第4話 浜から見る海と空から見る海と

もともと彼女のことは危なっかしいと思っている。ポン太郎がまだ子犬だったころのほうがよっぽどましだと思う。例えば、彼女の場合俺をみつけると一生懸命気づいてもらおうと手を振る。そうするときっと視界と意識がいっきにせばまるのだろう、俺しか見えなくなって電柱に激突寸前みたいな、漫画の世界でも今は考えられない状況を現実に起こす。俺のことだけしか見えない女は自慢ではないけれど幾人も見てきた。でも、そのどの女も当然のことながら化粧を怠ることはなかったし格好悪い姿を見せるようなことはしない。ドジな演出だって度が過ぎずぎりぎりのうまいところを演出している。まあ、彼女の場合は演出や駆け引きのような高度なテクニックを持ち合わせていない。つまるところ愛するとすれば「大好き!」と伝え続けるようなタイプだと思う。俺がそうだから、きっと彼女も。

彼女は俺に対してありったけの時間と行動と優しさをくれる。時間が難しくても時間を作って看病にきてくれることはもう日常茶飯事になっている。(知人に言わせれば俺がそんな弱みを見せることが驚きらしい。)疲れたと言えばどこから調べてきたのかしらないけれど、東洋医学だかなんだかの方法のお茶を作ってくれる。(だいたいはやり方が間違っているのだけれど)。悲しいことがあれば察するように連絡をくれる。彼女は俺にありったけの時間と行動と優しさをくれるのに、彼女の口から「大好き」と言われたことがない。「雅伸くんはいつでもかっこいいね」とはいうものの「愛しているの」とすがられたことはない。彼女なら、きっとストレートに気持ちを表現するはずなのに。だから、きっと彼女のなかの俺は…。


海ちゃんが時々遊びに誘ってくれるようになればいい。それが今の俺のささやかな願いだ。いつもデートに誘うのは俺から。二つ返事で夜かけつけてくれることだってある。そんな都合のいい女なんて思ってないって証明したい気持ちもあって海ちゃんが誘ってくれたらいいのにって思ってる。それこそ夜中の2時にでも呼び出してくれたら最高のチャンスだと思う。でも、海ちゃんはそんなことはしない。それどころか自分からはいまだに誘わないし、行きたいところもあまり言おうとしない。「飛鳥くんが連れて行ってくれるところはどこもおもしろいね!」

なんて目を輝かせるものだから、「海ちゃんの行きたいところは」なんて言い出せなくなってしまっている。男の性といってしまうようなこともまた言い訳に聞こえてしまいそうだ。いつから俺はこんなに高潔になってしまったのだろう。いつからこんなに様々なことをまじめに難しく考えるようになってしまったのだろう。


海の言葉にはいつも嘘がないことはよくわかっている。冗談は言えてもお世辞は言えない。いつも喜んでいてにこにこしていて八方美人なのがデフォルトな海だけど、たとえば悪口には絶対参加しないし、KYだとか不潔だとかでいじめられているような子、それこそ口を聞いたらこっちが痛い目にあうかもしれないような子がいたとしても平気な顔でその子に話しかけていくような子だ。そして言う。「あの子すっごい面白い人だったよ!海の知らないことたくさん知っていて今度また教えてもらうんだ」。こんな具合に海は人を巻き込むことがうまかった。そして決してお世辞も嘘も言わない。

海は最近俺に対して「好きだ」と言わなくなった気がする。「愛してる」と冗談でも言わなくなった気がする。「相変わらずせいたろうさんはかっこいいね」と言う瞳もどこか寂しそうに感じるのは俺が後ろめたいからかもしれない。海はいつも言う。「海は大丈夫!」「海は元気だよ!」。そんなこと聞いてないのに、俺が不安そうな顔をするといつも唐突にそう言う。海は俺のことはなんでも知っているのに俺は海のことを何も知らないのかもしれない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サイン10 アサノ アメミ @tsubaki-yanai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ