がぶり、というよりは、じゅるり、である。蒸し焼きでしっとりと仕上がったトビヘビの肉は、きょときょとに溶けたゼラチン質をたっぷり含んで、ほとんど煮凝りのよう。骨の周りについた肉と皮と脂肪、そして絡んだ肉汁のスープをじゅるりと吸い込むのである。

「はーっ、すげーっ」

「おいしい?」

「最高。ほんと、最っ高」

「味は大丈夫だった? 塩は使ってないんだけど」

「え? あ、そういえば、そうだよな! いや、普通に塩気はあるよ。それに爽やかな酸味があるっていうか」

「それは、カタバミとスベリヒユのおかげかな。これ、ただちぎっただけのサラダだけど、口直しに食べてみて」

 小さく切り取られたタンポポの葉に、カタバミとスベリヒユが挟んである。それをもしゃりと口に放り込むと、ツンとした青臭さの中に塩気と酸味、そしてタンポポの葉のほろ苦さが相まって、絶妙な爽快感を生んでいた。口に残っていた肉の油っぽさが洗われて、またあばらにかぶりつきたくなるのである。

「うまい……エンドレスだよ、これ……」

 ほろほろトロトロのあばら肉とさっぱりとした雑草サラダ。そこに優しい甘みの口咬み酒チチャを挟む。味わいとしては文句なし。しいて言えば、やはり物足りなさがあるのだが、

「じゃじゃーん、主食も用意してあるんだよ」

 ウカが取り出したのは、包み焼きにしていたタンポポの根である。灰をつけた外の部分をナイフでこそぎ落とすと、残るのは火が通って薄っすらと透明になった白い肌。

「……白いごぼうのような……」

「まあ、おんなじキク科の根っこだからね。灰焼きにしてるから、多少は灰汁も抜けてると思うんだけど。食べてみて」

 そう言われて齧ってみると、驚くほどほっこりとした食感。やはり、ごぼうを柔らかく蒸した感じに近いだろうか。土っぽさも、えぐみも残っているが、これだけ深い甘みがあれば食卓に上がっても違和感はない。あばら肉と合わせて食べると、根っこの癖がうまく隠れて、優秀な付け合わせとなる。

 リコは肉と根っこと葉っぱでお腹を満たし、その隙間に口咬み酒(チチャ)を流す。食前の程よい運動のおかげか、いくら食べても飽きる気配がなかった。

「やっぱ、ウカは天才だな。オレが期待していた以上のピクニックだよ」

「……リコちゃんも、想像していた以上の働きだったよ……」

「それ褒めてないだろ!」

「うん」

「おい」

「でも……楽しい。リコちゃんが楽しそうにしてるだけで、わたしも楽しいよ」

「お、おぉ……」

 裏のない笑みを不意に向けられて、リコは思わず目をそらしてしまう。そんな様子にウカはますます楽しくなって、くすくすと肩を揺らすのだった。

「わたしもたーべよっと」

「ふにゃふにゃの葉っぱを肉汁に浸して食べると、うまいよ」

「どれどれ……あっ、ほんとだー! タンポポの苦みが癖になるねっ!」

「だろー!」

 そうやって、リコとウカは時間を忘れてピクニックを満喫した。きれいさっぱりお腹に入れて、リコはお酒も入ってほろ酔い気分。食べ終わった後昼寝をしていたら、目が覚めたころには日が暮れ始めていた。

「……今日の食堂の営業、どうしよっか。色々と準備する時間がなくなっちゃったよ」

 火の始末をして、帰り支度をしながらウカがそう呟く。するとリコは悩みもせず、

「もうこの際だし、タンポポの葉を採って帰って、全部包み焼きにしたらいいんじゃないか? 包み焼きデーってことで」

「……なるほど……それは簡単だね……」

 こんな適当なやり取りで、《伽藍堂》の今日のメニューはすべて包み焼きに変更である。それから二人はタンポポ畑を歩き回り、無事に戦火を逃れたタンポポの葉を切り取った。夕日によって周囲が再び真っ赤に燃え上がるが、もはや耳を聾する激しい音は何一つ聞こえない。

 そしてふと、空が思い出したかのように、一吹きの風で大地を撫でた。

「「あ——」」

 二人が目を奪われたのは、此度も空である。

 それまでよりもずっと小さなタンポポの綿毛が、一斉に緋染めの空へ舞い上がったのだ。風に乗り遅れたいくつかの綿毛をリコが掴みとると、それは明らかに手榴弾ではないとわかる。

「なあ、山火事で発芽する植物がいるって話、してたよな」

「うん」

「もしかして、このタンポポも……ドローンの爆撃を、偽物デコイじゃない本命の綿毛の解放条件にしてるって可能性、あるかな?」

「まあ、しっかり大地が燃えた方が他の植物がいなくなって、生存競争としては有利だよね。山火事と同じかも」

 雷撃と爆発によって吹き飛び、燃え果て、惨憺たる様子のタンポポ畑である。しかし、それさえも織り込み済みで、タンポポは苦境を新たな営みの糧にしている。敵のいなくなった大空に、白い軽やかな星となって飛んでいく。

「オレたちとちょっと似てるな」

「……タンポポと、わたしたちが?」

「だって、戦争とか災害があって、人類文明なんか終わったように見えるけどさ、でも元気で楽しくやってんじゃん。毎日、どっかでドンパチやって、誰かは死んで、燃え尽きて、それでも生きてるやつらがどこかにいる」

「そういう人たちが、毎日お腹を空かせてやってくるわけだもんね」

「そうそう、だからタンポポ先輩に負けじと、オレたちも働こうぜ」

「おー、リコちゃんが珍しくやる気だ」

「珍しくってなんだよ! 珍しくって!」

「なんでもないでーす」

 家に帰るまでの帰り道、リコとウカの会話には笑い声が絶えなかった。

じきに太陽が沈み、夜が来る。

《伽藍堂》の開店は、もうすぐである。

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ヒトの時代は終わったけれど、それでもお腹は減りますか? 新 八角/電撃文庫 @dengekibunko

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