【短編】爆撃のちタンポポ、本日はピクニック日和

爆撃のちタンポポ、本日はピクニック日和 その1


    1


「こんな時間に来てもらってもよぉ、んなもん、売り切れてるに決まってるじゃねえか」

「はぁ? まだ日も暮れてないし、いつもなら山のように売れ残ってるだろ! それを普段買い取ってやってるのは、誰だと思ってんだよ!」

「……そうは言ってもなあ、ねえもんはねえし」

「トビトカゲの尻尾一本仕入れてないなんて、肉屋の名が廃ると思わねーのかよ!」

カウンターに拳を振り下ろし、盛んに吠えたてるのは一人の娘。長い黒髪と端整な目鼻立ちはややもすれば美人なのだが、全身から燃え立つ怒気のおかげですべては台無し。体格が二倍はあるかと思われる肉屋の店主に、目で殺さんばかりの睨視である。

しかし店主の方も負けていない。ゴロツキどもを相手に肉を売りつけはや幾年。この程度のクレームは、腹を空かせて不機嫌な子犬の悲鳴のようなもの。文句などどこ吹く風と、涼しげな顔でやり過ごす。

「大体よお、買うなら前もって言ってくれ。いつもならそっちから仕入れの注文があって、それに応じて用意してんだ。今日みたく突然来られたって、しようがない」

「うぐっ……それは……」

「ったく、どうしたって、今日はそんなに必死なんだ? いつもだったら、お前が買い出しの荷物を増やそうなんて、言わねえだろうに」

「うぐぐっ……!」

言葉に詰まる娘を見て、「はあ……」と溜め息を漏らしたのは隣にいた一人の少女。絹糸のごとき金色の髪とクラシカルなメイド服というその出で立ちは、闘争と荒廃にまみれた24世紀にあって、異様なほどの清らかさ。物分かりの良い笑みを浮かべて、彼女は「諦めなよ、リコちゃん」と首を振る。

「別にトビトカゲの尻尾にこだわらなくたって、いいと思うんだけど」

「だーめーだっ! オレはあの肉をがぶっといきたいの! そういう気持ちなのっ!」

「どうせ酔っぱらったら、気にしないくせに」

「最初の一口が問題なんじゃん! ウカだって好きだろ! 丸々としたトビトカゲの尻尾!」

「わたしは、それほど……」

 リコとウカ、二人の少女のそんなやり取りを見ていた店主は、

「なんだ、リコは酒のために駄々こねてんのか」

 とあきれ顔。ウカはそれに同調するように肩をすくめ、

「さっき買い出しで、美味しそうなキャッサバのチチャを見つけたんです。そしたらリコちゃんが、どうしてもトビトカゲの尻尾と一緒に食べたいって言いだして……」

口咬み酒チチャ? 随分珍しいな。……ああ、そうか、狩猟シーズンだからな」

「はい、今、ちょうど街に竜狩りの人たちが来てるじゃないですか。それでお手頃な渡り竜のお肉はないかなーって見に行ったんですけど、もう安いのは売り切れで……代わりに口咬み酒チチャを分けてもらったんです。ただ……恐竜の肉と一緒に食べるのが一番だって聞いちゃったせいで、こんなことに」

「なるほど、恐竜と口咬み酒チチャね……確かにこういう春の陽気にゃ、もってこいの組み合わせだ」

 事情を知ると、店主の表情にも幾分か同情めいたものが表れる。彼はそこで店の奥に入っていったかと思うと、大きな紙包みを抱えて戻ってきた。

「これ、トビヘビのあばらなんだけど、良かったら安くしとくぜ。肉はほとんどついてねえが、味はそんなに悪くねえんだ」

 すると、たちまちウカは天使の笑みをほころばせる。

「わーっ! ありがとうございますっ!」

「まあ《伽藍堂》のシェフなら、これでも美味しくしちまうだろ」

「食材を無駄にしないよう、頑張りますね。――ほら、リコちゃん、よかったね! お肉だよ!」

 しかし、支払いを終えて店を出ても、リコの眉は顰められたままだった。口からは壊れたラジオのように、聴き取れぬほどの不満の声がぶつぶつと吐き出されている。

「……骨ばっかだし……肉少ないし……可食部……」

 よほど尻尾が食べたかったらしい。確かにトビトカゲの尾はしっかりとした噛み応えがあり、小骨もない良質なたんぱく源。豚や牛のような家畜の安定供給がなくなったこの時代、誰しも手軽に味わえるおいしい肉であった。

 それが手に入らなかったことは、ウカも正直残念ではある。が、隣であまりに落胆されると、こちらはかえって落ち込む機を逸するもの。苦笑交じりにリコの肩を叩き、ウカは言った。

「そう気を落とさないで。気分転換に、いいところに連れていってあげるから」

「……いいところ?」

「うん! この前常連さんから聞いたの! この季節にしか見られない絶景があるんだって!」

 ……いくら良い景色であっても、腹の足しにはなりゃしない。

 とは、リコもさすがに言わなかった。何はともあれ旨い酒が手に入ったことは事実。ウカに任せれば、美味しい飯が出てくることもまた事実。肉屋の店主が言った通り、春の陽気と合わせれば、あばら肉でもごちそうになるかもしれない。

 ウカの笑顔を見ていると、リコの陰った心にも一条の光が見えてくる。

 そう、それに忘れてはいけない。普段は食堂の準備で籠りきりのウカが、今日は外のすがすがしさを楽しんでいる。そこに自分の不満で水を差すほどに、リコはもはや子供でもなかった。

 ゆっくりと息を吐き出して伸びをすると、リコはウカに微笑み返す。

「じゃあ、連れてってくれよ。その、絶景とやらに」

「はーい! わたしが道案内してあげるっ!」

 意気揚々と歩きだすメイド少女のうしろを、リコもぼちぼちついていく。

店の集まる中央市場から少し離れると、あたりは廃墟の街が広がっていた。毀れた建物、それを飲み込む鬱蒼とした草木。第三実験都市スコピュルス郊外に位置する《アラカワ》地区は、もはや人っ子一人寄り付かないような荒れ地が少なくない。とはいえ、少しずつ緑に侵されていく人類文明の痕跡は、暖かな日差しのもとではどこか長閑にも見えるのだった。大地が、本来の呼吸のリズムを思い出したかのように、心地よい時間が流れている。

「なあなあ、絶景ってなんだよ。ここらへんは住宅用低層建築区画だろ。オレだって来たことあるぞ」

「今だけの風景なんだって。春じゃないと見えないって聞いたよ」

「ふーん……でもさ、早く帰らないと肉が悪くならないか? 店で付けてもらった氷が融け始めてるし」

「えー! それは、まずいけど! でも、もうすぐだと思う!」

 そんなことを言いながら、ウカはどんどんと廃墟の奥へ入ってゆく。新緑の藪はその小さな背丈をすっかり覆い隠してしまい、リコは慌てて後を追う。

「ちょ、ちょっと、ウカ! 野生動物がいたらどうするんだよ!」

「大丈夫だって! 安全だよってお墨付きなの!」

「はあ? いったい、どういう――」

 どんどん遠ざかる声を頼りに進んでいくと、やがて行く手を阻む茂みが不意に切れた。そして視界いっぱいに広がったのは黄色と白の絨毯——花と綿毛の入り混じったタンポポ畑である。リコが立っていた薮の端から十メートルほど下の低地に、一面タンポポが咲いている。ただし、花は人の顔よりも大きく、すっくと伸びる茎は大人が手を伸ばしても敵わぬ高さ。

「おーい! こっちだよ、リコちゃん!」

 気付けば、ウカは既に巨大なタンポポの下をくぐり抜け、畑の中ほどにある小さな廃墟ビルの屋上に立っていた。鮮やかな黄色い花弁と雪のような冠毛は、ウカの金髪と白磁のような肌と見事に釣り合っており、一見すると実に美しい構図に見える。

しかし、リコはその絶景に見惚れる以上に、ただ、ひたすら焦っていた。

「――おいっ! ウカ! 早く戻れ!」

 その声音には、意外なほどの切迫感が満ちている。ところが、ウカはそれに気付かず、

「どうしたのー? 本当に、動物なんていないよ! こっちに来なよー!」

「そうじゃないっ! そこは危ないんだよ!」

「……危ない?」

「そうだ! 春の半ばを過ぎたら、タンポポ畑には絶対——」

 近づいてはいけない。という彼女の声は、その時吹いた一陣の風にかき消される。すると、ウカの頭ほどの大きさがあるタンポポの綿毛が一斉に空へと舞い上がった。目を走らせれば、既に遠方では、空高くまで綿毛の群れが昇っている。

「……こりゃ、やばいぞ……」

 リコはそう呟くと、ウカがいる廃墟ビル目指してタンポポ畑へ飛び込んだ。呼んで聞かなければ、強引にでも連れ戻さなければ。そうしないと、巻き込まれる。

 全速力で走ってきたリコが有無を言わさずウカの手を握ると、さすがにただ事ではないと伝わったらしい。

「……どうしたの、リコちゃん?」

「説明は後だ。とにかく、ここは危ないんだよ。オレは別に、ウカに意地悪したくて言ってるんじゃないからな」

「それは分かるけど……」

 しかし、なぜ逃げなければならないのか。

 誰の目にも明らかな春の幸福。これは噂に聞いていた通りの絶景である。黄色の絨毯から舞い上がり、青空に白く柔らかな星を飛ばすタンポポの一群。これをもう少し眺めていても、ばちは当たらないのではないか。そう思い、手を引かれながらもウカは周囲を名残惜し気に見回して、

「……?」

 異変に気付く。

「……ねえ、リコちゃん。あれ、何かな」

「ん?」

「ほら、上の方で、チカチカって、何か光って……」

「――っ! やばっ!」

 とっさに、覆いかぶさるようにしてリコがウカを押し倒す。その次の瞬間、リコたちの耳朶を打ったのは、鋭い炸裂音だった。


 ――ピシャーン!

天から長大な鞭が振り下ろされたかのような、と思ったウカは案外的を得ているだろう。なぜならその音の正体は、小さな雷撃。浮遊する綿毛をめがけて放たれた、高圧電流の鞭だからである。

「な、なあに⁉ あれ!」

 そんなウカの問いかけも無視してリコは彼女を抱きかかえ、すぐ近くの廃墟の中に潜り込む。

「……あれは、なんていうか……無人飛行体ドローン

 穴の開いた天井越しに空を睨みながら、リコはそう呟いた。

「……ドローン?」

「詳しいことはオレも知らない。おそらく、大戦期中に空に放たれた蛾群型ドローンだって話だ」

 リコの視線を追うと、天高く昇る綿毛に対して、さらに上空から飛来する小さな飛行体の群れが見えた。それが、時折すさまじい炸裂音を響かせて、綿毛に雷撃を放っている。

「あいつらは普段、地表からは見えないような高度で回遊してるんだ。大気中の水蒸気に含まれる微弱の静電気を回収して充電してるらしい」

「あの雷が……静電気とは思えないけど……」

「大気中の静電気はある意味無限にあるからな。たっぷり溜めて、雷撃を放つらしいよ。一回放電すればしばらく待機状態に入るんだけど、あいつらはその一回に全力を注いでるから……」

「でも、それが、どうしてこんなところに来るの?」

「いや、見たまんま。蛾群型は自動的に飛行物体を撃墜するんだ。それが大量のタンポポの綿毛に反応して、地表近くまで下りてきてる」

「……そっか、ごめんね、わたしが知ってたら……」

「まあ……しょうがないだろ。気にすることない。ウカはオレに、綺麗なものを見せようとしただけなんだから」

 リコはウカの頭をそっと抱き寄せ、目を閉じた。大丈夫。しばらくここで待っていれば、じきに収まる。そうしたら、家に帰って、開店の準備をして、《伽藍堂》を開いて、それからウカにタンポポ畑の話を吹き込んだ常連を見つけて、とことん締め上げて、適当な話を二度としないように血判状を押させればいい。

「……リコちゃん」

「ん、どうした」

「この音、何かな」

 ウカに言われて、耳を澄ます。すると遠くから聞こえてきたのは、別種の炸裂音。それは手榴弾の破裂にも似た、短く、威圧的な爆発音だった。やがてドローンが放つ雷撃の音と、そのもう一つの爆発音が呼応するように響き始め、喧騒は加速度的に膨れ上がる。それはほとんど、銃撃飛び交う戦場に放り込まれたのかと錯覚するほどだった。

 そして、ついには天井の隙間から何かが入り込み、


——バンッ!

 とリコたちの目の前で炸裂した。

「「……」」

 えぐれた地面に残っていたのは、燃え盛るタンポポの種。空から飛来した拳大の種が、まさに二人の目の前で爆発したのである。種の内側は空洞だが、炸裂の際に見えた閃光と、周囲にまき散らされた殻の破片が、破片手榴弾にそっくりだった。幸い、爆発からウカをかばったリコに被害はなかったのだが、背負っていたあばら肉は紙包みが引き裂かれ、種の欠片が食い込んでいる。

「……なんで植物が爆発物になるんだ」

 耳鳴りをこらえながらそうぼやくリコに対し、ウカは「うーん」と首をひねり、

「植物ってメタンガスを生産できるから、種の中に圧縮してるんだと思う……それに、バンクシアっていう蜜が食べられる花があるんだけどね、その種は山火事が発芽条件になって弾けるの。似たような植物は結構あって、爆弾化するっていう防御機構は、案外珍しくないのかも」

 これぞ、24世紀である。

 著しい進化を遂げたタンポポは図体を大きくするだけでは飽き足らず、どうやらドローンを迎撃できるように進化したらしい。

「つまりはなんだ、このすさまじい爆発音はドローンとタンポポの綿毛の偽物デコイがやりあってるってことか」

 ちょっと外を覗いてみれば、いつの間にかあたり一面は火の海に。あれほど平和に見えたタンポポ畑は、雷撃を放つ集団ドローンとそれを迎撃するタンポポの爆発によって文字通り戦場と化していた。

「……どうする、リコちゃん?」

「いや、戦いが終わるのを待つしかないだろ……いつまでかかるか分からないけどさ……」

「でも、お肉……」

「あーっ! そうだった!」

 美味しい口咬み酒チチャとトビヘビの肉。それを今日一番の楽しみにしていたというのに、このままでは肉が傷んでしまう。

「……いっそ、爆撃の中を駆け抜けるか? いや、でも万が一……」

 これで一生肉が食べられなくなるわけでもない。命を懸けてまで帰ろうとするのは馬鹿げている。そうと分かっていながら、リコはやはり悔しさのあまり、地団太を踏んでしまった。

「くそーっ! もういっそ! ここで食べたいくらいだっ!」

 すると、相棒はこともなげに、

「じゃあ、作ろっか」

 と微笑んだ。

「え?」

「タンポポの戦いが終わるのを待っているだけなんて、暇だもんね!」

「い、いや、でもここには火なんて……」

 そう途中まで口にして、リコもようやくシェフの考えを察したらしい。二人の視線が向かったのは、今だ燻り、周囲の地面を熱している植物手榴弾の破片。ウカはその愛らしき瞳に、好奇心と喜びに満ちた光を宿し、高らかにこう宣言した。

「――ピクニックの始まりだねっ! リコちゃん!」


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